恋の味——それぞれの視点——
月見つむぎ
第1話甘く苦い
ずっと無くしたと思っていた物は二段目の引き出しの奥で眠っていた。キラリと光るそれを目の前に掲げてみる。
小さなキャラクターとガラス玉が繋がれたキーホルダー。
目を閉じるとあの時の思い出が鮮明に蘇ってくる。
「ねえ、次はあれに乗ろうよ!」
「待って、そろそろパレードの時間だよ。見るって言ってたじゃん」
「あ、そうだった」
へへ、とはにかむ彼女と、保護者のような僕。
二人で来たテーマパーク。誘ったのは僕の方。
彼女はもうすぐ僕から離れた場所へ行く。その前に思い出を作りたかった。
僕たちは仲の良いグループのただの友達の関係だ、と思っている。
何で二人きりで遊ぶことを彼女が承諾してくれたのかはよく分からない。彼女は優しかったし、少し他人の気持ちに疎い所があった。
今日も「友達と遊ぶ」と思って来ているのかもしれない。半分当たっているし、もう半分には僕の願望があった。
人混みの中、彼女はパレードを見ている。僕は彼女の笑顔に見惚れてパレードなんて二の次だ。
僕の視線に気付いたのか、彼女がふいに僕の方を見る。僕はすぐに視線を逸らした。
彼女が僕の方を見て少し首をかしげる仕草をするのを目の端で捉えつつ、僕はパレードを見ている振りをした。少しして、彼女はまたパレードの方に向き直った。
至近距離にいる彼女の髪が風で揺れる度に花のような香りがする。
手を繋いだらびっくりするだろうか。そんな勇気もないまま、時間だけが過ぎていく。
お土産を沢山かごに詰め、最後にキーホルダーが並んでいる所へ向かった。お揃いにしようよ、と彼女が言った。
どれにしようか二人で悩んで、綺麗なガラス玉がついたキーホルダーに決めた。色違いの、お揃いのキーホルダー。
帰りの新幹線の中、少し抑えた声で楽しかったね、と彼女が言う。
「……うん」
僕は上の空で返事をする。
「もしかして、眠い?」
「……うん、少し」
僕は目を閉じた。
本当ならもっと彼女と話したかった。けれど僕には彼女に言おうと決めていることがあった。
何て言おう。頭の中はそのことでいっぱいだった。
降りる駅まで着いてしまった。慌ただしくホームへ降りる。改札口を出ると辺りは閑散としていた。
ここで彼女とはお別れだ。言うなら今しかない。勇気を振り絞って口に出した。
「あの、さ」
「?うん」
「その……。今日、楽しかった」
「そうだねえ」
彼女が柔らかく微笑む。
「それで、言いたいことがあって」
「うん」
彼女が真っ直ぐ僕を見る。
「……好き、なんだ。ずっと前から」
顔面が熱くなるのを感じる。
僕はそう言った後、彼女の顔を見れなかった。
沈黙が二人を包む。
「え……と」
彼女が詰まった声を出す。
決心して彼女の顔を見る。彼女の表情は、戸惑いに満ち溢れていた。嬉しいというような感情がないことは見て取れた。
そうだろうなと胸の中で呟いた。そういう所も好きだった。
「……あの」
「急にごめん。言いたかっただけなんだ。忘れて」
彼女の返事を待たずに早口で言った。本心だった。それに彼女を困らせたくなかった。
……少しだけ期待はしてたけれど。
次に会う時も変わらずこのままの関係でいて欲しい、僕は蚊の鳴くような声でそう言った。彼女は小さく頷いた。
最初から分かっていた。ただ思い出が欲しかった。気持ちを伝えたかった。叶ったならそれで良いじゃないか。
駅で彼女と別れてから、少しだけ泣いた。
あの時のキーホルダーを僕は今も持っている。彼女も持ってくれているだろうか。
午後の日差しをキーホルダーのガラス玉が吸い込み、キラキラと反射させる。
好きだった。すごく。はしゃいでいる姿も、はにかんだ時の表情も、穏やかな笑顔も。
あの時の思い出がガラス玉と一緒にキラキラと輝いている。
キーホルダーを手で遊びながら、食べかけだったチョコレートを口に入れた。
今の僕の気持ちによく似た味がした。
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