クリスマスの生まれる日

清水らくは

クリスマスの生まれる日

 宇宙進出以来、「クリスマスイヴには卵を割るな」と言われている。


 重力の制御が難しかった時代には、割れた卵を扱うのが難しかったのだろうか。現在では宇宙船内を無重力にすることは禁止されており、割れた卵が無重力でどうなるのかは調べようがない。


 エリアマギナルには、人類が住むに適した惑星は存在しない。いくつかの人工星と、数多くの宇宙船に人々は住んでいる。


 私は25歳の時に結婚して星を出て、宇宙船に移住した。かなり頑張って、よい宇宙船をローンで購入した。子供も生まれて、いつまでも幸せが続くと思っていた。


 一週間前、妻と子供が船を出ていった。


 何が悪かったのか、わからない。ただ妻への愛情が薄れていることは自覚していた。それでも子供のことはかわいかったし、家族が幸せでいられるように努力もしてきたつもりだ。


 冷蔵庫の中には卵が1パック入っている。クリスマスケーキを作る予定だったのだ。孤独なイヴに、もうケーキはいらない。


 ただ、気になり始めていた。今この卵を割ったらどうなるのか。家族を失った私には、どんな不幸が訪れてももはや知ったことではない。何も起こらないのならば、卵焼きにでもして食べればいい。


 ボウルを引っ張り出して、冷蔵庫から卵を一つとった。宇宙育ちの鶏が生んだ、きれいな卵。


 ボウルのふちにぶつけて卵を割る。すると、どろりと出てくるはずの中身が、塊で出てきた。ゆで卵だったのか、と思ったがそうではなかった。卵は黒い楕円となっていて、その中に白い点がいくつも光っていた。見ていると、光はだんだんと増えていった。


 宇宙だ。宇宙が生まれた。


 光は増え続けるかと思ったが、ある時点から減り始めた。光が減る速度はだんだんと早くなり、ついには、卵は真っ黒い塊となってしまった。


 僕は好奇心に駆られ、真っ黒になった卵をかじってみた。すると、頭の中に先ほど見た宇宙が鮮明に浮かび始めた。宇宙の歴史が、上映されていく。


 青い星があった。映像がそこにフォーカスされていく。陸地へ、そして一つの家へ。


「サンタさん、今年こそゲーム機持ってきてくれるかな」

「どうかな、うふふ」


 子供と母親が笑っていた。そこに、不機嫌な表情をしたお父さんがやって来る。


「ゲームなんかしてる場合じゃないぞ。勉強になるものをサンタさんは持ってきてくれるはずだ」

「そんなあ」


 子供は泣きそうになっていた。母親は反論しようと父親の顔を見たが、結局何も言わなかった。


 その夜子供の枕元には、小さなプレゼントが置かれていた。


 映像がズームアウトしていき、星は茶色になっていき、大きくなった恒星に飲み込まれていった。その後宇宙からどんどん光が消えていき、映像はついに真っ暗になった。


「えっ」


 気が付くと元の場所だった。ボウルの中に、黄身と白身があった。


 私は寝室に向かって、クローゼットの中から一つの箱を取り出した。小さな箱。息子は、ゲーム機が欲しいと言っていたっけ。


 台所に戻って、卵焼きを作った。


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