The Yesterday Collector 〜EP 0

キャンパス委員会

第1話 辞令と、煙の匂い


 死神局・寿命調整課の朝は、いつも静かだった。


 画面に並ぶのは、数字と予定表だけ。

 今日死ぬ者。

 明日死ぬ者。

 半年後に死ぬ者。


 原田はそれらを淡々と確認し、

 淡々と処理し、

 淡々と印刷する。


 感情は不要だ。

 生も死も、ここでは数値でしかない。


 そのとき、机の上に黒い封筒が落ちた。


「……人事異動?」


 封を切ると、中には一行だけが記されていた。


──観測課へ異動を命ずる。


 原田は眉ひとつ動かさず、封筒を閉じる。

 時計を一度だけ確認し、静かに立ち上がった。


(観測……必要か?)


 寿命は決まっている。

 調整課の仕事は、その流れを乱さないこと。

 生死は数値であり、

 揺れも、迷いも、昨日も、今日も、

 すべて予定表の中に収まる。


(それを“観測”して、何になる)


 そう考えながら廊下を歩いていると、

 ふいに、鼻を突く匂いがした。


 煙草の匂い。


 死神局では珍しい。

 死神には肺も血液もない。

 吸う必要など、ないはずだった。


 それでも、その匂いは確かに漂っている。


 曲がり角の先。

 薄くたなびく煙の中に、ひとりの女性が立っていた。


 黒髪を高い位置で結び、

 背は高く、モデルのようにすらりとした体型。

 指先には、白い煙を吐くタバコ。


 彼女は、ゆっくりとこちらを見る。


「……新入り?」


 低く、静かな声。

 どこか疲れを含んでいた。


 原田は一度だけ頷く。


「今日から観測課に来ました。原田です」


「木村。……よろしく」


 短く、必要最低限の自己紹介。

 煙が流れ、木村の黒髪がわずかに揺れた。


 原田は小さく咳をする。

 煙の匂いが、喉に絡みつく。


「タバコは……苦手です」


「ふうん」


 木村は目を細め、

 ほんの一瞬だけ、口角を上げた。


「観測ってさ。煙みたいなもんだよ」


 吐き出された煙が、空中に溶ける。


「意味があるようで、ないようで。

 でも――残るんだよね。少しだけ」


 原田には理解できなかった。


 寿命は数値だ。

 昨日の匂いで動く仕事ではない。


「寿命が分かっているのに、

 観測が必要なんですか?」


 問いかけに、木村は即答しない。

 煙を一度吐き、ゆっくりと言った。


「必要だよ」


 そして、続ける。


「人間はね。

 死ぬ前に、“昨日”を揺らすから」


 煙が、ふわりと漂った。


 原田はその匂いから、わずかに目を逸らす。

 理解はできない。

 それでも――


 その匂いだけが、不思議と胸に残った。


 理由もなく。

 意味も分からないまま。


「行くよ、原田」


 木村はタバコを指で弾いて消し、歩き出す。


「今日が、観測の初日」


 煙の匂いをまとったまま、

 原田はその背中を追った。


──匂いが、昨日を連れてきた。

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