3話 チュートリアル

 午前7:00


 ゲーム開始直後に一斉にログインしたのだろう。

 始まりの町の噴水では数えきれない人数のゲーマー達でごった返していた。


 その中の一人である零は、興味深そうに辺りを見渡している。


 (凄いな……)


 零の心中はただただこのゲームを作った一人の男への賞賛だった。

 まるで琴の絃 のように一本一本伸びている噴水の水は、水しぶきを上げながら左右の大きさを変えている。


 噴水に溜まっている水に手を少し入れると、小さな波を作りながら波紋を広げる。

 手には水の冷たさが感じられた。

 水をすくい上げると、指の隙間からポタポタと落ちてゆく。


 (ネットであれだけ話題になるのも無理はない……)


 ゲーマー達は性別を変えられない、ネカマプレイができないゲームの仕様に、最初は毒づいている人間もいたが、ベータテストと同時に文句を言う人間は、少なくともベータ テスターの中には居なくなった。

 それはリアルさのために性別を変えることができないと公式で発表した制作者の言葉と、実際にゲームのリアルさを体験したため、このリアルさを失わないためなら仕方がないと納得せざるを得なかったからだ。


 (今日ログインした人間も、誰も文句は言えないだろう……)


 当然のことだと確信して、噴水から大通りへと外に出た。

 大通りにでた瞬間、メッセージが目の前に浮かんでくる。


 『チュートリアルを開始しますか?』


 『はい』を押すと、

 『どのチュートリアルを開始しますか?』

 と出たので、『戦闘』を押す。


 すると景色が映り変わった。


 「草原?」


 短く生え揃えられた草が、どこまでも続いている。


 『戦闘チュートリアルを開始します』

 『はい』を押すと、体長1メートル15センチほどの紺色の犬の姿をしたモンスターが出てきた。

 「さっそく初戦闘か……」


 待ちに待った瞬間。

 歓喜に震える身体。


 しかし自身の感情とは裏腹に、淡々とした文字が目の前に浮かび上がってきた。

 『基本現実世界の戦闘と変わりはありません。そのまま剣で斬りつけることで倒すこともできますが、この世界ではスキルを有効的に使うことで、戦闘を有利に進めます』


 「スキルか……」


 『初期装備が剣の人の最初のスキルはスラッシュです』


 「スラッシュ?」


 『横に薙ぎ払う基本的な技です。ただし使うには予備動作が必要になります。』


 「予備動作?」


 『剣を横に薙ぎ払うために剣自体を横に構える必要があります。実際に敵に近づいてやってみましょう』


 チュートリアルに言われた通り紺色の犬、『ブルーウルフ』に近づいて剣を横に構える。


 『構えたら《スラッシュ》と言ってみてください』


 「スラッシュ」


 言った瞬間に手が勝手に動いてブルーウルフに浅い横傷を与えた。


 「恥ずかしいな」


 『発音するのは最初の1回で大丈夫です。2回目以降は頭で念じるだけで使用可能です』


 まるで考えることはお見通しと言わんばかりの説明だった。


 「なるほど。確かに戦った経験の無い人には重要だろう。ただ俺にはこのスキルは必要ないな」


 『スラッシュを使い続ければレベルアップして、さらなるスキルが手に入ります。鍛錬を重ねてさらなるスキルを習得しましょう。ただしスキルはつけられる個数に制限があります。注意してください』


 「了解」


 『それではこのまま戦闘を再開します』


 画面が消えた瞬間、ブルーウルフが横腹から血を流しながら飛び掛かってくる。


 「初心者には完全に不意打ちだろう。制作者の性格がよく分かるチュートリアルだ」


 苦笑いをしながら身体を横にずらし、剣を横に 薙ぎ払いながらカウンターの一撃を入れる。

 すると頭を真っ二つに斬られたブルーウルフは動かなくなった。


 『初勝利おめでとうございます。戦って気づかれたと思いますが、このゲームにHPという概念はありません。相手の心臓や脳を破壊すれば一撃で倒すことも可能です。逆に自分自身もそうです』


 「リアルだな」


 『デスペナルティー。つまり死んだときの罰則は所持金全額、装備全て、ただし初期装備に戻ります。さらに持っていたアイテム全て、預けていた素材の10分の9、または家に保管してある素材の2分の1です。そこから始まりの町の墓地に戻されます』


 「預けていた? 保管していた?」


 『預けるとは、NPCがやっている 現実世界で言う倉庫のような場所にお金を払って素材を預けることを指します。預けていた素材はデスペナティーを受けても1割残ります。ただし百個以上あった場合のみです。十個未満の場合は全て無くなります』


 「家は?」


 『家は家を購入している人のみ有効です。家を購入し、そこに保管していた素材の半分は残ります。ただしこちらも10個未満だと全て無くなります』


 「鬼畜仕様だな」


 『これはリアルの死とできるだけ近づけるための仕様です。しかしスキルが無くなることはないので安心してください』


 「なるほど。ゲームの名前の通りスキルが最重要なわけか……」


 『以上で説明を終了します。他の戦闘要素は自らの手で見つけ出してください』


 「了解」


 返事をするとまた景色が移り変わり、活気のある大通りに戻ってきていた。

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孤高の青年は飽くなき強さを追い求める――スキル・メイク・オンライン―― 紺藤シグル @sientsilent

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