万華鏡に沈んだユートピア

凛々サイ

第1話

 私の手の中でカチカチと輝く音がぶつかる。あの日も今日のような暑い日だった。小学六年生だった頃の無邪気な私は、その万華鏡を覗いた瞬間、大きな声を上げた。


『ゴミなのに、すっごく綺麗!』


 だけど、隣のあの子は違った。あの子は今も、あの頃と同じ言葉を吐き出すんだろうか。

 

 先日、懐かしいその万華鏡を見つけた私は、ベッドに仰向けになったまま、なんとなくそれを覗き込んでいた。両手で筒を転がすと、まるで万華鏡に映し出されるかのように、あの時の思い出が蘇って来る。あれから五年。私は高校二年生になっていた。


真鈴まりん、ご飯よー」


 一階のリビングにいる母親からいつもの声が届く。私はその声を無視し、右目で万華鏡の中を覗き続けた。これを見つけたのは、夏に向けて衣替えをしていた最中だった。古びた段ボールを開けると、小学生の頃に描いた絵や工作物がひしめき合うように入っていた。この家が完成し、引っ越しをしたのが中学入学前だったから、五年間も開封していなかったらしい。その中に入っていた万華鏡は、ところどころに茶色のシミが浮き上がっていて、年季を感じさせる代物に成り果てていた。その筒は全体に赤地の千代紙で覆われていて、表面には金色の小花柄が茶色のシミと一緒に散りばめられている。あの子も確か私と同じ柄を選んでいたはずだ。けれど、赤地ではなく青地を選んでいた。私とは正反対の色。


 表面はくすんでいても、その中の輝きはちっとも変わっていなかった。筒を回転させれば、初夏の夕日に照らされた海のゴミたちがカチカチとぶつかり、燦然と輝いている。そんな煌びやかな輝きをボーっと見つめていると、またふとあの子の無邪気な笑顔がフラッシュバックした。


「真鈴、聞いてる? また寝てるのー?」


 母親からの呼び出し音は、月の引力に逆らうことが出来ないさざ波のように延々と続く。もし海に意思があり、月の引力に抗いたくても逆らえない時は、大きなさざ波を作り、岩に激しくぶつかっているのかもしれない。岩にとんでもない力で体当たりをして、自らを爆発させたくなるような気持ち。泡となってしぶきとなって、蒸発したくなるような気持ち。だけど皆が引力と共存しているのに、自分だけが抗うなんて到底出来そうにない。


 私は身体に鞭を打ちつつ、上半身を起こした。ズキンと下腹部が痛む。今日はこの痛みのせいで学校を休んだ。女にだけこんな苦行を毎月味合わせるなんて、神様はほんとに不公平だと思う。けれど女であればみんなが通る道だ。五十歳ぐらいまで毎月経験している。それがきっと女として生きる上での最低条件なんだと思う。最低をクリア出来ない私は決して最高にはなれない。


 枕元に置かれているデジタル時計を見つめた。まだ五時だった。七月の夕方は途方もなく明るくて、食欲が駆り立てられる時間ではない。だけど早めに夕食を食べれば太りにくいらしい。そう誰かが配信動画で言っていた。手に持っていた万華鏡は、デジタル時計の隣へコトンと立てた。


 小学六年生の図工の授業で、当時の若い女の担任が言った。『自分たちの住む関東の海をよく知りましょう』と。それから海に漂っていたという漂流物が万華鏡の中へ封入する材料として班ごとに配られた。担任曰く、東京近郊の海から回収したプラスチックごみや貝殻、シーグラスなどを工場で細かく砕いたものらしい。担任はそれを「海のゴミ」と言った。


 それからクラスのみんなは、無邪気な声を上げながら好きな千代紙を選び、小さな欠片を吟味して選び、世界に一つの万華鏡を作り始めた。それぞれが己の万華鏡に海の秘宝のような神秘さを感じ、心を浮つかせていた。透明なプラスチックトレーの中にじゃらじゃらと詰め込まれた欠片達は、窓から入る太陽光に反射して、宝石のようにキラキラと輝いて見えた。私の班のみんなも、声を弾ませながら夢中になって材料を選んでいた。私はみんなと一緒になって、はしゃいだりは出来なかったけれど、高揚しながら時間をかけて吟味し、一つ一つ材料を選んだ。米粒程のサイズになった美しい海の欠片達は、よく見ると大きさも形もばらばらで、色もおかしなほどにカラフルだった。担任が言っていた。欠片すべてが世界に一つだけだと。その言葉に私はとんでもなく心を躍らせた。この美しい物が人間が排出してしまったゴミだったなんて信じられなかった。地球のどこからともなく近くの海へやってきて、魚のように捕まえられて加工されて、ここへやってきて。そしてこんなにも自分達の心を弾ませてくれている。世界中の水族館を巡っても、きっと出会うことが出来ない特別なきらめきだと思った。まるで誰にも発見されていない神秘の宝を発見したような気分だった。隣に座っていた内気なあの子も、そのゴミの輝きを愛おしそうに眺め、うっとりとしながら言っていた。『ゴミってこんなに変わっちゃうんだね』と。なのに。


 迷いに迷って、その万華鏡を完成させたのは、二人とも授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた後だった。二人で一緒に完成した万華鏡を覗き込んだ。『ゴミなのに、すっごくきれい!』私はそう発言した。そして、あの子は私と同じ笑顔で言い放った。


『だけど、ゴミはゴミのままだよね』と。



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