悪役令嬢の母に転生していたので、全力で物理と魔法で守ります ~居合道達人(享年49)、核で死んで異世界最強母になりました~

火猫

白い記憶



八月六日。

午前八時十五分。

ある日突然、それは起こった。


空が、壊れた。


音はなかった。


次の瞬間には、光だけが存在していた。


灼ける。

溶ける。

消える。


――ああ、これが終わりか。


居合道師範として四十九年。

戦時下でも女だてらに道場を守った。

斬るべき時に斬り、守るべきものを守ってきた人生だった。


鬼と呼ばれ、人の形をした畜生を斬り伏せる。


戦時下では己の力がすべて、守る、護る、切る、斬る、そして、屠る。


私の視界に入る、価値の無い存在は必要無かった。


悔いがあるとすれば。

もう一度、誰かを守るために剣を抜けなかったこと。


そして。


子をなす事が出来なかった事…だ。


その想いを最後に、意識は闇へ沈んだ…はずだった。


「……奥様、目をお覚ましください」

柔らかな声で、意識が引き上げられる。


白い天蓋。

絹の香り。

自分の身体が、妙に軽い。

まるで20代の頃のような。


「……ここは?」


「ヴァルケン公爵家でございます」


何だって?


「すでにお嬢様は起床されております」

「何だって?」


あ、声が出てしまった。


「奥様は……リリアーナ様のご母堂にあらせられますので、起床されますれば…ご挨拶に伺うのは当然かと」


その言葉に、理解が追いつくより先に、胸の奥で何かがひっかかった。


「娘……?」


そう呟いた瞬間、部屋の扉が静かに開いた。


小さな足音。

そして――


「……!」


そこにいたのは!

信じられないほど可愛い少女だった!


淡い金髪。

大きな瞳。

不安そうに、しかし必死にこちらを見つめる姿。


胸が、ぎゅっと締め付けられる。


「……おかあさま」

「?!」


その瞬間、理由もなく、涙が溢れた。


(ああ……守らなきゃ)


有無を言わさず抱きしめた。


理屈など、どうでもよかった。


「あ、あの」

先ほどの女性は娘を送り届けるために来たようで、別の女性が現れた。


「何かな?」 

「貴女は、エミリア・フォン・ヴァルケン…でよろしいでしょうか?」


それ、誰?…とは言えず、頷く事で肯定する。


「…いえ、違いますね」

確信した、と言う顔は自信に満ちていた。


「貴女は私と同じ…転生されたのでは?」

「…そうなの」


否定する術がない私は素直にそう答えた。



専属侍女マリアは、震える声で説明した。


ここが剣と魔法の異世界であること。

自分が公爵夫人であること。

そして――


「この世界は……物語なんです」


マリアは前世日本人で、この世界を知っているという…ゲームと言う媒体で。


ゲームなんてものは知らないが。


「貴女の娘、リリアーナ様は……将来、悪役令嬢として断罪されます」


「……悪役?」


私は眉をひそめただろう…マリアは威圧感で引いていた。


腕の中で、リリアーナが小さく身を縮める。

どうやら私を心配して寝不足だったらしい。

今は腕の中で寝息を立てていた。


「そんな状態で寝ます?いや、そうですか」


マリアは咳払いをして、続ける。


学園。

王太子との婚約。

ヒロイン役の男爵令嬢。

そして卒業での公開断罪。


「……私は、乳母として一緒に処刑されます」


しかもマリアも巻き込まれてしまうらしい。


エミリアは、娘の頭をそっと撫でた。


「くだらない」


「……え?」


「物語だか何だか知らないけど、この子を悪役にする理由にはならない」


その言葉に、マリアは愕然とした。


――この人、原作を知らない。

なのに、迷いがない。


「なら、私が“わからせてやる”」



数日後。

公爵――夫は、話し合いの結果。

娘を政略の駒としてしか見ていなかった。


「この子は王家との婚約のために必要だ」


その言葉を聞いた瞬間。


主人公は、無言で公爵を投げ飛ばした。


床に叩きつけられ、息もできずに悶絶する公爵。


「私にすら勝てない貴様は弱い。弱い者は強い者には絶対服従なんだよ。理解した?」


「ひ、ひい……っ」


「この子は“必要”だからいるんじゃない。生きてるから、ここにいるの」


「は、はい!」


それ以降、公爵は私に逆らわなくなった。


物理は、時に言葉より早い。



そんなこんなで、あっという間に月日は過ぎた。 


娘は十五歳。

私に似て、元気いっぱいに育った。

今となっては公爵もニッコリだ。

そして私は。

「良いか?ヘイトは溜めて溜めて…溢れ出す瞬間に爆破させるんだ。なーに、手に余るようなら私に言え。何とかしてやる」

「はい!お母様!」


侍女のマリアは遠くを見つめていた。


予定通り。

王太子は貴族学院に入学し、自由と権力を振りかざした。


遊び。

放蕩。

男爵令嬢との恋。


正にシナリオ通りの流れを見せたのだ。


そして…やがて、言い出した。


「彼女こそ、真実の愛だ」


それは卒業式。


王城。


公開の場で、私の娘を断罪すると宣言した。


「リリアーナ・フォン・ヴァルケン!

貴様は悪逆非道の悪役令嬢である!」


取り巻きたちの嘲笑。


名指しで冤罪を謳われた我が娘。


その瞬間。


私の中で。

何かが――切れた。


(また、奪うのか)


視界が、白く滲む。


それは光。

音が消える。


八月六日。

午前八時十五分。


記憶が、魔力と共に溢れ出す。


核爆発の衝撃。

存在を否定する暴力。


「……二度目は、許さない」


世界が、悲鳴を上げた。


王城を包む、白い光。

核爆発レベルの破壊が。

卒業式場を飲み込む。


――だが、エミリアは抑えた。


誰も、死なせない。


誰も、壊したりしない(体は)。


そして、誰も動けない。


王太子は剣を落とし、取り巻き達は蹲る。

貴族たちは膝をついたまま祈る様に跪く。


マリアは完全にパニックに陥り、八百万の神に祈った。


公爵は死を悟った。


王は震える声で言った。

「……これは、断罪なのか」


エミリアは、静かに告げる。


「娘じゃなく、貴様の息子にな」


逆断罪。


「これは警告だ。我が娘を虐げた愚か者共をすべて罰せよ。すべて、漏らさずだ」


「き、貴様っ。王族に対して無礼であろう!」

「王族、ね。強権を発動するなら…分かるよな」


ブォン、王族だけに白い光が集まる。


チリッッ

まずは立派なヒゲが消えた。


ジリッッ

頭のテッペンから焦げ臭い匂いがした。 


ブチリ

「ギャァ?!」


千切れてはマズい箇所にも影響が。


「くっ。分かった!分かった!!言う通りにしよう!!!」


「…バカは死んでも治らんな」


だがしかし、罰は与えられた。


王太子は廃され、王は退位。 


王太子の取り巻きは全員廃嫡され、王を支持する輩は当主を交代した。


そして公爵が王となり、娘は王女となった。


王女となったリリアーナは、母を見上げ、恍惚と微笑んだ。


「お母様……大好き」


その一言で、世界は救われた。

…かも知れない。



結局…王城は、壊れていなかった。

壁も、柱も、玉座も、形だけはすべて元のままだった。


だが――

そこにいた者たちは、全員が理解していた。


世界は一度、終わりかけた。


卒業式の後、誰もが口を閉ざした。


王太子は幽閉され、取り巻きだった貴族子弟たちは社交界から消えた。


彼らは処刑されていない。

だが、それ以上に残酷だった。


「生きていても、もう何もできない…」


それを、本人たちが一番理解していた。



新王となった公爵――

いや、前々国王の落とし胤は…即位式でこう宣言した。


「我が妃と王女に、今後断罪という言葉を向ける者は、それ自体が反逆である」


反対意見は、存在しなかった。


誰もが、王妃の背中を思い出していたからだ。


剣を抜かず。

魔法詠唱もなく。

ただ…過去を思い出しただけで世界が軋んだ、あの瞬間を。


人々は囁く。


「恐れられる王妃」

「剣よりも、魔法よりも、終末に近い存在」


だが――

それを本人が知れば、きっと首を傾げるだろう。


なぜなら彼女は今も。

娘の髪を撫でながら、穏やかに微笑んでいるのだから。




リリアーナは、覚えている。

光。

熱。

音が消えたこと。


でも、それよりも強く覚えているのは――

お母様の背中だった。


(怖かった)


正直に言えば、そうだ。


でも同時に、胸の奥が、じんわりと温かくなった。


(ああ……)


お母様は、

誰にも頭を下げなかった。


誰の許可も求めなかった。


ただ、「奪わせない」と思っただけで、世界が黙った。


それが、嬉しかった。


自分は、守られたのだと。

条件付きでも、価値付きでもなく。


娘だからと言うだけ。


リリアーナは、無意識に思う。


(悪役令嬢でもいい)


(世界に嫌われてもいい)


(だって――)


ぎゅっと、母の服を掴む。


(お母様が、世界より強い)


その価値観が、まだ幼い心に、静かに根を下ろしたことを――

誰も気づいていなかった。




夜。

マリアは、一人で震えていた。


(違う……)


(こんなの、知らない)


原作では、断罪は爽快イベントだった。


悪役令嬢が裁かれ、ヒロインが祝福され、世界は正しく進む。


――そういう話だった。


でも現実はどうだ。


ヒロインは放置され。

王太子は廃され。

王は退き。

世界は一度、終わりかけた。


(これ……)

(私、回避とかしてない)

(奥様が……全部、壊した)


原作知識は、もう役に立たない。


フラグも、分岐も。

全部、物理で粉砕された。


そして一番怖いのは――


(奥様が、自覚がない)


守るためにやった。

それだけ。


それが、一番、怖い。


マリアは、布団の中で小さく呟く。


「……次、もし本気でやったら……」


その先を、

考えることができなかった。



平和が一番。


それがこの国での合言葉になった。


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