『俺達のグレートなキャンプ番外編 クリスマス!狂ったように鮭食べるぞ!』

海山純平

番外編 クリスマス!狂ったように鮭料理を食べるぞ!

俺達のグレートなキャンプ番外編 クリスマス!狂ったように鮭食べるぞ!


十二月二十四日、午後三時。山梨県の某キャンプ場。クリスマスイブの静かな空気が流れる森の中、石川のハイエースが砂利道を勢いよく走ってくる。タイヤが小石を跳ね上げる音がバチバチと響き、エンジンの唸り声が冬の澄んだ空気を震わせる。隣のサイトでコーヒーを飲んでいた中年夫婦が、驚いて顔を上げる。

「到着ー!!グレートなクリスマスキャンプの始まりだぁぁぁ!!」

石川が運転席から飛び降りると同時に、両手を高く掲げて叫ぶ。その勢いでサンタ帽子が頭から落ちそうになり、慌てて片手で押さえる。もう片方の手は依然として天を指したまま。ダウンジャケットの上に巻いた金色のモールがキラキラと冬の陽光を反射し、まるでディスコボールのように周囲を照らしている。顔は興奮で真っ赤に染まり、息が白く立ち上る。

「石川さん、声でかいですって!周りのキャンパーさん、めっちゃこっち見てますよ!」

千葉が助手席から降りてくる。彼もサンタ帽子を被り、首にはトナカイの鼻のような赤い飾りをぶら下げている。目を輝かせながら、ハイエースの後部ドアに向かって小走りで移動する。スニーカーが霜の降りた地面を踏みしめ、ザクザクと音を立てる。息を弾ませ、両手をこすり合わせながら「さむっ、さむっ」と呟いている。

「ねえ、本当に大丈夫なの?今日はクリスマスイブよ?普通にチキンとかケーキとか用意してきたんでしょうね...?」

富山が後部座席からゆっくりと降りてくる。彼女の表情には既に疲労の色が濃い。眉間に深いシワを刻み、口元は完全に「への字」になっている。サンタ帽子は被っているものの、その角度が若干ずれていて、諦めの雰囲気が全身から漂っている。厚手のダウンコートの襟を立て、寒さと不安で肩をすくめている。

「大丈夫に決まってるだろ!クリスマスといえば七面鳥?ローストビーフ?ケーキ?いやいやいや、日本人なら鮭だ!サーモンだ!シャケだぁぁぁ!」

石川が後部ドアを勢いよく開ける。ガラガラガラッという金属音と共に、中には大量のクーラーボックスが積まれているのが見える。五つ、六つ、いや七つ...数え切れないほどのクーラーボックスが、まるでテトリスのように隙間なく詰め込まれている。

「え、ちょっと待って。なんでこんなにクーラーボックスあるの...?」

富山の声が震える。嫌な予感が背筋を駆け上がる。目を見開き、一歩後ずさる。

「ふっふっふ...今回の『グレートなキャンプ』のテーマはな...」

石川が振り返り、ニヤリと笑う。その笑顔は狂気と自信に満ち溢れている。両手を腰に当て、胸を張る。

「『クリスマスに狂ったように鮭を食べまくる!鮭フルコース祭り!!』だ!!」

「「鮭ぇぇぇぇぇ!?」」

千葉と富山の声が重なる。千葉は喜びの叫び、富山は絶望の叫び。同じ言葉なのに、そこに込められた感情は真逆だった。

「そう!鮭だ!今日は一日中、鮭しか食わねぇ!鮭のフルコース!鮭三昧!鮭パラダイス!これぞグレートなクリスマスキャンプだぁぁぁ!」

石川が拳を突き上げる。その勢いでサンタ帽子が遂に頭から飛んでいく。帽子は風に乗って三メートルほど飛び、隣のサイトの焚き火の近くに着地する。

「いや、待って待って。なんで鮮なの?クリスマスに鮭?意味わかんないんだけど...」

富山が頭を抱える。両手で顔を覆い、深く深くため息をつく。肩が大きく上下する。

「富山、わかってないな!鮭っていうのはな、日本の食文化の根幹を成す魚なんだよ!縄文時代から食べられてきた!紅い色は縁起がいい!クリスマスカラーだ!そして何より...」

石川が勢いよく一つ目のクーラーボックスを開ける。

「道の駅で大量に売ってたんだよぉぉぉ!!」

中には氷の上に美しく並べられた切り身鮭が、ぎっしりと詰まっている。十切れ、二十切れ、いや三十切れ以上はあるだろうか。ピンク色の身がキラキラと光を反射している。

「すげえぇぇぇ!これ全部鮭ですか!?」

千葉が目を輝かせてクーラーボックスに顔を近づける。鼻息が荒く、氷の冷気で白い息がさらに濃くなる。

「そうだ!これは切り身!そして二つ目は...」

石川が二つ目のクーラーボックスを開ける。

「刺身用のサーモン!サーモンサクが十本!!」

鮮やかなオレンジ色のサーモンサクが、まるで宝石のように並んでいる。脂の乗った美しい色合いが、見る者を魅了する。

「三つ目は...」

ガバッと開けられた三つ目のクーラーボックスには、

「鮭のアラ!頭付き!五匹分!鍋にするぞぉぉぉ!」

でかでかとした鮭の頭が、こちらを見つめている。目が合う。富山の顔が青ざめる。

「四つ目は...」

「もういいよ!わかったから!鮭だらけなのはわかったから!」

富山が両手を振る。しかし石川は止まらない。

「いやいや、まだあるんだよ!四つ目はイクラ!醤油漬け!五つ目は鮭フレーク!六つ目は鮭とば!七つ目は...」

「全部鮭関連じゃねえか!!」

富山の叫びが森に響く。遠くで鳥が驚いて飛び立つ音がする。

「そうだよ!今日は鮭しか食わない!鮭オンリー!鮭命!これがグレートなクリスマスだ!」

石川が両手を広げてその場で一回転する。モールがキラキラと舞う。

「あの...石川さん、チキンとかケーキとかは...?」

千葉が恐る恐る聞く。

「あぁ、それがさ!道の駅寄っただろ?そこで食材買い足そうと思ったんだよ。でもな、クリスマスイブだからさ、チキンは完売!ケーキも完売!ローストビーフも完売!」

石川が大げさに肩をすくめる。

「で、売り場見てたらさ、鮭コーナーだけが異様に充実しててな!切り身もサクもアラもぜーんぶ大量にあったわけよ!そこで俺は思ったね。『これは神のお告げだ』って!」

「神のお告げじゃないでしょ!ただの売れ残りでしょ!!」

富山がツッコむ。声が裏返っている。

「いやいや、これは運命だよ富山!クリスマスイブに鮭だけが大量に残っている...これは『鮭を食え』という宇宙からのメッセージだ!」

「宇宙関係ないから!てか、普通ならそこで別のもの買うか、別の店行くでしょ!?」

「別の店?時間の無駄だ!それに、この大量の鮭を見たら、もう鮭しか見えなくなってな!レジのおばちゃんも驚いてたよ。『お兄さん、鮭屋さんですか?』って聞かれたもん!」

「当たり前でしょ!一般人はこんなに買わないわよ!」

富山が頭を抱えて座り込む。地面に膝をつき、そのまま額を地面につけそうな勢い。

「富山さん、まあまあ!鮭って美味しいじゃないですか!色んな食べ方あるし!」

千葉が富山の肩を叩く。その目は完全に石川側に洗脳されている。キラキラと輝き、期待に満ちている。

「そうだそうだ!千葉はわかってる!さあ、テント設営して、すぐに調理開始だ!今日のメニューはな...」

石川がリュックから、びっしりと文字が書かれたノートを取り出す。

「鮭のカルパッチョ、鮭のホイル焼き、鮭のムニエル、鮭茶漬け、鮭鍋、鮭のちゃんちゃん焼き、鮭のバター醤油焼き、鮭のフライ、鮭おにぎり、イクラ丼、鮭のクリームパスタ、鮭のアクアパッツァ...全十五品だ!!」

「十五品!?」

千葉が目を見開く。興奮で顔が真っ赤になる。

「多すぎでしょ!三人じゃ食べきれないわよ!」

「大丈夫だ!周りのキャンパーも巻き込む!」

「巻き込むな!!」

富山の悲鳴が再び森に響く。

それから三十分。あっという間にテントが設営される。石川と千葉の動きは異常に速い。まるで早送り映像を見ているかのよう。ペグを打つ音がカンカンカンと連続で響き、テントが膨らみ、タープが張られる。

「よっしゃ!設営完了!調理開始だぁぁぁ!!」

石川が大型のツーバーナーを二台、焚き火台を一台、七輪を一台、全て並べて点火する。ゴォォォという炎の音が同時に響き、熱気が立ち上る。冬の寒さを吹き飛ばすような火力。

「千葉!まずはカルパッチョから行くぞ!サーモン薄切りにしてくれ!速度重視だ!」

「了解です!」

千葉が包丁を握り、サーモンサクに向かう。その目は真剣そのもの。シャキン、シャキン、シャキンと高速で薄切りにしていく。まな板に包丁が当たる音がリズミカルに響く。一秒に一切れのペース。手元がブレない。まるで寿司職人のよう。

「富山!オリーブオイルとレモン用意してくれ!」

「はいはい...」

富山が諦めた表情で調味料を並べる。目は虚ろ。完全に戦意喪失している。

五分後。

「カルパッチョ完成!!」

大皿に美しく並べられたサーモンのカルパッチョ。薄切りのサーモンが花びらのように広がり、その上にオリーブオイル、レモン汁、塩、黒胡椒、刻んだハーブが散りばめられている。見た目は完璧。レストランレベル。

「いっただっきまーす!」

石川と千葉が同時に箸を伸ばす。

「うまぁぁぁぁぁい!!」

「サーモン最高ォォォォ!!」

二人が叫ぶ。口いっぱいにサーモンを頬張り、目を閉じて味わう。咀嚼する音が聞こえる。

「富山も食えよ!」

「...いただきます」

富山が渋々箸を取る。一切れ口に入れる。

「...美味しいけどさ...」

「だろ!?次行くぞ次!ホイル焼きだ!」

石川が既に次の準備を始めている。アルミホイルを広げ、その上に鮭の切り身を置く。バター、醤油、みりん、きのこ、玉ねぎを次々と載せていく。手つきが職人的。無駄な動きが一切ない。

「千葉!七輪に乗せてくれ!強火だ!」

「了解!」

千葉がホイル包みを四つ同時に七輪に乗せる。ジュワーッという音と共に、食欲をそそる香りが立ち上る。バターの甘い香り、醤油の香ばしい匂い、鮭の脂の香り。それらが混ざり合い、周囲に広がっていく。

隣のサイトの中年夫婦が、匂いに誘われてこちらを見る。

「あの...いい匂いですね...」

奥さんが声をかけてくる。

「あ、どうもこんにちは!今、鮭のホイル焼き作ってるんですよ!良かったら食べませんか!?」

石川が満面の笑みで答える。

「え、いいんですか!?」

「もちろん!今日は鮭パーティーなんです!」

「やめて...」

富山が小さく呟く。しかし既に遅い。

十分後。隣のサイトの夫婦が、ホイル焼きを食べている。

「美味しい!すごく美味しいですね!」

「でしょ!?鮭最高でしょ!?」

石川がサムズアップする。

「次は鮭茶漬け行くぞぉぉぉ!」

石川が焼き鮭をほぐし始める。手の動きが早い。あっという間に身がほぐれ、ご飯の上に山盛りに載せられる。

「千葉!出汁!熱々の出汁持ってこい!」

「はい!」

千葉が鍋から出汁をすくう。昆布と鰹の効いた黄金色の出汁。湯気が立ち上り、顔が熱で赤くなる。

「いくぞぉぉぉ!」

ジャァァァァと出汁がかけられる。鮭とご飯に出汁が染み込み、わさびが溶ける。

「かきこめぇぇぇぇ!」

石川が茶碗を持ち、一気にかきこむ。ズズズズズッという音。三口で完食。

「うまぁぁぁい!!もう一杯!!」

「早い早い!」

千葉も同じペースで食べる。二人の食べるスピードが異常。まるで大食い選手権。

「ちょっと、ちょっと落ち着いて...」

富山が止めようとするが、無駄だった。

「次!鮭鍋だぁぁぁ!」

石川が大型の鍋に昆布を入れ、水を張る。そこに鮭のアラをドボンドボンと投入していく。水しぶきが上がる。

「野菜も入れるぞ!白菜、ネギ、しいたけ、豆腐!全部入れろぉぉ!」

千葉が次々と野菜を切り、鍋に放り込む。包丁の音がカンカンカン、まな板を叩く音がトントントン。両手を高速で動かし、野菜が次々と鍋に投げ込まれる。

「沸騰させろぉぉぉ!!」

ゴォォォと火力を最大にする。鍋がグツグツと音を立て始める。

その様子を見ていた向かいのサイトの若いグループが、興味深そうに近づいてくる。

「あの...何してるんですか...?」

大学生らしき男性が聞く。

「鮭鍋です!」

「...鮭鍋?クリスマスイブに?」

「そう!今日は鮭の日なんです!」

石川が力強く答える。

「鮭の日...?」

「そう!鮭の日!皆さんも食べませんか!?」

「え、いいんですか!?」

「もちろん!どんどん来てください!鮭はたっぷりありますから!」

「やめてぇぇぇ...」

富山の抗議の声は、もう誰にも届かない。

二十分後。なぜかキャンプサイトに十五人ほどの人が集まっている。隣のサイトの夫婦、向かいのサイトの大学生グループ、通りかかったソロキャンパーたち。皆、石川の「鮭食べませんか!?」の声に釣られて集まってきた人々。

「さあ!鮭鍋できたぞぉぉぉ!!」

石川が鍋の蓋を開ける。湯気がブワッと立ち上がる。鮭の出汁が効いた黄金色のスープ。鮭のアラから出た旨味が凝縮されている。

「うわぁ...美味しそう...」

「いただきます!」

集まった人々が次々と鍋をつつく。割り箸とお椀が次々と動く。

「うまい!」

「この鮭、めっちゃ美味しいですね!」

「出汁が最高!」

歓声が上がる。皆、笑顔。鍋を囲んで、見知らぬ人同士が会話を始める。

「次はちゃんちゃん焼きだぁぁぁ!!」

石川が大型の鉄板を焚き火の上に置く。そこにバターをドンと載せる。ジュワーッと溶け始めるバター。

「鮭を並べろぉぉぉ!」

千葉が切り身を次々と鉄板に並べる。ジュージューと音を立てて焼ける鮭。

「野菜も載せろぉぉぉ!キャベツ、玉ねぎ、もやし、にんじん!」

野菜が山盛りに載せられる。

「味噌ダレだぁぁぁ!!」

石川が味噌、みりん、砂糖、酒を混ぜたタレをジャーッとかける。甘辛い香りが爆発する。周囲の人々が「おおぉ」と声を上げる。

「混ぜろぉぉぉ!!」

ヘラで豪快に混ぜる。鮭と野菜と味噌ダレが混ざり合う。湯気と香りが立ち上る。

「できたぁぁぁ!!」

「いただきまーす!」

集まった人々がワッと鉄板に群がる。割り箸が次々と伸びる。

「うめえぇぇぇ!」

「これ最高!」

「味噌と鮭の相性抜群ですね!」

皆が口々に褒める。完全に鮭パーティーと化している。

「富山!どうだ!盛り上がってるだろ!」

石川が満足そうに富山を見る。

富山は...テーブルに突っ伏している。完全に諦めた様子。微動だにしない。

「富山さん...大丈夫ですか...?」

千葉が心配そうに声をかける。

「...大丈夫じゃない...こんなの想定外...なんでこんなことに...」

富山が顔を上げる。その目は虚ろ。魂が抜けかけている。

「まだまだ行くぞぉぉぉ!鮭のムニエル、鮭フライ、鮭のバター醤油焼き!全部同時進行だぁぁぁ!!」

石川がツーバーナーのフライパン全てに鮭を投入する。ジュージュージュー!三つのフライパンから同時に音が響く。

「千葉!フライの衣つけてくれ!」

「了解!」

千葉が小麦粉、卵、パン粉を高速でつけていく。その手つきは既に職人レベル。一切れ三秒のスピード。

「揚げるぞぉぉぉ!」

ダッチオーブンに油を張り、鮭フライを投げ入れる。ジュワァァァァ!油が跳ねる。

周りのキャンパーたちも、もはや完全に巻き込まれている。

「俺、皿洗いますよ!」

「私、野菜切ります!」

「僕、薪割ってきます!」

いつの間にか全員が調理に参加している。完全に一体化している。もはや「鮭教団」のよう。

「みんな!鮭だ!鮭を食うぞぉぉぉ!!」

石川が叫ぶ。

「「「鮭だぁぁぁぁ!!」」」

全員が叫び返す。十五人の声が森に響く。もはや完全に狂っている。

「鮭のムニエルできたぁぁぁ!」

「鮭フライ揚がったぁぁぁ!」

「バター醤油焼き完成!」

次々と料理が完成していく。テーブルの上が鮭料理で埋まる。ピンク色、オレンジ色、焼けた茶色。全て鮭。鮭、鮭、鮭。

「食うぞぉぉぉぉ!!」

「「「いただきまーす!!」」」

全員が一斉に箸を伸ばす。もはや取り合い。箸と箸がぶつかり合う。

「うまぁぁぁい!」

「このムニエル、レストランレベル!」

「フライサクサク!」

「バター醤油が染みる〜!」

歓声と共に、料理が次々と消えていく。あっという間に完食。

「次!イクラ丼だぁぁぁ!!」

石川が大量のご飯を炊飯器から盛る。その上にイクラをドバドバと載せる。贅沢。異常な量。

「全員分あるぞぉぉぉ!」

「「「イクラぁぁぁ!!」」」

全員がイクラ丼に殺到する。オレンジ色の宝石が光る。

「いただきまーす!」

プチプチという音が響く。イクラが口の中で弾ける音。全員が幸せそうな顔。

富山は...もう何も言わない。ただ黙々とイクラ丼を食べている。諦めを通り越して、悟りの境地に達している。

「ねえ富山...」

「なに...」

「...美味しいね」

「...美味しいわね」

二人の間に奇妙な連帯感が生まれる。

午後七時。既に辺りは真っ暗。焚き火とランタンの明かりだけが周囲を照らす。

「さあ!ラスト!鮭のクリームパスタとアクアパッツァだぁぁぁ!!」

石川がまだ元気。むしろテンション上がっている。

「石川さん...もうお腹いっぱいなんですけど...」

千葉が腹を押さえる。苦しそう。

「弱音吐くな!最後まで完走だ!これが『グレートなキャンプ』だろ!」

「そうだぞ千葉!」

いつの間にか周りのキャンパーたちも石川化している。目が輝いている。完全に洗脳されている。

「パスタ茹でるぞぉぉぉ!」

大鍋にパスタをドボン。生クリーム、鮭、きのこを炒める。

「アクアパッツァも同時進行!鮭、トマト、オリーブ、ケッパー、白ワイン!」

もう一つのフライパンで豪快に調理。両手で二つの料理を同時に作る石川。完全にプロの動き。

十五分後。

「完成だぁぁぁぁ!!」

テーブルに並ぶ最後の二品。クリーミーなパスタと、トマトベースのアクアパッツァ。どちらも美しい。そして、どちらも鮭。

「食うぞぉぉぉ!!」

「「「食うぞぉぉぉ!!」」」

全員が最後の力を振り絞って食べる。もはや限界を超えている。でも、美味しい。確かに美味しい。

「うまぁぁぁい...」

「もう...食べれない...でも...美味しい...」

皆、満腹を通り越している。でも、箸が止まらない。

午後九時。

「完食だぁぁぁぁぁ!!」

石川が最後の皿を空にして叫ぶ。

「「「完食だぁぁぁぁ!!」」」

全員が両手を上げる。達成感。疲労感。そして、鮭への感謝。

「皆さん...今日は...ありがとうございました...」

石川が周りのキャンパーたちに頭を下げる。いつもの元気はない。完全に燃え尽きている。サンタ帽子は既にどこかに消えている。モールも片方取れている。

「いえいえ、こちらこそ!」

「すごく楽しかったです!」

「鮭、最高でした!」

集まったキャンパーたちが口々に言う。皆、笑顔。満足そう。

「今日のクリスマスイブ...一生忘れないと思います...」

大学生の一人が言う。

「鮭のクリスマス...新しいですね...」

隣のサイトの奥さんが笑う。

「来年もやってください!」

ソロキャンパーの一人が言う。

「来年も...?」

富山が顔を上げる。その目には恐怖の色。

「やるぞぉぉぉ!来年は...鰤だ!!」

石川が突然復活する。目がギラリと光る。

「「ぶりぃぃぃ!?」」

全員の声が揃う。

「そうだ!冬といえば鰤だ!鰤のフルコース!鰤しゃぶ、鰤大根、鰤の照り焼き...」

「もういい!今日は鮭でお腹いっぱい!」

富山が遮る。しかし、その口元は微かに笑っている。

「でも...楽しかったな...」

千葉が呟く。腹を押さえながら、満足そうに笑う。

「...まあね」

富山も小さく頷く。

焚き火を囲んで、十五人のキャンパーたち。見知らぬ者同士だったのに、今は仲間。鮭が繋いだ絆。

「メリー...鮭スマス...」

誰かが呟く。

「「「メリー鮭スマス!!」」」

全員が笑う。森に笑い声が響く。

クリスマスイブの夜。狂ったように鮭を食べたキャンパーたち。誰もが鮭の夢を見る夜になるだろう。


翌朝、午前七時。

「うっ...」

富山が目を覚ます。テントの中。寝袋の中。体が重い。

「...鮭の匂いが...体から...」

外に出ると、石川と千葉が既に起きている。

「おはよう富山!」

「おはようございます!」

二人とも元気。異常に元気。

「...なんでそんなに元気なの...」

「今日も鮭食うか!?」

「やめてぇぇぇぇ!!」

富山の悲鳴が、朝の森に響き渡った。

隣のサイトから、笑い声が聞こえてくる。昨日の仲間たちも起き始めている。

「朝から鮭ですか!?」

誰かが叫ぶ。

「おう!朝鮭行くか!?」

石川が答える。

「行きましょう!」

「マジか...」

富山が崩れ落ちる。

こうして、『グレートなキャンプ』はまだ続く。鮭の伝説は、まだ終わらない。

クーラーボックスには、まだ鮭が残っている。たくさん、残っている。

「さあ!鮭の味噌汁作るぞぉぉぉ!」

「「「鮭だぁぁぁぁ!!」」」

叫び声が、冬の朝空に響く。

鮭のクリスマス。それは、彼らにとって最高の思い出となった。

そして、来年の冬。また新たな魚の伝説が生まれることだろう。

『俺達のグレートなキャンプ』は、これからも続いていく。

─完─

後日談

石川のSNSには、大量の鮭料理の写真がアップされた。

「#グレートなキャンプ #鮭のクリスマス #鮭フルコース #メリー鮭スマス」

いいねが千を超えた。

コメント欄には、

「来年参加したい!」

「鰤の回も楽しみにしてます!」

「サーモン教に入信します!」

などと書かれている。

富山は、そのコメント欄を見て、深くため息をついた。

「来年も...やるのね...」

しかし、その顔は、少しだけ笑っていた。

本当に、少しだけ。

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『俺達のグレートなキャンプ番外編 クリスマス!狂ったように鮭食べるぞ!』 海山純平 @umiyama117

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