尾八原ジュージ

 つうさんが卵産んじゃって、ほんでおまんが持ってろしってみんな言うもんですから、あたしこうやって、合羽で隠して持ってきたんです。つうさんちゅうのは本家のおじょうさんで、勉強でも運動でも何でもよく出来て、えらい美人なんですけど、こんな、卵なん産んだっちゅうこんがばれたら、ねぇ。

 ほんであたし、人前でこんなもの出せんし、とにかく山のほうへ行かざぁと思って、そこの道をずーっと登ってきたんです。ほしたらこんな雨降ってきて、寒くってしょうんねぇ。ここにおうちがあって本当に助かりました。入れてくださってありがとうございます。

 旦那さんはここいらの人ですか。ほんな都会から来たですか。はぁ、なえでこんなとこへ住んでるずら……富士山が見えるから? へぇ……あたしですか、あたしこの村出たこんないんです。頭悪いし、上の学校なんかいらんって、お父ちゃんもお母ちゃんも言うので。

 そう、卵ちゅうのこれです。こんな大きな卵見たことありますか。あたしはなかったけんど。ダチョウの卵のようですか。へぇ。でもこれつうさんの卵なんです。ほんとの鶴の卵よりもずっと大きいずらか。あたし知りませんけども。

 つうさんって名前がよくなかったんでしょうか。みんなつうさん、つうさんって呼ぶんですけど、ほんとうは鶴子ちゅうんです。鶴が名前に入ってるから、鶴の旦那さんをもらって、卵なん産んだじゃねえかって、本家のおじさんが。

 いえあの、鶴の旦那さんって、ほんとうに籍入れたとかそんなんでないんですけど、でも鶴ですよ。ほんとうの鶴なの。この辺りに野生の鶴なんいるわけないんですけど、でも鶴なんです。こんなでっかい、立派な、きれいなの。本家の庭へばーっと降りてきて、どっかの動物園から逃げてきとうずらかって、みんな面白がってたんです。そしたらつうさんとできちゃって。まさかできると思わんじゃないですか。

 ほんでこれ、ねぇ。卵なんか。ええだから本物ですって。あたしこうやって濡らさないように来ましたからね、まだ中にヒナが、いいえ、ヒナか赤ちゃんかわかりませんけど、とにかくまだいるんです。ああ、へぇ動いてらぁ、ねぇ、中からコンコン音がしたでしょう。嘴でつついてるんじゃないんですか、ねぇ。こうやって板の間へ置くと動くでしょう。

 ええ、中はどうなっているだか、あたしは知りません。割ってみるかだなんて、そんな、でも割って喰っちまわざぁってひともいました。ぞっとする。鶴の子じゃなかったらどうするんでしょう。

 鶴ですか、さぁ、どこへ行っただか知りません。つうさんのお腹がぽっこり大きくなったら庭へんようになったんです。鶴も思ったんじゃないんですか、人間なん孕ませたら外聞が悪いって。だから逃げていったじゃあないですか……

 ……。

 あの、今表で、じゃっ、じゃって音がしませんでしたか。

 表へ誰か来とぅずらか。もう日がこんな落ちて暗いのに……あれ、あれつうさんだ、つうさんです旦那さん。だめだめ、開けたらだめです。つうさん、蔵へ閉じ込めておいたら首くくって、梁から足がぶらんって垂れてましたもの。きっとおばけです。だってあんな、暗いなかで歩いてくるひとが見えますか。見えんのがふつうじゃないですか。そんなのおばけでしょう。ああ、卵、卵とりに来たずらか。あたしが持ってるの知ってて。

 ごめんなさい、あたし卵返して来んと。こんなもんとても持っちゃあいられん。やっぱり外へ出ますから、旦那さん、玄関開けていただけますか。つうさん、つうさーん、ごめんなさい、分家の伸江です。卵ちゃんとあったかくして持ってましたから、割れてません、動いてます、はい、ごめんなさい、でも動くでしょう、あたし大事に持って、痛い、ごめんなさい、やめて、でも、痛い、痛い、やめて、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い

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