幼馴染の後輩彼女とおうちクリスマスしたらめちゃ甘だった

久野真一

幼馴染の後輩彼女とおうちクリスマスしたらめちゃ甘だった

 12月17日。

 カレンダーを見て、俺、神崎陽太かんざきようたは固まった。


「あと一週間でクリスマスイブじゃん……」


 ベッドの上でスマホを握りしめたまま、天井を仰ぐ。

 二週間前のことを思い出す。


『クリスマス、期待してて』


 付き合いたての浮かれた俺は、調子に乗ってそんなことを言ってしまったのだ。

 隣で顔を真っ赤にしながら「うん、楽しみにしてる」と笑った藤宮陽菜ふじみやひなの顔が脳裏をよぎる。


 俺の一個下の後輩で、小学四年の頃からの幼馴染。

 一ヶ月前に付き合い始めた、俺の彼女で、地味だけど気の利くいい子だ。

 クリスマスプレゼントは用意してある。

 陽菜が寒がりなのは知ってるから、マフラーを選んだ。

 えんじ色のやつだ。きっと陽菜には似合うと思う。


(でも、デートプラン、何も考えてなかったんだよな)


 期待しててって言った手前、さすがにまずい。

 彼氏として、ここは頑張らないといけない場面だろう。

 イルミネーションか、レストランか、それとも何か特別なイベントか。

 ネットで色々調べてみたものの、どれもピンとこない。


(陽菜に正直に聞いてみるか)


 彼氏としては恥ずかしいけど、焦って暴走して迷惑をかける方が良くない。

 俺はスマホを取り出して、陽菜にメッセージを送った。


『こんばんは、陽菜。ちょっと電話していいか?』

『ひょっとしてイブのことですか?』

『まあ、そういうこと』


 この通り、非常に察しがいいのが陽菜のいいところだ。

 というわけで、包み隠さず話すことにした。


「正直に言うと、クリスマスのデートプラン迷ってるんだ」


 電話越しに、陽菜の小さな笑い声が聞こえる。

 どうせ、また先輩は抜けてるんだから、とでも思ってるんだろう。


「イルミとかレストランとか調べてはみたんだけど、なんか違う気がした」

「私もそう思いますよ。なんていうか……私たちには仰々しすぎません?」


 昔からそうだった。流行やムードにあんまり流されないところがあるっていうか。

 そんなだから、俺とも気があったのかもしれないけど。


「私はその、許されるなら……先輩のおうちでゆっくりがいい、です」


 一瞬息が止まるかと思った。


「ゆっくり、か?」


 24日は平日だ。

 親父たちは夫婦揃って聖夜を過ごすということでホテルに泊まってくる予定だ。


「お茶したり、アニメや映画みたり、そういう感じで先輩の家でまったりクリスマスデートはどうですか?」


 少し恥ずかしげにぼそっという陽菜。

 こういうところがなんていうか可愛いんだよなあ。


「おう。ちなみに、言っておくと、24日、両親出かけてるぞ?」

「そ、そうなんですか!?」

「ああ。夫婦水入らずで聖夜を過ごしたいとかで」

「……ということは、夜遅くまで一緒にいても」

「陽菜が良ければ泊まっていっても。家すぐ近くだけどさ」


 て、俺は一体何を言ってるんだ。

 

「悪い。まだ付き合って日が浅いのに泊まりの話は……」

「いえ。私もその……先輩が良ければ泊まりがいいです」

「そうなの、か……?」


 正直、意外だった。


「私もクリスマスイブに進展を!って考えてたんですよ?」

「浮かれてたのは俺だけじゃないよな。たしかに」

「でも、先輩がそうやって大事にしようとしてくれるのは嬉しいです」


 少し舌っ足らずで甘えた声。

 昔から彼女はそんな風にして甘えることがよくあった。


「ただ、家でのんびりにしても、ある程度計画は立てておきたいな」

「基本は家ですから急がず明日からのんびり考えましょう?」

「めちゃくちゃ理解のある彼女で助かるよ」

「ようやく気づきましたか」


 ドヤってみる陽菜だけど、似合わなすぎて噴いてしまう。


「……陽菜にはドヤるのは似合わないって」

「せっかく、私なりに頑張ってみたのに」

「悪い悪い。でも、理解があるってのは本音だぞ?」

「そういうところ、先輩はズルいですね。思わずキュンとしちゃいます」

「キュン、ねえ……」

「さっきの。もう一度言ってくれますか」

「なんでだ」

「その……録音しておいて、寝る前に再生……をと」


 うんん?

 声が聞きたいの上位互換バージョンみたいなものか?

 陽菜のイメージからすると意外だけど、まあいいか。


「わかった。好きなだけ活用してくれ」

「か、活用って……否定はしませんけど」


 否定しないんだ。


「じゃあ……陽菜はいつも理解がある彼女だろ」


 同じことを二度いうのは恥ずかしいな。


「はい。録音させていただきました。大事にしますね」

「ああ、うん。そうだな」


(ちょっと陽菜のことを甘くみていたかもしれない)

 交際し始めたときも落ち着いたものだったから。

 それが、ここまで俺のことを好きでいてくれたなんて。

 俺だって大好きだけど、それでも……。


(陽菜、可愛すぎだろ)


 うん。クリスマスプランは家でまったりでいい気がしてきた。

 外行っても人目を気にせずイチャイチャできないし。

 

(なんて思ってしまうのも重症だな)


 ともあれ、こうして。

 映画とゲーム、ケンタのチキンとケーキ。

 24日のおうちデートはそんな素朴なプランになったのだった。


◇◇◇◇


 12月24日。クリスマスイブ。

 学校は早めに終わり、家で彼女が来るのを今か今かと待っている。

 ピンポーン。


(陽菜だ)


 玄関のドアを開けると。


「陽太先輩、メリークリスマスです」


 待っていた幼馴染の陽菜、その人がいたのだった。

 いつもより気合の入った服装。白いニットにチェックのスカート。

 髪もいつもより丁寧にセットされていて、小さなピアスが光っている。


(かわいい)


 付き合って一ヶ月。何度見ても、そう思ってしまう。


「メリークリスマス!陽菜、寒くなかったか?」

「少しだけ。陽太先輩に会えたから、もう平気ですよ」


 はにかみながら可愛いことを言ってくれる。


「陽菜もさらっと言うよな」

「本当のことですから」


 くすっとと笑う陽菜。目が三日月みたいに細くなる。


「予定通り、テレビで映画鑑賞会&ゲームプレイ会でいいか?」

「鶏とケーキは大丈夫ですか?」

「ケンタで注文済み」

「さすが先輩ですね」


◇◇◇◇


 いよいよ映画鑑賞会が始まる。

 リビングのソファに並んで座って、アマプラの画面を映し出す。


「何観ます?」

「陽菜が選んでいいぞ」

「じゃあ……これ」


 陽菜が選んだのは、最近話題のラブコメ映画だった。

 高校生の男女が些細なすれ違いを経て結ばれるという、王道のやつ。


「平凡な感じがするんですが。★4ですし」

「まあ、★4だと気になるよな」


 再生ボタンを押して、映画が始まる。

 陽菜は俺の隣にちょこんと座って、画面に見入っている。


(近いな)


 肩が触れそうな距離。

 白いニット越しに、陽菜の体温が伝わってくるような気がする。


「……先輩」

「ん?」

「もう少し寄っても、いいですか?」


 陽菜がこちらをちらりと見上げる。

 頬がほんのり赤い。


「お、おう。いいけど」


 俺が答えると、陽菜はそっと俺の腕に自分の腕を絡めてきた。

 心臓がどくんと跳ねる。


「先輩があったかいです」

「そ、そうか」


 映画の内容が全然頭に入ってこない。

 隣にいる陽菜のことばかり意識してしまう。

 ふと、画面の中でヒロインが主人公に寄りかかるシーンになった。


「……あ」


 陽菜が小さく声を漏らす。

 そして、おずおずと俺の肩に頭を預けてきた。


「真似、してみました」


 なんていうか、頭がくらくらとしてくる。

 付き合う前の陽菜は、どちらかといえばクールな方だったから。


「……そうか」


 長いまつげ。少し赤くなった耳。

 甘い匂いがふわりと漂ってくる。


(これ映画に集中できるわけないだろ)


 でも、嫌じゃない。

 陽菜の体温も伝わってきて、ずっとこうしていたい。


「先輩の心臓、すごい音してますよ?」

「陽菜のせいだろ」

「私のせいですか?」

「他に誰がいるんだよ」


 陽菜がくすくすと笑う。

 その振動が肩を通じて伝わってきて、余計にドキドキする。

 そうこうしているうちに、映画はクライマックスを迎えていた。


「告白シーンだな」


 画面の中で、主人公がヒロインに想いを伝えている。


「好きだ。ずっと好きだった」


 そんな台詞が流れた瞬間、陽菜が俺の腕をぎゅっと握ってきた。


「……先輩」

「ん?」

「私も、ずっと好きでした」


 耳元でそう囁かれて、俺は完全に映画どころじゃなくなった。


◇◇◇◇


 映画が終わって、次はゲーム大会だ。


「じゃあ、対戦しましょう!」

「いいぞ。何やる?」

「マリカーで!負けた方が勝った方の言うこと一つ聞くっていうのはどうですか?」


 陽菜が目をきらきらさせながら提案してくる。

 こいつ、こう見えてゲームうまい。


「俺だって弱くはないぞ」

「望むところです!」


 コントローラーを握って、レースが始まる。


「あっ、甲羅!」

「もらった!」

「うわ、追い抜かれた……!」


 序盤は俺がリードしていたものの、陽菜が着実に順位を上げてくる。

 最終コーナーで並んで、そして。


「やった!私の勝ちです!」


 僅差で陽菜が一位を取った。


「くそ、惜しかった……」

「じゃあ、約束通り、先輩には言うことを聞いてもらいますからね」


 陽菜がにこりと笑う。

 嫌な予感しかしない。


「何すればいいんだ?」

「えっと……」


 陽菜は少し考えるそぶりを見せてから、もじもじと言った。


「頭、撫でてください」


 拍子抜けした。

 もっととんでもないことを言われるかと身構えていたのに。


「それでいいのか?」

「だめですか?」


 上目遣いで見つめてくる陽菜。

 そんな顔されたら、断れるわけがない。


「いいけど……こうか?」


 俺は陽菜の頭にそっと手を置いて、ゆっくりと撫でた。

 さらさらの髪が指の間をすり抜けていく。


「ん……」


 陽菜が気持ちよさそうに目を細める。

 その表情が可愛くて、つい手が止められなくなる。


「先輩、上手です」

「そ、そうか」

「もうちょっと、してもらっていいですか?」

「……好きなだけ」


 結局、俺は十分くらい陽菜の頭を撫で続けることになった。

 陽菜は終始、幸せそうな顔をしていた。


◇◇◇◇


 そして、夕食の時間。

 予約していたケンタのチキンと、

 買っておいたクリスマスケーキをテーブルに並べる。


「おいしそうですね!」

「クリスマスっぽいだろ」

「っぽいですね!」


 向かい合って座って、いただきます、と手を合わせる。


「ケンタのチキンは美味しいですね」

「クリスマスはこれじゃないと」


 陽菜がチキンにかぶりつく姿を見ながら、俺も自分の分を食べる。

 向かい合って食事をするのは、付き合ってから初めてかもしれない。


「先輩、口の周り」

「え?」


 陽菜がナプキンで俺の口元を拭いてくれる。


「ソースついてましたよ」

「あ、ありがとう」


 何気ない仕草なのに、やけにドキドキする。


「……こういうの新婚さんみたいですね」

「そ、そうか?」


 陽菜が恥ずかしそうに俯く。

 でも、その口元は少しにやけている。


「深い意味はないんですけど。先輩は将来、どんな家庭を持ちたいですか?」

「急だな」

「気になったんです」

「そうだな……」


 俺は少し考えてから答えた。


「こうやって、一緒にご飯食べられる家庭かな」

「……私もです」


 陽菜がにこっと笑う。

 その笑顔を見て、俺は思った。


(こいつとなら、そういう未来もあり得るのかもしれない)


 付き合って一ヶ月。

 気が早いのはわかってるけど、そう思わずにはいられなかった。


「じゃあ、ケーキも食べましょうか」

「おう」


 ケーキを切り分けて、お互いの皿に乗せる。


「先輩」

「ん?」

「あーん、してもいいですか?」


 陽菜がフォークにケーキを刺して、こちらに差し出してくる。

 顔が真っ赤だ。


「……いいけど」


 俺が口を開けると、陽菜がそっとケーキを運んでくれた。

 甘いクリームとスポンジが口の中に広がる。


「お、おいしい?」

「ああ。うまい」

「よかったです」


 陽菜がほっとしたように笑う。


「じゃあ、俺からも」


 俺もフォークでケーキを取って、陽菜の口元に運ぶ。


「あ、あーん……」


 陽菜が目を閉じて口を開ける。

 その仕草が可愛くて、心臓がばくばく鳴る。


「……おいしいです」

「そうか。よかった」


◇◇◇◇


 食事を終えて、プレゼント交換の時間だ。


「はい、これ。陽菜へのプレゼント」


 俺が差し出したのは、えんじ色のマフラー。

 陽菜が寒がりなのを知っていたから、選んだ。


「すごく可愛いです。ありがとうございます、陽太先輩」


 陽菜がさっそくマフラーを首に巻く。

 思った通り、よく似合っている。


「結構悩んだんだけどな。似合うと思って選んだんだ」

「嬉しいです」


 陽菜がマフラーに顔を埋めて、幸せそうに目を細める。


「先輩の匂いがする気がします」

「まだつけてないだろ」

「気持ちの問題です」


 なんだそれ。

 でも、嬉しそうな顔を見ると、そんな疑問もどうでもよくなる。


「私からも、はい」


 陽菜が差し出してきたのは、小さな包み。

 開けてみると、パジャマらしきものが入っていた。


「サイズが合うか心配だったんですが……」

「いやこれ。最近話題のリカバリーウェアだろ。高かっただろ?」

「でも、先輩、よく寝不足だったので心配だったんですよ」

「本当に助かる。今夜から使わせてもらうよ」


 本当に昔から、俺のことをよく見てくれている。

 そんな気遣いに胸がいっぱいになる。


「着てみていいか?」

「ええ。後ろ向いてます」


 というわけで、さっとプレゼントのリカバリーウェアに着替えてみる。


「おお。これ、凄く着心地がいいな。癖になりそう」

「ほんとですか?良かったです」


 陽菜がほっとしたように笑う。

 俺たちは並んで窓際に座って、外を眺めた。


「あ、雪……」


 陽菜が小さく声を上げる。

 窓の外では、白いものがちらちらと舞い始めていた。


「ホワイトクリスマスですね」

「そうだな」


 雪を見つめる陽菜の横顔が、やけに綺麗に見えた。

 長いまつげ、少し赤い頬、小さな唇。

 気づいたら、俺は口を開いていた。


「陽菜」

「ん?」

「なあ。キス、してもいいか?」


 陽菜の目が大きくなる。

 耳まで真っ赤になって。


「……はい」


 小さな声で、そう答えた。

 俺はゆっくりと顔を近づけて、陽菜の唇に自分の唇を重ねた。

 ちゅ、と小さな音。

 ほんの一瞬のキス。

 でも、心臓がばくばく鳴っている。


「……付き合って一ヶ月で、ようやくですね」


 陽菜が、恥ずかしそうに俯きながら言った。


「もっと早くしたかったです」


 その言葉に、思わず笑ってしまった。


「俺も、もうちょっとだけ早くしたかった」

「えへへ。先輩も私のこと大好きなんですから」

「陽菜も俺のこと大好きだろ」

「否定しません」


 窓の外では、雪がしんしんと降り続けている。

 俺は陽菜の手を取って、指を絡めた。


「もう一回、してもいいですか?」

「……こっちから言おうと思ってた」


 今度は陽菜からだった。

 背伸びをして、俺の唇に自分の唇を重ねてくる。

 さっきより少しだけ長いキス。


「キス、しちゃいましたね」

「ああ」


 付き合って一ヶ月。

 まだまだ手探りの俺たちだけど、不安はない。


「これからもずっと一緒にいてくださいね」

「こっちこそお願いしたいくらいだ」

「もちろんです」


 窓の外の雪はを見ながら、そう静かに語り合った俺達だった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

今回はシンプルにクリスマスイブにいちゃつく二人のお話です。


イブは過ぎてしまいましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

ではでは。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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