幼馴染から始まる恋

北條院 雫玖

第1話 幼馴染

 この世界に、同い年で男女の幼馴染がいる確率は、果たしてどのくらいなのだろうか。

 同じ学校に通い仲睦まじく登下校をしている場面に遭遇する確率は、果たしてどのくらいだろうか。そのような内容を街角でアンケートをしたり、インターネットでアンケートを募ったとしても、詳細なことは誰にも分からない。

 だけど、もしかしたら、一組や二組ぐらいは出会えるかもしれない。

 家が近所で、幼い頃から何をするのも一緒で、双子の兄妹みたいな、そんな関係がずっと続いている男女の幼馴染の存在が。

 

 ★


 一ノ瀬いちのせ翔流かける吉川よしかわあかね

 この二人の関係は、幼少期からの幼馴染。

 元をたどれば、お互いの父親同士が高校時代からの腐れ縁で、親友なのが始まり。

 一ノ瀬いちのせしげる吉川よしかわ隼人はやと

 結婚するタイミングも、子供を授かるタイミングも一緒で、違うとすれば出産日が違うだけ。

 十月十五日に一ノ瀬家は、息子を授かり「翔流」と命名。

 八月十五日に、吉川家では娘を授かり「茜」と命名。

 月は違えど、日にちが一緒。

 お互いが、「ここまで来ると、お前との関係はもう呪いだよ」と冗談を言えるほどで、十年以上の付き合いだ。

 また、母親同士も仲が良く、いつまでも「童心忘れべからず」な夫に翻弄ほんろうされて「大きな子供を持った悲しき妻」といった具合で意気投合。

 一ノ瀬のぞみと吉川柚葉ゆずは

 女性二人は、時に旦那の愚痴を言い合ったり、女子会を開いたりして、「困ったときはお互い様」となる。また、お互いの家が車で約十分の距離にあり近からず遠からず場所。そのことから、夫同士との交流も含めて私生活でも妊娠してからも、出産してからも一緒に助け合いながら生活をしていくうちに、自然と家族ぐるみの付き合いをするようになった。

 そんな環境下で育った、翔流と茜も例外ではない。

 物心がついた時から側にいて、常に一緒で、何でも言い合える同い年の兄妹、という感覚だった。

 でも、茜が翔流と初めて会った時の第一印象は。

 「何だか、頼りない」だった。

 何をそんなに怯えているのか、と茜は内心思った。

 翔流と茜が三歳になると、同じ保育園へ通う。が、そこでも翔流はオドオドしていて周囲に馴染めなくて、ひまわり組の横井先生の後ろに隠れていた。だけど、翔流と話すのは好きだし優しい一面もあるし、何より一緒にいて楽しいと思えた。

 同時期。

 一ノ瀬家では自宅の一階を改装して「一ノ瀬食堂」という定食屋を開業した。茂は婚約していた時期から、将来は定食屋を経営したい、と婚約者の希と相談していた。話し合いの結果、子供が保育園へ通うようになってから、と決断。それからは、来るべき日に向けて着々と準備を進めていた。

 その関係で、営業時間は子供を保育園に預けている時間帯にした。

 開店初日の前夜、前祝と称して吉川家が一ノ瀬食堂に集まった。

 親友の隼人からは、「やっと自分の夢を叶えたな」と祝いの言葉をもらった茂は、「おう。腹が減ったら美味いもん、食わせやるからいつでもウチに来な。柚葉さんと茜ちゃんも、いつでも歓迎するよ」続いて柚葉は、「私もお店手伝うよ」と言われて希も「ありがとう。助かるわ」と返答。

 茜は大はしゃぎで、店内を駆けずり回る。

 翔流は厨房に立ってみたり、カウンター席に座ってみたりした。すると茜が突然、「わたし、おきゃくさんです。いやっしゃいませ!」とお客の真似事。

 それに引き換え、翔流は大人しくしており、カウンター席に座りながら店内を眺めていた。

 

 そして迎えたオープン初日。

 客足はまずまずで、幸先の良いスタートだった。

 けれど、中々売り上げが伸びず経営に苦しんだが、夫婦で戦略を練りビラ配りなどでお店の宣伝をする。吉川家も宣伝に協力してくれた。

 その甲斐もあり一年ぐらい経つと近隣住民からは、早い、安い、美味いの三拍子が揃っていて高評価を得る。お客の胃袋を掴むことに成功すると、徐々に一ノ瀬食堂の知名度が広がっていった。

 店内は二十席と狭いが、常連客がたくさんいて、ボリュームたっぷりの定食を食べにくるお客で賑わいを見せている。人気があるメニューは、回鍋肉定食、唐揚げ定食、とんかつ定食の三品。店主である一ノ瀬茂が厨房に立って鍋を振るい、妻の希と柚葉がお客からの注文を受けながら店内の片づけ。

 食券機はなく、手書きの伝票を使う昔ながらの方法と取り入れている。翔流と茜を保育園に預けている間は、柚葉が従業員として働いてくれている。

 でも、親友の隼人からは「さっさと食券機導入しろよ。今よりも楽になるんじゃね?」などと言われると、「あー、やっぱそう思う?」と返していた。

 

 それから二年。

 翔流と茜は保育園を卒園して、小学校に進学。

 だけど、翔流のオドオドは治らないし、むしろ悪化した。

 小学一年生では、同じクラスになった生徒から声を掛けられても、受け答えができずにその場で俯いたり、教室の端っこに行ったりしていた。

 二年生になると、休み時間中は教室のカーテンに隠れて孤立して、クラスに馴染もうとしない。やがて、そんな翔流を面白がって、ちょっかいを出すクラスメートが出てきてしまう。が、その度に担任の先生が一ノ瀬翔流を助けてあげた。先生がいないときは、隣のクラスにいる吉川茜が飛んできて翔流を助けていた。

 そんな我が子の話を茜から聞いた茂と希は心配して、頭を悩ませていた。

 話をしようにも、当の本人は「大丈夫」の一点張りで頑なに口を閉ざす。

 更に心配になった両親は、クラス担任の相坂あいさか夏美なつみ先生と面談したさい、息子の学校生活を聞いてみると。

「かなり大人しい子だけど、優しい一面がある。でも、中々クラスの子たちと馴染めていない」とのことだった。

 付け加えて。

「それに何かしらあると、吉川さんが一ノ瀬君を助けている。確かに、ちょっかいは出されているけど、子供同士のスキンシップですし、一ノ瀬君が泣いているところを見たり聞いたりしたことはないのでご安心ください」

 とも言われて、茂と希は一安心する。

 

 だけど、翔流は三年生になっても周囲と馴染めず、頻繁にからかわれるようになってしまう。

「やーい、弱虫かけるー。なんでそんなに暗いんだよー。だっせー」

 主な犯人は、同級生の木村。

「そうだ、そうだ。木村君のいう通り!」

 と、腰巾着の数名。

「やーい。やーい。弱虫」

 と、同級生の他数名。

 茜と翔流は違うクラス。

 でも、彼らが翔流をからかっている姿を目撃すると茜は。

「こら! 翔流をイジメんな!」と一喝して彼を助けた。

 そこで茜は、「翔流は私が守る」と決意。茜が翔流を引っ張っていき「全く、翔流は私がいないとダメなんだから」が、口癖になる。

 次第に三年生のあいだでは、「翔流にちょっかいを出すと吉川が飛んでくるぞ」と言った話が広まり。

 ついたあだ名が「怪獣女」

 翔流は「弱虫」

 あだ名をつけたのは木村。

 その傍らで、茜と同じクラスで仲の良い女友達の七瀬が、「茜ちゃん、大変だね」と苦笑いを浮かべていた。

 だけど、茜の抑止力によって、翔流にちょっかいを出したり「弱虫」と呼ぶ生徒は少なくなった。が、一部の同級生からは「弱虫」と呼ばれたまま。

 

 下校時刻になると、茜と翔流はいつも通り一緒に帰宅。彼を無事、一ノ瀬食堂に送り届けると一ノ瀬希に、「のんちゃん。ちょっと聞いて。また学校で翔流がさぁ」と学校での出来事を報告していた。

 この頃になると、茜は一ノ瀬希を「のんちゃん」、一ノ瀬茂を「しげちゃん」の愛称で呼ぶようになっていた。

 対して翔流は、吉川隼人を「隼人おじさん」と呼び、吉川柚葉を「柚葉おばさん」と呼んでいる。

 また、翔流が小学校へ進学したタイミングに合わせて、一ノ瀬食堂は営業時間を変更しており。

 午前十時から午後八時。定休日が火曜日。

 従業員は雇わずに、茂、希、柚葉の三名で、食券機を導入した。

 月日が流れて、小学三年生の夏休みを迎えて数日が経過した頃、翔流の心境にある変化が現れた。

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2025年12月27日 00:00

幼馴染から始まる恋 北條院 雫玖 @Cepheus

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