第2話

「いちごねえ?ママが大好きなんだよ!」


「イチゴは本当に天使だねえ」


「ママはいちごのこと好き?」


「当たり前じゃん!こんなに可愛い娘に好かれて嫌うママなんていないいない。きっとイチゴのパパだって同じだと思うよ?」



母親が自分を好きかどうか、他人に聞きたくなるイチゴが愛らしすぎる。


腕を組み、うん、うん。と頷きながら、諭すようにイチゴに顔を向けた。





「いちご、パパ、嫌いなの」


「え?」


「パパはね、ママを傷付けて、いちごにひどいことしたから、大っ嫌い」


「ひどい、こと……?」


「いちごを、お腹のなかで必死に守ってくれてたママに「面倒なことになったな」って冷たく言って、いちごを消すことにしたの。」


「……………」


「ママ、たくさん泣いたでしょ?いちご、ずっと伝えたかった。“ママ、泣かないで”“ママ、悪くないよ”“ママ、大丈夫”そう、ずっと、言いたかったの。」


「……あたし、に?」


「うん。だから、いちご、ママに会いに来たの。」



交わされたイチゴの真剣な視線には、汚れなど一切も見当たらない。



丸々とした、黒目がちの澄んだ瞳だった。





「でも、夜が来たから……もう帰らなくちゃ…」


「……また、会える?」


「うん。また来年、ママに会いに来るね!それで、このアイス一緒に食べたいなあ……だめ?」


「じゃあ、たくさん買って待ってる。約束ね?」


「うん。約束。あ、いちごね?ママがベランダに作ってくれてるお馬さんに乗って来たんだよ!また、帰るときも借りるね?」


「……うん。気を付けてね。」


「もう、どうやってここに来たらいいか分かったから、次はちゃんと“迎えてくれるひ”に、来るよ。いちご、10年間、道よく分かんなくて迷ってたから」



恥ずかしそうに、ポリポリとほっぺたを指で掻くイチゴ。


そっと腰をあげ、イチゴの正面に立ち止まる。





10年前、

この中学に通っていたとき、


大好きだったはじめての彼氏に全てを捧げ、

子どもを宿し、

親に彼氏に詰られ嘆かれ、


守るすべもなく、

“中絶”という形で、

この世界から抹消してしまった、



娘に、ゆっくり、手を伸ばした。





「……手、繋いでもいい?」


「いいよ?」


「ぎゅ、ってしてもいい……?」


「うん!」



手、頬、額、頭……ひとつひとつ、存在を確かめるために、手のひらを当てていく。



震える全身が、

痛いくらいに軋んだ心臓が、

夢じゃないことを知らせてくれた。





「あ、たし……ごめん、ごめんね……」


「ママ?」


「あたし、馬鹿で、子どもで、力もなくて……イチゴのこと、守りきれなくて……ごめんね……っ」


「ママ、泣かないで……?」


「っ、」


「いちご、ママのこと、大好きだよ。」


「……ママも、イチゴのこと、大好きだよ。愛してるよ。」



あたしの背中に腕を回し、甘えるように身を預けてくる最愛の娘の肩に、顔を寄せる。




「会いに来るの、遅くなっちゃてごめんね、ママ。それも“送ってくれるひ”になっちゃって……」


「そんなの、いいよ。会いに来てくれて、ありがとう。」


「来年は“迎えてくれるひ”と“送ってくれるひ”を守って、来るからね」


「うん。楽しみに、ママ、がんばるよ。」


「じゃあ、いちご、ママのこと見てるね」


「イチゴ、そっちは寂しくない?つらくない?」


「うん。心配しなくても大丈夫だよ、ママ。寂しくないよ?」




すっ、と、腕の中にあった温もりがなくなった。







「いちごがいる場所は、たくさんの人を見られるから」



苺は、無邪気な言葉を最後に、消える。



辺りは、静寂に包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る