おひきとり

見鳥望/greed green

「これって意味なくない?」


 Mとは同じ大学の学部繋がりだが特に仲が良いわけではない。たまたま家の近くを通ったという理由だけで半年ぶりに訪れたが、相変わらず安アパートの部屋の中は散らかっていた。


 しかし部屋の汚れ具合よりも気になるものがあった。

 お札。実物をちゃんと目にしたことはないが間違いなくお札だった。見たところ玄関、左右の壁、ベランダに一枚ずつ貼られている。見た感じ東西南北の四方位に対してのように見える。以前来た時はこんなものはなかった。

 これは何だと尋ねると「お札や。見たらわかるやろ」と答えになっていない答えを返された。


 お札がどういう理由で貼られているかは別にどうでもいいのだが気になることがあった。

 お札の貼り方だ。この貼り方では部屋の中に霊を閉じ込めてしまうのではないか。昔そんな怪談を聞いた覚えがあった。

 

 お札を貼る理由なんて普通は一つしかない。霊が来ないようにする護符的な役割。例えばMが何らかの霊障に悩んでるとしたら部屋の中から霊を退けたいはずだ。しかしこの貼り方では逆効果だ。


「ええねん。これで合ってるから」


 しかしMは言いながら部屋の内側に貼られたお札をバンバンと自慢げに叩いた。

 

 ますます意味が分からない。むしろ霊を部屋から出さないようにしているように聞こえる。

 途端に後悔が押し寄せた。目には見えないがこの部屋には霊がいるかもしれない。そして意図的に霊を閉じ込めているかもしれないMが目の前にいる。こんなに不気味で居心地の悪い空間はない。来たばかりで早速帰りたい自分がいるが、さすがに失礼過ぎるのでぐっと一旦堪える。


「なんでこんなことしてんの?」

「だってこうしといたら出られへんやろ?」


 何がだってなのか。当たり前のことを聞くなといった態度にイラッとする。何やら自慢げな笑顔も意味が分からない。


「出られへんくしてどうすんのよ」

「なんでそんなことお前に教えなあかんのや」


 どうしてそんな言い方をされなくてはいけないのか。こんなにムカつく奴だっただろうか。そう言えば同じ学部と言いながら最近学校でMを見かけていなかった。そもそも家だけじゃなくMと会うこと自体半年ぶりだったことに気が付いた。


「お札ってさ、御礼って書くやん。つまりありがとう、感謝って意味でもあるんよ」


 教えないと言いながらもMの言葉はある種の答えのようだった。

 Mの中で内側にお札を貼るという行為は運を呼び込み貯めるという意味合いなのだろうか。だとすれば出られなくするという言葉の意味合いは分からなくもない。にしたってもっとやり方があるだろうとは思うが。


「やから、ありがとうな」


 にかっと笑ったMの歯はしばらく磨かれてないのかの黄ばみがしっかりとこびりついていた。


「ほなさっさと出てって」


 笑顔を崩さずMはしっしと追い払うような仕草を見せる。

 なんて失礼で無礼な奴だ。どうしてこんな所に来てしまったのか。


「そうさせてもらうわ」


 立ち上がり足早に玄関へ向かう。ドアノブをぐっと握り捻る。


「はは、ほんまおもろい」


 捻れない。ドアノブが回らない。手首は回っているのに、滑るようにドアノブは微動だにしない。


「あんたさ、なんで俺の部屋来たん?」


 なんで?

 近くに寄ったからだ。

 

 なんで?

 同じ大学の知り合いだから。


 なんで?

 

 ーーなんでだ。


 仲良くもないのに。わざわざ寄る意味もないのに。

 

「ってかさ、あんた誰やっけ? あんまよう覚えてへんわ」


 後ろからMのけたけた笑う声が聞こえる。相変わらずドアノブは回らない。押しても引いてもびくともしない。


「皆そうやねん。意味も分からんと吸い込まれるように入ってきよる。おもろいぐらい抜群の吸引力」


 Mはげたげたと品性のない大きな笑い声をあげる。


「出られへんよ。もう入ってしもうたんやから」


“だってこうしといたら出られへんやろ?”

 

 ひどい勘違いをしていたのかもしれない。

 Mがここに閉じ込めようとしたものは、本当は何だったのか。


「ちゃんと引き取らせてもらうから安心し」


 生暖かい息が首筋にあたる。


“お札ってさ、御礼って書くやん。つまりありがとう、感謝って意味でもあるんよ”


 Mは一体、何に対して感謝してるのだろうか。

 何も分からないが、自分が取り返しのつかない間違いを犯したことだけは確かだった。

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