バレシアナ家の娘は婚約の破棄を告げられる(2)

 バレシアナ家は普段は決して表立って主張はしない。王家に嫁ぐことはあれども王家の血を入れない特殊なあり方を高位貴族は知っている。

 バレシアナ家が出てくる時は貴族間の均衡が崩れている時。この度は未来の王妃選定において国王が自分の欲を優先した。派閥も何も考えずに好みだからと選んだ令嬢。どれだけ言葉を尽くしても、先王が説いても聞き入れなかった為に、次代で調整する事が貴族で行われる当主会議で決まった。

 バレシアナ家の現当主は当時はまだ成人する前だったにも関わらず、必ず女児を儲けるようにと決められ、妻となる女性も決定事項として定められた。

 国王が候補から選んでいれば彼とて結婚相手を選べたし、妻として選ばれた女性も他に嫁ぎ先を選べただろうに。

 今でこそ夫婦仲は良好だが、バレシアナ侯爵夫人と言う立場は言動に殊更注意が必要で、中立の立場から交流する夫人達とも繊細な気遣いが必要となる。


「国王陛下、我が娘が学園にて王子殿下に婚約の破棄を告げられ、してもいない罪を被せられ、更に国外追放という罰を与えられそうになりました。衆人環視の中での出来事で証言者は多くいますが、どのようにお考えでしょうか」


 謁見の間にてバレシアナ侯爵家当主ドミトリスは淡々とした表情で問い掛ける。異例の謁見の申し出からわずか一時間後にはこの場で対面している。内容が内容の為、語る言葉全てを記録する書記官が控え、宰相も同席している。

 国王は玉座について名を捨ててからは君主として決して悪くはない働きをしているが、王妃への扱いは昔と変わっていない。側室を後宮に召し上げ、王妃の仕事を側室に割り振るくらいなら、役に立たない王妃を病に伏せさせる位はしておけば良かったのに。

 ドミトリスは妻であるフェリシアと結婚した事を幸運に思っているが、国王によって自由を奪われた事に対しては未だに燻る気持ちがある。子供を二人は必ずフェリシアに産んでもらわなければならなかった。跡取りとなる子と王家に嫁に出す娘。

 簡単に重鎮達は言ったが、女が子を産むのは命懸けだ。一人を無事に産んでくれただけでも感謝すべきなのに二人は確実に産めと。幸いにしてフェリシアは健康的で産婆も驚く程に安産で二人を産んだ。

 三人目を望んだのはフェリシアで、やはりコーリンを産む時も安産だったが、奇跡だとドミトリスはよく分かっていた。

 コーリンがバレシアナに稀に生まれる天才だと分かった時には悩んだ。バレシアナの悪魔とも言われる異端の天才の教育は難しい。普通の子供として育ててはいけないとされている。

 それでも我が子は可愛い。

 ガレウスもユリアナもコーリンも、ドミトリスにとっては愛しい妻との間に出来た子供だ。

 王家の好きにさせる為に、犠牲にするつもりは無い。

 バレシアナの娘が王家に嫁ぐのは決定事項で変えられない。


「第一王子ナリウスは王位継承権を剥奪する。王命に逆らい、国王が有する権限を侵害した。幽閉する。それに伴い、第二王子には直ぐに王太子教育を施す事とする」

「王妃殿下はどうされますか」

「王妃は廃妃とする。調査段階だが、ナリウスを唆した可能性が高い。あれを選んだ私の罪だ。私が王族としての役割を理解せずにあれを選んだ事であれは増長した。外に放逐しても利用されるだけなので、北の離宮に幽閉する」


 精々病気療養として幽閉するのかと思えば廃妃とする決断を下した事にドミトリスは驚きを隠せない。宰相は顔色一つ変えなかったので彼と話して決めたのだろう。


「我が娘には何かしらの処分が与えられるのでしょうか」

「ない。ユリアナ嬢が静観したのはそなたの指示であろう。分かっておる。貴族は皆ナリウスの失態を待っていた事など」

「左様にございますか」

「ナリウスの振る舞いを止めるのは婚約者の仕事ではない。その為にナリウスの傍には側近候補を付け、護衛騎士や侍従もいた。まずはそ奴らが止めなければならないのにそれも無かった。つまりはそういう事だろう」


 下位貴族の子供達は何も考えずに応援していたし祝福していた。若しかしたら自分にだって可能性が、なんてありえない夢を見ていた。

 伯爵家の令嬢の中にはユリアナに取って代わることを画策していた者もいた。


 側近候補の令息達はこれからの治世を支える有力で力のある家の子供を選んだけれど、その家の当主がナリウスを見極めさせたのだろう。あの王妃の子であってもまともなら支えるように。愚かなら引きずり落とすように、何も進言するなと命じたはずだ。


「第二王子は十歳。ユリアナ嬢とは歳が離れているが」

「年齢と性格を考えてコーリンを婚約者に変更を願い出ます」

「そうなるとユリアナ嬢はどうなる」

「これはまだ確定事項ではございませんが、息子のガレウスがサリュミラ王国の王女殿下より婿入りを願われております。ユリアナは私の後継者として当主教育を行う事になるでしょう」

「なるほど。サリュミラ王国の王女は一人だけだ。公爵になると聞いている」

「その通りでございます。これまででしたらガレウスは国外に出せませんでした。ユリアナが後継者となればガレウスを出せましょう」

「サリュミラ王国との関係を考えればそれが一番望ましいな」


 その後は場所を変え、婚約は解消。第二王子とコーリンの婚約が締結された。

 王妃と第一王子のその後に関しては国王が取り仕切るので、ドミトリスは早々に屋敷へと戻った。

 まだまだする事はあるのだ。第一王子の不貞相手の家への責任追及と慰謝料の請求。サリュミラ王国王女への婚約に関する連絡。後継者交代に伴う諸々の手続き。

 コーリンの教育に関しては問題ないだろう。教師がいらないほどの頭の良さだ。必要なのは淑女教育の方だろうが、ユリアナと言う最高の教育を受けた姉がいるのだから、恐らくコーリンにはそちらの方が良いだろう。

 領地に戻った妻に会いたいと切実に思う。痛むこめかみをぐりぐりと指の関節で解しながらドミトリスは執務室に向かった。



***


 第一王子ナリウスが学園で醜態を晒し、取り返しの付かない大失態となった為に王位継承権を剥奪され、幽閉された。その母である王妃もその一件に関与していた他、王妃としての働きを長年に渡り放棄していた事などから廃妃となり北の離宮に幽閉される事が決まった。

 第一王子ナリウスの婚約者であったバレシアナ侯爵家のユリアナとは婚約が解消された。なお、この解消に伴い一つの子爵家が取り潰しとなったが直ぐに皆の興味は薄れた。

 そして第二王子と歳の近い次女のコーリンとの間に新たに婚約が結ばれた。

 王家とバレシアナ侯爵家との婚姻に変更はなく、恙無く二人は顔合わせを行った。

 第一王子との婚約が解消となったユリアナだが、後継者であったガレウスがサリュミラ王国王女が臣籍降下するにあたり立ち上げる公爵家に婿入りする事になり、ユリアナが後継者へと交代することになった。

 元々、未来の王妃として厳しい教育を受けてきたユリアナには素地があった為、後継者教育は順調に進んでいる。


 当面の問題は、女侯爵となるユリアナの夫の選定である。


「バレシアナと言う家を理解し、私の邪魔をしなければそれで良いのですが」


 積み上がる釣書を前にユリアナは父のドミトリスと母のフェリシアを見る。

 両親は決定事項として半ば強制的に結婚したが、そうとは思えないほどに仲が良い。政略だとしても愛を育めると証明した二人だろう。

 ユリアナとしても結婚するならば思い合える人が良い。こちらから愛を渡してもどこぞの元王子のように蔑ろにはされたくない。


「急ぎはしないのだから、時間をかけて選びなさい」

「そうよ。旦那様のように素晴らしい方はそうはいないでしょうけれど、あなたにはあなたにあったお相手が見つかるはずよ」


 子供の前でだけ両親の甘さは解放される。公の場では弁えた二人だが、家族はそうでは無いと言って恥ずかしげもなくくっ付いている。

 元王子との婚約は決められたもので選びようが無かった。しかし今は選んでいいのだと言う。

 国内貴族のバランスを崩さないような家が前提でまず選別し、その中から良さそうな人と見合いなるものをするか、と両親から目を逸らしつつ考えたユリアナはまた後で見ます、と告げて部屋を出た。


 物事は何事も釣り合いが大事。

 ユリアナは近い将来、家門としてのバランスが良く、そして熱烈に愛を告白してくる男性に絆され、彼の思いに釣り合うように愛を注ぐ事になるとはこの時予想もしていなかった。

 

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