悪役令嬢、今日も走る。

@itinose01

第1話 転生したので走ります!

一角の部屋で、大きな産声が上がった。

その声を聴いた黒髪の男性が急いで部屋に入ると、ベッドには赤い髪の女性とその周りには助産師と医者、そしてこの家のメイド達が甲斐甲斐しく汗や涙で汚れた女性を拭いている。

その女性の手の中には、柔らかな布で包まれた小さな赤子。

女性が男性を見つけると、また涙を流して男性に微笑み、言った。


「貴方・・・可愛い可愛い女の子です。」

「ああ・・・ああ・・・ありがとう・・・メニア。」


男は目元を隠すがその端からは涙が流れていた。

女性はクスリと笑うと赤子を差し出した。


「ディト・・・抱いてあげてください、私達の宝を。」

「あ、ああ・・・。」


ディトと呼ばれた男は、メニアと呼ばれた女から赤子を恐る恐る抱くと、顔を覗き込んだ。

赤い髪や顔は母親譲りだが、目元や細かなところは父親譲りだ。


「リナ・・・この子の名前はリナだ。」

「リナ、良い名前ね・・・。」

「リナ・・・ああ、大切な宝物だ。」


リナ・ヴェンジェンスはここに生を受けた。




それから5年後。

両親の愛を受けて育った私はすくすくと成長し、今やちょこちょこ動き回るお転婆娘へと進化した。

そしてその足でそのまま父を探して歩き回っていたのだ。


「お父様!お父様!!」


私はトテトテと父の足に抱き着いた。


「おお、どうしたのだ我が愛しき姫君よ。」

「お父様!私にお姉さまができるって本当なんですか!?」

「はっはっはっ!リナは耳が早いな。」


家のメイドから話を盗み聞きしたのは、遠縁の親戚が少々何かあったらしく、その一人娘を当家の養女として向かい入れるらしいのだ。

私より一つ上なので義姉に位置する。


「名はルナと言ってね、三日後には到着する筈だよ。」

「私に・・・お姉さまが・・・。」


少しわくわくする私の頭の中で、少し違和感を感じた。

・・・あれ?何か忘れてるような・・・?

そうした疑問を抱きながら、時は進み三日後。

私の姉がやってくる日になった。

二頭の馬に牽引されてきた馬車から降りてきたのは長く緩いウェーブのかかった淡いピンク色の髪の女の子だった。

黄色のプリンセスドレスに身を包んだ彼女は、髪と一緒のピンクの大きな瞳を不安そうに揺らせながら、お付きのメイドの手を借りて此方に近づいてくる。

あれ・・・なんだろうこの違和感・・・。

何か思い出せそうな・・・。

そう考えに耽っていると、いつの間にか私の目の前まで来ていた。


「えっと・・・ルナ・シェイド・・・です。」


まだ6歳の子供だからか、不安と怯えの色が顔に浮かんでいる。


「ディト・ヴェンジェンスだよ、よく来てくれたね。」

「メニアよ、可愛いお姫様・・・、それに今から貴女はルナ・ヴェンジェンスよ。」


お父様とお母様は幼いルナの目線に合わせるように膝をついた。

私はと言うと・・・。


「あ・・あああ・・・思い出した・・・。」

「・・・?」


横でリナが首をかしげているがそんな事を気にしている場合ではない。

ああ、思い出した・・・ルナ・ヴェンジェンス・・・。

私が読んでいた中で好きだったネット小説にその名前はあった。

そしてリナ・ヴェンジェンス・・・その名前も覚えてる。


ルナ・ヴェンジェンス、物語では幼い頃に両親が事故で他界し、遠い親戚の公爵家へと引き取られるのだった。

しかし、公爵家では意地悪な義妹に虐められる生活が待っていた。

それでもルナは健気にもすくすくと真っ直ぐで、美しい容姿の持ち主へと成長し、将来的には確か・・・王子様と婚約するんだったっけかな。

でもそれを嫉んだリナが様々な嫌がらせをして、最終的には王子の逆鱗に触れて処刑される・・・。

んだっけかな・・・!

私が頭を抱えてうんうん呻っていると、ルナが私の前に来て、気を遣うような仕草で私を見ていた。


「あの、リナ様・・・どうかしましたか・・・?」

「リナ・・・様・・・?」


様付け!?


「い、いえ、何でもありません・・・あの、ルナお姉さま・・・どうか私の事はリナとお呼びください・・・あなたは私のお姉さまになるのですから!」


ちょっとどもったり早口になったけど、私の言ったことが理解してくれたのか、私にゆっくりと抱き着いて来た。


「迷惑・・・ではないのでしょうか・・・。」

「いいえお姉さま、私に、姉ができてとっても嬉しいわ!」


そう言って私は抱きしめ返すと、ルナお姉様は肩を震わせた。

ぎゃああ私何かやっちゃった!?

おぎゃあああと驚いている私を余所に、嗚咽が聞こえてきた。


「ありがとう・・・ございます・・・私に妹が・・・まだ、家族が・・・残ってくれていて・・・。」


そうだよね、まだ幼いのにいきなり両親を失い、遠い親戚の家に引き取られるまでずっと馬車に揺られて来たんだもんね。


「・・・はい、お姉さま。」


ぎゅっと抱きしめルナお姉さまの頭を撫でた。


「おお!メニア!私達の宝が尊い・・・っ!!!」

「うふふ・・・ええ、家族が増えて嬉しいわねディト。」


滂沱の涙を流すお父様と、その横で頬に手を当ててあららうふふと笑うお母様をみて、私も釣られて笑ってしまった。

・・・このかわいいお姉さまは絶対私が守る・・・!!


それからルナお姉さまとの生活が始まった。

物語では位の低い姉に両親を取られまいとこの頃から意地悪を初めていたのだが、私は違う!

馴染めないでいる我が姉に寂しい思いをさせまいとまず構い倒す!

事あるごとに私はルナお姉さまに突撃し、寝る時もお風呂の時もご飯の時も一緒だった。

そうした生活を1年過ごした結果。


「リナー?どこにいるの?」

「はーい!ここよお姉さまー!」


ドコドコドコ!と飼い主に呼ばれた犬の如く走る私、リナ・ヴェンジェンスと、不安と怯えを払拭され、今や笑顔で私の事をリナと呼んでくれるルナ・ヴェンジェンスは物語の様な関係にはならず、仲良し姉妹として周知されるようになった。


「お姉さま?どうかなさいまして?」

「みてリナ、綺麗なお花が咲いたわ。」


肌が焼けないようにつばの広い帽子を被ったルナお姉さまは今日も可愛い。

そんなお姉さまが自ら育てた花壇の花をみて顔を綻ばせて私に見せてくれる・・・。

幸せか?

そんな私は赤くて長い髪をリボンで一つに纏めているだけで帽子も被って無い。


「いけないわリナ、帽子を被らないと日に焼けてしまうわ。」

「大丈夫ですわお姉さま!このくらいでは何てことありません!」


私を心配してくれるルナお姉さま優しい!流石自慢のお姉さまよ!

力こぶを作る仕草をする私に、ルナお姉さまが吹き出した。


「うふふ、リナは元気ね。」

「はい!お姉さまが元気であれば私は元気ですわ!」


二人で花壇のお花を堪能のしているとお付きのメイドが私に帽子を被せてくれた。


「ありがとうムルサ。」

「いえ、お転婆なリナお嬢様がこれ以上日に焼けてしまうとメニア様がお怒りになると思いますので。」


はは~ん、お母様、怒ると怖いもんね。

お父様は私達に甘々だけど、お母様は怒るとそれはもう怖い。

笑顔だけどもまったく笑っていないのって怖いよね。

そんな事を思っていると、メイドのムルサがそういえばと呟いた。


「本日、ディト様のお客様がいらっしゃるご予定でしたね。」

「お父様の?」


その呟きに反応したのはルナお姉さまだった。


「じゃあ、失礼のないようにしないといけないわね!」

「きゃあ!どうしたのリナ?」」


そうと決まれば私はお姉さまの手を掴んで私とお姉さまの部屋に向かった。

後ろをムルサが早歩きで付いてきてくれる。

・・・あれ・・・お父様のお客様・・・なんだっけ・・・確か大事な事を忘れてるような・・・。


「お相手は私達よりも位の高いお家柄だから、粗相のないようにしないといけないわね。」

「そうですわねお姉さま。」


ちなみに我が家は伯爵家なのでそれなりのお家柄。

つまるところお相手は侯爵家以上の格式。

ううーん・・・なんだっけ・・・。

こういう時は聞くのが一番だろう。


「ねえムルサ、お父様のお客様ってどんな方なの?」

「はい、ヴェルスレーグ王家の方ですね。」

「・・・。」


・・・・・王家の方ーーー?

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