ぎるどの狸 ~異世界創作落語~

CarasOhmi(からすおおみ)

演目「ぎるどの狸」

【表紙】

https://kakuyomu.jp/users/carasohmi/news/822139841854856803




 いっぱいのお運び、まことに御礼申し上げます。


 さて、このような所に噺を聞きに来た皆様であれば、巷で人気の「異世界転生」なるものをご存じでしょう。

 不幸にも事故に巻き込まれた粗忽そこつ者に、仏さまが蜘蛛の糸を垂らし、ひょいと他の世界に連れて行ってくれる、若い衆が好む読み物ですな。


 なんでも、これも御仏の加護ということでね、生まれ変わりに際して、ちょいとばかし色を付けてもらえるそうですね。世間ではこれを「チート」と呼ぶそうです。

 なまじ、素晴らしい「色」を付けてもらったばかりに、美しい女人をはべらせて「色」に溺れてしまう男どもも少なくないそうで……。けれど、今回はそのような「色」っぽい話ではございません。


 時は元禄。天下の往来で憐れにも大八車だいはちぐるまにはねられて、御仏の情けを受けて「チート」の恩恵にあずかった人……いや、けものがおりました。

 「チート」の獣……なるほど、「チーター」だね?……と鋭く言い当てられた皆様。残念ながらここは江戸。はねられたのは、もっと身近な獣、「たぬき」でございます。


 普段は森に住み、ちょいとばかりつまみ食いに行こうと、人里に冒険にやってきたたぬきでしたが、荷を運ぶ大八車だいはちぐるまに突き飛ばされたかと思えば、辺りは異国情緒溢れる煉瓦造りの街並みに早変わり。

 仏さまの憐れみで「色」を付けて頂いたたぬきは、さながら一丁前の蘭学者のように、知りもしなかった異世界言葉をペラペラとしゃべる。苦労して語学を修めた者からすれば「ちいと」ばかり腹に据えかねることでしょうな。


 そんな、語学堪能のたぬきを見て、これは面白いと声をかけてきた男がおりました。


◆男

「ほうほう、するってぇとお前さんは異世界からやってきたアライグマってわけかい」


◆たぬき

「馬鹿言っちゃあいけねぇよ。こちとら生まれも育ちも日の本の、国内在来種のホンドタヌキだってんだ!」


◆男

「へえ、流暢にしゃべるねえ。見世物小屋に売ったら、そこそこの銀貨になりそうだ」


◆たぬき

「なんてぇ事言うんだい?イヤだねぇ、異世界ってのは。義理も人情もあったもんじゃあない。あっしの国の人間はね、たぬきが罠にかかったと見るに、すぐ助けてやるほど、豊かな心根をしてたもんだよ」


◆男

「ほほう。じゃあ、助けてやったら何か恩返ししてくれるのかい?」


◆たぬき

「そりゃあもうね。一宿一飯の恩にあずかった相手には、命をかけて報いてこそ、たぬき冥利に尽きるってもんよ」


 さて、啖呵を切ったたぬきを見たこの男、向かいにある二階建ての酒場にたぬきを手招きしました。

 異世界というのはですね、えてして冒険者の寄り合いとなる「ギルド」という仕組みがあります。

 そのギルドの長は、表店おもてだなでは酒場の亭主として市民から相談を聞き、裏長屋に住む冒険者に依頼を斡旋する、言ってしまえば何でも屋を副業とする大家みたいなもんであります。


◆亭主

「うちはね、依頼をこなして食い扶持を稼げるもんには、分け隔てなく宿を貸してるんだ。エルフだろうと、ドワーフだろうと、異世界人だろうと、アライグマだろうと、たぬきだろうと構わねぇ。冒険者をやろうってやつぁ、うちでまとめて面倒見てやってるのさ」


◆たぬき

「おうおう、そいつは大義だねぇ!行く当てもなくて困ってたんだ。あっしにも、仕事を紹介してくれないかい?」


◆亭主

「……うーむ、そうだなぁ、じゃあこれはどうだ?隣の街の商会が冬に備えて薪を集めてるようなんだが、その荷運びだ」


◆たぬき

「そうかいそうかい、柴刈りかい?山の仕事なら任せときな!(腹鼓を打つ)」


◆亭主

「どれどれ……採集場所は、向こうの方に見えてる『カチカチ山』か。カチカチと珍しい声で鳴く鳥が住んでるって噂の山だね」


◆たぬき

「あいたたたた……急に背中がヒリヒリと痛くなったよ。長いこと外にいて日に焼けちまったかな?すまねぇが、背中に背負うのは無理そうでさぁ」


◆亭主

「……うーむ、それじゃあ、これはどうだい?教会の依頼で、ティーセットの食器を運ぶ仕事でさぁ」


◆たぬき

「おうおう、舶来品の陶磁器とは、小洒落てて乙だねぇ!(腹鼓を打つ)」


◆亭主

「いいや、今回は東洋の茶器を運ぶそうだよ。湯を沸かす金属製の釜……茶釜ってやつだそうだ。依頼主の名前は……ふむ、ブンブクって名前の神父様だ。ブンブクの茶釜だね」


◆たぬき

「おおっと、あっしのような粗忽者じゃあ、そんな高価なものを扱うわけにはいかねぇな。うっかり傷でもつけようものなら、火炙りの狸汁にさせられちまいまさぁ」

 

◆亭主

「……おいおい、いい加減にしとくれよ。こっちもね、最初の依頼だからって、簡単なものを選んでるんだ。そんな選り好みされたんじゃ、ウチに置いておくことは出来ないよ」


◆たぬき

面目めんぼくねぇや……どうにも、イヤな予感のする話ばっかりでね。けど、冒険者っていう割には、ガキんちょのお使いみたいな依頼ばかりじゃあないか。もっと『ダンジョン』の攻略みたいな、華のある仕事はないのかい?」


◆亭主

「まったく、じゃあこれでどうだ。西の村の近くの洞窟に、ゴブリンが二匹住み着いたそうだ。朝から晩まで騒いでいて、村人も迷惑してるんだとさ。これを追っ払って欲しいそうだ」


◆たぬき

「ほほう、いいじゃあないか。冒険者ってのはこうじゃなきゃな。村人には大船に乗ったつもりで安心してもらいやしょう!(腹鼓を打つ)」


◆亭主

「何を強気になってんだい。泥船が沈んだとしても、あたしゃ助けてやらんからね」


 かくして、酒場の亭主から、暗い洞窟を照らすためのカンテラと、脇差ほどの剣を借りて、たぬきはのこのこと洞窟にやって参りました。

 すると、洞窟の奥から「どんどこどん、どんどこどん」と、軽快に太鼓を叩く音が聞こえてくるわけです。


 「もしかして夏祭りでもやってるのかね」と、少しばかり期待したたぬきでしたが、洞窟の中には提灯ひとつぶら下がってはいない。

 亭主に渡されたカンテラに火を灯し、恐る恐る暗く入り組んだ洞窟を進んでいきます。


 すると、先程聞こえてきた「どんどこどん、どんどこどん」という太鼓の音も大きくなってまいりました。そして、曲がり角の先から、なにやら明るい光。どうやら、件のゴブリンどもは、この広間でかがり火を炊いて太鼓を叩いているようです。


◆後輩ゴブリン

「ふう、叩いた叩いた……もう一刻ほどは叩いたんじゃないですかい?」


◆先輩ゴブリン

「おいおい、根をあげてるんじゃあないよ。まだ四半刻もたっちゃあいないよ。そんなことじゃあ、立派なシャーマンになれやしないぞ」


◆後輩ゴブリン

「まだ四半刻?そんなことありやすかい?あたしゃあこんなにヘトヘトなんだよ?」


◆先輩ゴブリン

「そんなら、アンタの『ステータス』を開いてご覧なさいよ」


 そう言うと、ゴブリンの前になにやら宙に浮いた書簡のようなものが現れる。

 これもまた、異世界転生のお約束「ステータス・ウィンドウ」とよばれる窓でございます。先輩ゴブリンは、宙に浮かぶ窓に書かれた査定の結果を眺めて、はーっとため息をつきました。


◆先輩ゴブリン

「ほら、経験値もまだ六〇程度しか増えて無いじゃあないか。『レベルアップ』はまだ先だよ」


◆後輩ゴブリン

「そんなぁ……この叩けば叩くほど経験値の入る魔法の太鼓『ちからのドラム』を叩き続ければ、冒険者を倒すより安全にレベルが上がるって、そう言ってたのはアニキじゃあないですかい」


◆先輩ゴブリン

「何事も、楽できる道なんざねぇってこった。さあ、続けた続けた」


◆後輩ゴブリン

「そうは言ってもね、夜通し太鼓を叩き続けて、もう手がパンパンなんでさぁ……」


◆先輩ゴブリン

「まったく、若いのに情けないねぇ……それじゃあ、少し休んだらまた始めるよ」


 ゴブリンどもはそう言って奥に引っ込んでいきました。たぬきは、彼らの叩いていた太鼓に近寄って眺めてみます。

 

◆たぬき

「ほうほう。アイツら、この珍妙不可思議な太鼓を叩いて体を鍛えてたってことか。……しめしめ、こいつをかっぱらっちまえば、村を困らせる騒音も解決、戦利品も持ち帰れるって寸法よ」


 たぬきは、太鼓に前足を回して、うんしょと持ち上げる。しかし、その小さな手から太鼓はつるりと滑り落ち、ころころころりと転がって、曲がり角にぶつかり、どおん!と大きな音を上げた。


 こいつはまずい。このままじゃゴブリンどもに見つかっちまうってんで、たぬきも大慌てだ。こうなったら破れかぶれとばかりに、頭に葉っぱをのっけて、ドロンと太鼓に化け、その場をやり過ごそうとする始末です。


◆先輩ゴブリン

「なんだいなんだい?まさか冒険者がやってきたのかい?」


◆後輩ゴブリン

「……なんだ、誰もいないじゃあないか」


◆先輩ゴブリン

「確かに太鼓の音がしたんだがなあ……」


◆後輩ゴブリン

「隣の村に、迷惑な隣人でも引っ越してきたんじゃあねぇですかい?」


 そう言って、後輩ゴブリンは太鼓を叩く。

 ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽん。


◆先輩ゴブリン

「まったく、緊張感ってやつがない男だね、アンタは。もし冒険者が攻めてきたら、あっしらじゃ到底かなわないんだよ」


 そう言って、先輩ゴブリンも太鼓を叩く。

 ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽん。


◆先輩ゴブリン

「うーむ?この太鼓、こんな気の抜けた音だったかい?」


◆後輩ゴブリン

「元々こんなもんだったでしょう。アニキは細けぇ事気にし過ぎなんでさぁ」


 ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽんぽんぽん。


◆先輩ゴブリン

「おや、何だこれは。太鼓からしっぽが出て来たぞ?あっ、ひっこんだ!」


◆後輩ゴブリン

「……何言ってやがるんですか、太鼓は動物じゃあないんですよ?尻尾なんて生えてるわけないでしょうよ」


◆先輩ゴブリン

「いやいや、確かに今、ふっくらとした茶色い尻尾がだなぁ……」


◆後輩ゴブリン

「アニキ、きっと寝不足なんでさぁ。夜通し太鼓を叩き続けてりゃ、そうもなりますって。今日の特訓は終わりにして、もう眠りやしょうや」


◆先輩ゴブリン

「うーん、そんなことないと思うんだがねぇ」


◆後輩ゴブリン

「ささ!さっさと休みましょ!」


 ゴブリンの二人はまた一休みのために通路の奥に戻っていきました。

 そうなると、ようやく自由になりましたたぬきは、ドロンと煙を立てて、元の姿に戻ります。


◆たぬき「ああ、あのゴブリンども、ひとの腹だと思って好き勝手叩きよって、もう、たまったもんじゃあないよ」


 さんざん、ゴブリンに腹鼓を叩かれたたぬきでしたが、こうなってしまえば、しめたもの。

 たぬきは戦利品として、転がっていった本物の太鼓を抱え、ご機嫌で村へと戻り、報酬を受け取って街に帰還したのでした。


 けれどね、落っことして壁にぶつけた時に、魔法の太鼓の革には穴が開いてしまったようで、街の質屋でも値がつかなかったようです。

 ならいっそ、自分で使おうとも考えましたが、壊れた拍子に魔法の力も抜けてしまったようで、結局たぬきは、壊れた太鼓を二束三文で売り払うことで、手を打ちました。

 そんなわけで、肩を落としてトボトボと、ギルドへと帰っていくたぬきでした。


◆亭主

「……そうかい。騒音の原因は取っ払えたんだね。初めてならまあ上出来じゃないか」


◆たぬき

「……へえ。そうですがね。もしあの不思議な太鼓が無事だったなら、今頃銀シャリにお味噌汁、沢庵と焼き魚だってありつけただろうに、ああ、口惜しい……」


◆亭主

「そりゃ残念だったね。けど、そう嘆きなさんな。今朝、うちに卸してる肉屋からいい肉を買ったんだ。初陣祝いだ。今から焼いてやるからさ、おあがりよ」


◆たぬき

「……ええっ?けだものの肉ですかい?そんなもの、江戸じゃあせいぜい薬食いぐらいでしか食べないよ」


 ギルドの亭主が出したのは、江戸の街では到底見られない厚切りのビフテキ。じゅうじゅうと音を立てて焼き上がった肉に、たぬきはたまらずがぶりとかぶりつく。


◆たぬき

「はふっ、ああ……香ばしく、脂ののった匂いだ。こんな不浄なもの、もう見ていられない。早く口に入れてしまわなくては。ああ、汚らわしい。こんなもの……、今日だけ、今日だけは『チートデイ』でさぁ!ふはっ……はふっ……ごくり。ごちそうさまでした(腹鼓を打つ)」


◆亭主

「ははっ、高い肉は美味いだろう。肉屋も、たぬきを預かると話したら、大層興味を持っていてね。面白そうな話を聞かせてもらったと、少しばかり値段を負けてくれたよ」


◆たぬき

「へえ、人情の染みる話だ。異世界も捨てたもんじゃあないね。……しかしね、なんかおかしくはないですかい。あっしが帰ってくるまで、依頼が上手くいったのかなんて、わからんじゃあないですか。どうしてわざわざ、こんな高そうな御馳走を用意してくれてたんですかい?」


◆亭主

「へへ……、そいつぁもちろん、皮算用でさぁ」




――――【どっとはらい】――――



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