【短編SF】再審

岩名理子

再審

「知りません……私はやってません」 


 法廷に男の不安げな声が響いた。ひとときの沈黙の後、向かい側にいた検事は無表情で口を開いた。 


「包丁にべったりと、あなたの指紋つきだがね」


 男は困った顔で雇った弁護士を見た。弁護士はやる気があるのかないのか、手元の書類に視線を落とし、男の方を見向きもしなかった。検察官はコホンと咳をして改まった。


「では、ここで一度情報を正しく認識してもらおう。あなたの妻が包丁で胸を刺されて死んでいた。解剖の結果、殺人と断定。その時間のアリバイが無いのはあなたであり、殺された前日に口論になっていたことは裏付けをとっている。親戚づきあいも最低限のあなたの妻には他に面識のある人間はおらず、要するに恨みがあるのもあなただけだ」


「でもそんな、私は全く覚えていないのです……」

「なるほど、覚えていない」


 裁判官と裁判長は顔を見合わせた。


「確かに今のあなたではない。ただし、以前のあなたであることは間違いない」


 検事は軽く笑い、男は目を見開いた。


「……そ、それは……どういうことでしょうか」

「あなたはクローンだ。あなたは妻を殺害した罪で懲役三十年が確定した。そして、服役中の十年目、独房で静かに死んだのだ。さて残りの二十年は? あなたにはまだまだ刑が残っている」


「残っていると、どうなるのですか?」


 男はおそるおそる尋ねた。


「だから、クローンのあなたにも独房で過ごしてもらう必要があるということだ。納得の上で刑を受けてもらうため、我々はこのような裁判を行っているのだよ」


 さも当たり前といった検事の言葉に、男は震えあがった。


「そ、そんなことをいわれても納得いきません! 今の私がクローンならば、やはり殺したのは私とはいえないのでは?」


「いいや、あなたそのものに間違いない。細胞からコピーしたそのものだ。性別は男、年齢は三十四歳、真面目な会社員であったが妻を殺した。刑の十年目に死んだオリジナルは頑なに殺害理由を語らなかったが」


「……愛する妻が殺された上に、私も孤独死ですか? こんなことが許されていいのですか? それに、なんだか変じゃありませんか。私が妻を殺した記憶はありません。覚えてなくとも私が犯人となるのですか? クローンというだけで?」


 男の言葉に裁判官は唸った。


「覚えていないと被告人は主張したが、クローン人間の記憶はどうなっているんだ?」


 検事は裁判官の方を向いて、クローンの詳細資料を掲げて張り切っていった。


「最新の技術でクローン情報から記憶までも再現できます。その日その時までの記憶が彼には入っているハズです。実家も今の家庭も仕事内容についても。即日、職務に就くことも――このように会話をすることも可能なのです」


「なるほど、技術の進歩はすばらしいな。つまり本当であれば知っていると推測されるが、都合が悪いので知らないふりをしている――被告人はその可能性が高いのだね?」

「そういうことです、裁判長」


 裁判官はあごひげを撫でながら、男を見た。


「なるほど、なるほど。こんな人畜無害そうに見えるのに実に悪人だとは。それならば追加で二十年とし、独房に入ってもらおう」

「いえ裁判長……当初通り最大でも二十年でお願いします。趣旨が違ってしまうので、どうかだけでお願いします」


 検事の言葉に、裁判官は「そうか」と再び頷いた。


「二十年だけかね? 減らしても良いと?」

「いえ、減らすことはできません。過去の判例は絶対です。クローン人間はオリジナルの代わりに罪を償うべきか否か。私たちの主張は殺された妻の無念を晴らすべく、男に独房に入ってもらうこと。さて、どうでしょう?」


 裁判官は目をつむり腕を組んで、男と検事を交互に見やった。


「死んだ妻は生き返らないのであろう? ならばその分、クローンは罪を償う必要があるとしよう」


「それでは――有罪だ」


 裁判長が声をはりあげ、木づちを打ち鳴らした。検事は満足そうな表情をしたまま、丁寧に一礼をした。その後に、これまで全くといっていいほど口を開かなかった弁護士を見て薄く笑った。


「それにしても、あなたはいったい何をしにきたのかね?」

「私は確かに弁護士ですが、この男のではありません。本日の注目の裁判はここからです」


 検事と裁判長が顔を見合わせ、弁護士は書類を机の上に叩きつけた。


「さて、男が獄中で死んだ後すぐに真犯人が捕まりました。技術が発達してこの時にやっと男の妻をクローンとして生き返らせたからです。真相はなんと男の知人……生活苦で強盗殺人を。つまり男は無罪――正しくいえば冤罪だったのです」


 唖然としている裁判長の木づちを取り上げ、弁護士はニヤリと笑った。


「さぁ、概要がわかったところで、これからあなたたち自らの『』をはじめましょうか。クローンの裁判長と検事の皆さま」



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