『昭和逆行投資録――50歳、知識チートで小学生からやり直す』

よし

第1話 「50歳、ランドセルに戻る」

死んだと思った。


心臓の奥を誰かに強く掴まれたような痛み。

次の瞬間、視界は真っ白になり――


 キーン……


 耳鳴りとともに目を開ける。


 天井が低い。

 やけに黄ばんだ蛍光灯。

 畳の匂い。


「……は?」


起き上がろうとして、違和感に気づく。

手が小さい。異様に小さい。

 

慌てて自分の手を見る。

しわだらけだったはずの皮膚は消え、丸くて柔らかい指がそこにあった。


「……夢か?」


声を出して、さらに固まる。

高い。子供の声だ。


襖の隙間から差し込む朝の光。

壁に掛かったカレンダーに書かれた文字が目に入った。


昭和五十六年 三月


 「……昭和?」


背筋が凍る。


立ち上がり、部屋の隅に置かれた姿見を見る。

そこに映っていたのは――


小学生の頃の自分だった。


気づき


頭の中は混乱しているのに、記憶は異様なほど鮮明だった。


 バブル景気。

 日経平均三万八千円。

 その後の大暴落。


 オグリキャップ。

 トウカイテイオー。

 ディープインパクト。


ITバブル、リーマンショック、仮想通貨。


(……全部、知ってる)


 つまりこれは――


「逆行……転生……?」


漫画やラノベでしか見たことのない状況を、

自分が引き当てたらしい。


しかし現実


その瞬間、襖が勢いよく開いた。


「こら! いつまで寝てるの! 学校遅れるよ!」


若い母の声。

50歳の俺が最後に見た、病室の母とは別人のように元気だ。


「ほら、ランドセル!」


床に投げられた赤いランドセル。


それを見て、俺は悟った。


(……金はない)

(……信用もない)

(……今の俺は、ただの小学生)


 どれだけ未来を知っていても、

 元手ゼロの小学生だ。


決意


だが、口元が自然と歪む。


(それでも――)


昭和は、金を掴むチャンスの塊だ。


競馬はまだ甘い。

株は情報が遅い。

バブルは、これから来る。


「……やり直すか」


ランドセルを背負いながら、俺は静かに誓った。


今度は、金で人生を支配する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る