未知なる彼に願いを託す
魚野れん
未知なる未来のもう一人の俺へ。
レープハフトは作業に没頭していた。彼の目の前にあるこれは立体映像を生み出す装置である。
「プラハトに用意してやったあれよりも高性能……会話のプログラムが難しいな」
レープハフトは猫目のようにつり上がった目を細めてため息を吐く。壮年を通り越して老人にさしかかったレープハフトはシワが増えた顔を撫でさすり、乱雑に髪をぐしゃぐしゃにした。
幸運なことに、レープハフトの髪はまだふさふさだった。同年代が禿げていく姿を見ては戦々恐々としていたが、今では頭皮を雑に扱うのも気にならなくなっている。
ディスプレイに反射した老けた自分の姿を見て、それから愛する乙女の姿を思い浮かべる。出会った時から姿の変わらぬ彼女は、相変わらずレープハフトのことを好いてくれている。
「プラハト……結局、変わらなかったな」
プラハトから、とある打診はされた。もちろん断ったが……それが、これを作るきっかけになった。
レープハフトは人間として死に、墓に入りたかった。故郷である惑星の大地に眠らせてほしいと考えているレープハフトにとって、プラハトの提案は決して安易に頷けるものではなかったのだ。
レープハフトはプラハトを愛している。プラハトもまた、レープハフトのことを愛に近い感情を抱いている。
一般的な両思いであれば、このまま関係を深めていくだけだ。だが、自分たちの場合はそうはいかない。
「あいつの『愛している』『好きだ』という感情は、まだ独りよがりで不完全なんだもんな……。それに、あれはただの執着っていう可能性も高い。
人間が生み出した存在だからなのか、元々そういう感情がプログラムされていないからバグってるのか」
プラハトは遥か過去の人間に造られた存在だ。彼女は愛らしい見た目に愛嬌のある性格をしていて、感受性も高い。だがそれは人間がそうプログラムしたからにすぎない。
より人間に近い存在となるように生み出され、そうなるべく自己学習を重ねていく。それがアンヘンガーであるプラハトの根底にある。
レープハフトへの執着だってその一部だ。擬似家族という形態を取って生活するようになったから、夫婦という関係に一番興味が惹かれているだけという可能性も少なくはない。
「プラハトだけ、取り残される……その時が来るのは、もうすぐだ」
レープハフトはその時のことを想像するだけで、胸が締めつけられるようだ。自分が死に、義理の息子だけが残る。そして、その息子だってプラハトからすればそう遠くはない未来に死ぬ。
そうなれば、プラハトはひとりぼっちになってしまう。
死ぬ直前に最後の命令をすれば、しばらくは保つだろう。目的のないアンヘンガーはドックで長い眠りにつかなければ病んでしまう。
既にプラハトはレープハフトの死が近づいていることを感じ取って病み始めている。この状態で放り出したら、きっと彼女は自分のドックに戻ることはないだろう。
そもそも、あのドックがまだ機能するのか分からないが。
レープハフトは、これから起こりうる未来について思いを馳せる。レープハフトの死後、おそらくプラハトは次のレープハフトを探そうとするだろう。
プラハトには、その存在を理解して大切にしてくれる人間が必要だ。今のプラハトの場合はレープハフトという存在が大きすぎる。
レープハフトの代わりになりうる存在を求めるに違いない。それがレープハフトのクローンなのか、レープハフトのDNAを使って生み出した一族になるのかは分からない。
「俺の死は一か八かの賭けみたいなもんだからなぁ……とにかく、あいつがひとりぼっちで死ぬようなことにならないようにしなきゃな」
レープハフトは作った涙しか見せない永遠の乙女の顔を思い浮かべて苦笑するのだった。
未来の俺へ。それが自分のクローンなのか、自然発生した別人なのかは分からない。
だが、間違いなくお前はプラハトにとっての唯一の希望になるはずだ。救いになるはずだ。
プラハトが俺の死によって本当の愛に目覚めたのなら、クローンではないだろう。俺は、残した立体映像が対面する相手が俺のクローンではないことを、心の底から願っている。
未知なるお前は俺の分身であって、俺そのものではない。プラハトに惹かれても良いし、惹かれなくても良い。ただ、彼女の心を救ってほしい。
プラハトはいい女だ。真っ直ぐで、愛らしいところも多い。だから、頼む。大切にしてやってくれ。
俺はそう遠くない未来――って言っても、数年後かもしれないし、数十年後かもしれないが――に、寿命で死ぬ予定だ。俺の死後、どれだけの月日が経ってから二人が出会うことになるのかは分からない。
正直、この状態のプラハトを遺して死ぬのは怖い。命懸けで仕事をこなしていた時よりも、死が怖い。
だけど、だからこそ、未来のお前に賭けたい。俺にはできなかったことを、俺の代わりに成し遂げてほしい。
結果的に俺への愛が永遠になるだけかもしれないし、俺への愛が尽きて次の愛に向かうかもしれない。どうなるのかなんて、分からない。
まだ見ぬ次代の俺へ。俺になろうとしなくて良い。お前は俺とは別人だ。たとえクローンだったとしても、別人だ。
俺が願うのは一つだけだ。プラハトには幸せになってほしい。それを可能にするのは、お前だけだ。
俺にできなかったそれを、託したい。頼む。俺のプラハトを幸せにしてほしい。
未知なる彼に願いを託す 魚野れん @elfhame_Wallen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。未知なる彼に願いを託すの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます