卵の包み方

仲津麻子

卵の包み方

 スーパーなどで売られている卵を保護しているプラスチックのケース、あれは画期的な発明だったと思います。あれがなかった頃の卵の包み方をご存知でしょうか。


 用意するのは新聞紙見開き一枚と半分、卵十個。

 見開きを半分に切り、その角の部分で卵を一個くるみます。くるんだ卵の両端に二個目、三個目の卵を置いてから、くるりと前に倒して包み、更にその両脇に四個目と五個目をくるり。最後に両脇の紙を中央に寄せてくるくると巻きます。これで五個包めました。


 もう半分の新聞紙で同じように包んでから、五個ずつの包みを二つ並べて、残った新聞紙で包みます。これでようやく卵十個が保護されました。


 昔、と言っても私が四歳か五歳くらいのことですから、もう半世紀以上前の話になります。おぼろげな記憶になってしまいましたけれど、当時祖父は精米所を経営していましたが、副業でにわとりを飼育して卵を売っていました。ちなみに祖母はうさぎを育ててそれを業者に売り家計の足しにしていました。


 よく祖母は、教員を目指していた父が大学へ通う費用は、卵を売った稼ぎでまかなったと言っていました。業者も買い取りに来ていましたが、近隣の人も買いに来てくれて、冒頭でお話ししたように新聞紙で包んだ卵を渡していたのです。


 当時は日本が高度成長期に入る直前の頃、終戦の混乱からは立ち直りつつありましたが、まだその疲れが残っていた頃のことです。


 家の裏手に動物小屋兼物置があって、三分の一が物置、三分の一が鶏小屋。まん中を板壁で区切った狭い場所に畳を敷いて、当時高校生だった父の一番下の弟(私の叔父)が勉強部屋にしていました。


 子どもだった私がたまに叔父の部屋に遊びに行くと、壁に取り付けた曇りガラス窓のすぐ向こう側は鶏小屋で、コッコッコッという鳴き声やバサバサ羽を動かす音が聞こえていました。


 鶏小屋には金網が張ってあり、木の戸口がついていました。私の記憶違いでなければ、鶏小屋の屋根を突き破るようにして、大きなセンダンの木が生えていたのですが。でも、それだと雨漏りしそうなので、もしかすると小屋の隣に生えていた木の記憶違いなのかもしれません。センダンの木の実でよくおままごとをして遊びました。


 何年かすると、鶏小屋は一羽ずつ区切った金属のケージのようなものに変わってしまったのですが、(あれは身動きがとれないので、卵産み機械のようで可哀想でした)当時はまだ鶏は小屋の中で自由に動いていられました。


 鶏の餌は畑で育てた青菜を刻んで米糠と混ぜたものでした。よく祖父が精米所の前で青菜を刻んでいたのが記憶に残っています。


 たまに業者がヒヨコをたくさん持ってくることがありました。おそらく祖父が注文したのだと思います。 数人がヒヨコが詰められた箱の上にうずくまって、頭を突き合わせていました。


ヒヨコを一匹ずつ手に取ってはひっくり返して、別のカゴに移すという作業を繰り返していました。今思うとおそらく、ヒヨコのオスメスを鑑定していたのではないかと思います。


 黄色くて小さくて、ふかふかしたヒヨコは可愛らしかったので、子どもの私としてはつい触ってみたくなるのもしかたがないと思います。大人たちの横からそっと手を伸ばして触ろうとした時、祖父にえらい剣幕で叱られたのを覚えています。邪魔をするなということだったのだと思います。


 ビクッとして手は止まりました。涙が目尻に溜まっていた感触を今でも思い出します。私には甘かった祖父が怒鳴るのを聞いたのは、あれが最初で最後だったかもしれません。


 ごくたまにですが、鶏肉が食卓に上がることがあるのです。貴重な動物性タンパク質でしたけれど、あれは飼育していた鶏の一羽だったということは、子どもながらに薄々察していました。


 農村地域だったので、鶏や兎、山羊などを飼っている家は珍しくありませんでした。まれに農耕用の牛などもまだいました。


 これは小学生に上がった頃のことですが、近くの友だちの家へ遊びに行った時、畑の隅の洗濯棹の端に、鶏が逆さにぶら下がっていてギョッとしたことがあります。あれは血抜きをしていたのですね。


 我が家では見たことがない光景でしたけれど、たまに食べる鶏肉はこうやっていたのかと気味悪く感じました。

 同時に、鶏小屋でせわしなく動いていた鶏が、こうして吊されているということに、なんとも言いがたい気持ちになったのを覚えています。おそらくはじめて「死」を感じた瞬間だったかもしれません。


 当時は誰に教えられるわけでもなく、生や死を身近に感じながら育つことができたように思います。

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卵の包み方 仲津麻子 @kukiha

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