悪魔に見初められた元聖女はスローライフしながら、世界を愛おしむ

仮名カナタ

プロローグ

‐ある悪魔の独白‐

あぁ、見てごらん。

あの吐き気がするほど美しい光景を。

古びた礼拝堂の冷たい石畳の上、一塵の穢れもない白い衣をまとった彼女が跪いている。ステンドグラスから差し込む極彩色の光が、彼女の銀糸の髪を後光のように輝かせているわ。


「清廉なる聖女」


人間共はそう呼んで崇めているんだったかしら。

彼女は祈っている。ただひたすらに、彼女の愛する滑稽な神へと。その瞳は閉じられ、長い睫毛が頬に影を落とし、組まれた細い指先は白く強張っている。その姿はまるで、触れれば砕けてしまいそうな精巧な磁器人形のようだ。


……ああ、たまらない。喉の奥が熱くなる。


彼女の周囲には、清浄で強固な結界が張り巡らされている。だが、私ほどの「格」となれば話は別だ。この肌を焦がす聖なる気配さえ、極上のスパイスに過ぎない。

私は影の薄膜の中から、音もなく彼女の背後へと滑り寄る。


ねえ、聖女様。貴女のその清らかな魂は、どんな味がするのかしら?

貴女が信じて疑わないその絶対的な信仰心が、絶望と快楽で濁り、崩れ落ちる瞬間。その瞬間に見せる表情は、きっと天界のどんな天使よりも美しいはずよ。

あの白い頬を紅潮させ、祈りの言葉の代わりに、私の名を呼びながら喘ぐ姿を想像するだけで、背筋がゾクゾクと震えるわ。


私は鋭く伸びた黒い爪先で、彼女の白いヴェールの端をそっと撫でた。

まだ気付かない。まだ、祈りに夢中だ。

焦ることはない。果実は熟してから摘み取るもの。

さあ、まずはどんな甘い毒を耳元で囁いてあげようかしら。貴女が築き上げた聖なる硝子の城が、音を立ててひび割れていく様を、特等席で見せてもらうわよ。

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