人外日常

れれれつ

第1話

龍の人外であるW(ダブル)は、自身の屋敷の書斎で静かに本を読んでいた。

 彼は人外の中でも落ち着いた性格であり、龍の象徴である角や尻尾も丁寧に隠し、静謐な生活を好んでいる。そんな彼の日常が、玄関の方から響いた暴力的なノックの音によって破られた。

「……誰だ、こんな時間に」

 嫌な予感がした。この、相手の都合を一切無視したノックの仕方に心当たりがありすぎる。

 Wが重い腰を上げて扉を開けると、そこには案の定、気だるげな表情をしたS(エス)が立っていた。

 それだけならまだいい。彼の背後には、泥と埃にまみれた二匹の人間――少女と少年が控えていた。

「やぁ、W。今日からここでこれを飼うことにした」

 Sは挨拶もそこそこに、とんでもないことを口にした。

「……は?」

「離婚してきた。清々したよ。で、こいつらは元妻がこき使ってた奴隷なんだけど、置いていくのが可哀想だから連れてきた。今日からここがこいつらの家だ」

 Sは事も無げに言い放ち、Wの返事も待たずに勝手に屋敷の中へと足を踏み入れた。

「待て、待て待てS! 説明が飛躍しすぎている。なぜ俺の屋敷なんだ。お前の屋敷があるだろう」

「あー……俺、自分の世話するのすら面倒なんだよね。ましてや人間の世話なんて無理。Wはマメでしょ? 適当に餌やって寝かせておいてよ」

「俺の屋敷をペットホテルか何かと勘違いしていないか!?」

 Wの抗議を柳に風と受け流し、Sは背後の二人に手招きをした。

「ほら、R、J。ここが新しい家ね。この龍、まぁ角も尾も消してるからわからないけど、彼がW。はい、挨拶して」

 そう言われた紫の髪の少女――Rは、気怠げにオッドアイを瞬かせると、Wをじっと見つめた。

「……Rです。お腹すいた。あと、眠い」

「ひっ、あ、あの……J、Jです……! よろしくお願いします、殺さないでください……っ!」

 一方は図太く、一方は泣き出しそうなほど怯えている。

 Wはこめかみを押さえた。人間という生き物がどれほど脆いか、Wは知っている。食事を与えなければ死ぬし、適切に温めなければ病気になる。そんな手のかかる生き物を二匹も、よりによって無責任の権化のようなSが連れてきたのだ。

「……S。お前、わかっているのか? 人間は俺たちと違う。放っておけば勝手に壊れるんだぞ」

「だからWに任せるんじゃん。俺は気が向いた時にRを可愛がるから。いいでしょ、眼球の色が左右で違うんだ!Jは……まあ、適当に隅っこに置いておいて」

「生き物をモノ扱いするな!」

 Wの怒声にも、Sは「あー、耳が痛い」と耳を塞ぐだけだった。

 ふと見ると、少女――Rは、Wの屋敷の高級な絨毯の上に座り込み、今にも寝落ちしそうな顔をしていた。その手の甲には、酷い踏み跡が残っている。

「……その傷、どうした」

「ああ、それ。元妻に踏まれたんだってさ。酷いよね、俺のコレクションに傷をつけるなんて」

「コレクションだと……?」

 Sの言葉に、Wは深い溜息をついた。

 この男に倫理観を期待したのが間違いだった。だが、このボロボロの子供たちを今さら外に放り出すことも、龍としての矜持が許さない。

「……わかった。食事と部屋の準備をさせる。だがなS、お前も少しは手伝えよ」

「えー。……あ、そうだR。その目、やっぱりいいよね。Wの屋敷の照明に映えるよ」

 SはWの小言を完全に無視して、Rの顎をクイと持ち上げた。

 Rは無感情にそれを受け入れている。その異様な光景に、Wはこれから始まるであろう苦労の絶えない日々を予感し、天を仰いだ。

「おい、Jと言ったか。お前はあっちの洗面所で顔を洗ってこい。R、お前はこっちだ。……ったく、どいつもこいつも」

 文句を言いながらも、WはすでにRの傷の手当てのために救急箱を取りに動いていた。

 その様子を見て、Sは満足げにソファに深く腰掛け、不定形に体を崩した。



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