ラストコイン
不思議乃九
ラストコイン
1. 汚物と黄金の聖域
じいさんは死んだ。石田かずのぶという名前の、世界で一番傲慢でイカれたクソ野郎が死んだんだ。癌に食い荒らされた内臓を洗面ボウルにぶちまけながら、血みどろの歯茎を剥き出しにして、まるで最高に面白いジョークでも思いついたみたいにケラケラ笑いながら、「退屈を殺せ、退屈を殺せ、いいか、退屈こそが唯一の罪だ」なんてマントラを唱えて、そのまま心臓を止めた。
残されたのは築八十年のゴミ屋敷。でもそんなのは世間様向けの薄っぺらな皮一枚に過ぎなくて、三百坪の塀の内側は、じいさんが一生をかけて作り上げた地獄のミニチュア、悪意のテーマパークだった。庭のあちこちに首を撥ねられた石像が突き刺さり、錆び付いたメスやクランプが植物みたいに地面から生えている。その最深部、便臭と腐敗臭がダンスを踊る書斎の金庫に、じいさんからの果たし状が入っていた。
『愛する出来損ないの孫へ。二十歳になったな。おめでとう、お前も今日から家畜を卒業して「人間」になれる。私が国から掠め取った五千万円分の純金コイン百枚を、この庭に放流した。ヒントは三つ。解けなきゃお前もこの庭の肥やしになれ。一、天は二物を与えた。二、影は嘘をつかない。三、最後は必ず落ちる。』
「ハハッ、最高じゃんかよクソじじい!」
俺はメモを引き裂いてぶちまけた。脳みその中でドーパミンが爆発して、視界が真っ赤に染まった。二十歳の誕生日に欲しかったのはケーキでも女でもなく、こういう、血の匂いのする命懸けの「遊び」だったんだ!
2. 破壊という名の探索
俺はまず、じいさんの書斎の天井に向けて散弾銃のトリガーを引いた。ドォォォンという咆哮と一緒に天井板が弾け飛ぶ。「天は二物を与えた」? 笑わせんな。天とは天井で、二物とは金貨だろ! 俺は脚立を蹴り飛ばして屋根裏にガソリンを撒いて火をつけた。ゴォゴォと燃え上がる炎の中から、じいさんのコレクションだったホルマリン漬けの奇形標本が熱で割れてボトボト落ちてくる。
胎児や双頭の猫が熱い煤を浴びて転がっているけれど、金貨なんて一枚もありゃしない。
「影は嘘をつかない」だと? 俺は夜になるのを待って、工事用の巨大なサーチライトで庭の不気味な石像たちを暴力的な光で貫いた。
「影を見せろ! お前の本当の正体を吐き出せよ!」
長く伸びた影の終着点にバールを叩き込み、俺は墓暴きみたいに庭中を掘り返した。出てくるのは死んだ犬の骨に使い古された手錠、それから誰のものかもわからない抜けた歯の山。三日三晩、俺は眠らず食わず、ただ破壊と冒索を繰り返した。爪は剥がれ、全身は泥と返り血で真っ黒だ。鏡なんて見なくてもわかる。俺の目は、あのじいさんと同じ「狂人の目」にアップデートされていた。
3. 百匹の生贄、百枚の呪い
四日目の朝だ。幻覚が脳裏をチラつき始めた頃、俺は庭の中央にある血のように赤い池の前に立っていた。そこには異常なまでにデカくなった百匹の鯉が、共食いをしながら、まるで沸騰するように泳いでいた。じいさんは生前、こいつらに生肉だけを与えていたんだ。
俺は池の底でゆらゆら揺れる影を見た。いや、それは影じゃない。
「天は二物を与えた」……そういうことか。
コイ(生命)とコイン(物質)。精神と肉体。
「影は嘘をつかない」……。
水面に映る、醜悪に歪んだ俺の顔。その真下で、同じように口をパクパクさせている百匹の生贄たち。
「最後は必ず……落ちる……」
俺は笑った。腹の皮が捩れるまで笑い転げた。
「そうかよ! じいさん、アンタ本当に、心の底から救いようがねえよ!」
俺は服を脱ぎ捨てて全裸になり、冷たい血の池へダイブした。襲いかかる鯉たちの鱗が、ヤスリみたいに俺の肌を削り取る。こいつらの口の中には、人間用の鋭い歯が移植されてやがった。俺は水中でもがきながら、一匹の鯉を素手で捕まえ、そいつの腹をナイフで一気に割いた。
溢れ出したのは、ドロドロの内臓だけじゃなかった。
真っ赤に染まった、ズッシリと重い、本物の純金貨。
じいさんは金貨を池に沈めたんじゃない。百匹の鯉の喉奥に、一枚ずつ、金貨を呑ませて飼い続けていたんだ!
「最後は必ず落ちる」……。
鯉を殺せ。そうすれば、その腹の中から重力に従って黄金が産み落とされる。そういう物理(ロジック)だ。
4. 黄金の収穫
そこから先の記憶は、真っ赤なスプラッタ・ムービーだ。俺は池の中で狂戦士と化して、百匹の鯉を順番に捕らえては腹を裂き、温かい肉の中から黄金を引っこ抜いていった。池は本物の鮮血の色に染まり、俺はその中心で、五千万円分の金貨をピラミッドみたいに積み上げていった。
最後の一匹をぶち殺した時、俺の周りには百の死体と、百の黄金が転がっていた。朝日が昇って、血まみれの金貨を神々しいくらいに照らし出す。俺は最後の一枚を口に放り込んで、思い切り噛み締めた。ガリッと歯が折れる音がしたけど、痛みなんて一ミリも感じない。ただ、圧倒的な「生の充足」だけが俺の全身を突き抜けていった。
「さあ、次は……この金で、どんな最高な地獄を買ってやろうか?」
俺は立ち上がり、じいさんの燃え殻になった屋敷を背にして、狂った足取りで歩き出した。金貨の詰まった袋は、死体よりも重くて、でも、抱きしめたどんな女の肌よりも温かかった。
【了】
ラストコイン 不思議乃九 @chill_mana
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