保健室のエース

落伍

第1話 保健室のエース

春。

校舎の窓から見えるグラウンド。

金属バットの音、掛け声、歓声。

その全部から少し離れた場所――

保健室。

春にしては暑すぎるジメジメとした日

今日も僕、雨宮恒一はベッドに座り、天井を見つめる。

(……今日も、投げられなかった。僕はゴミ人間だ。)

「今日もグラウンド見てたのか?」

タバコ臭い低い声が聞こえる。養護教諭の佐倉先生だ。

「見てただけです。」

「無理しなくていいからな。」

「…(無理してねーよ。無理できないだけだよ。)」


元々野球部にて投手をやっていた僕が球を投げれなくなったのは中学最後の大会決勝。

満塁。

観客の怒号。

捕手のサイン。

不思議と緊張は無かったし体もすっかりほぐれてた。ただ、指のかかりがおかしかったような気がした。

――投げた瞬間

ストライクゾーンから大きく外れるボール。

逆転するスコアボード。

監督の顔。

チームメイトの沈黙。

(あの瞬間から僕の時間は止まった。)


保健室のカーテン越しに全校放送が聞こえる。

「午後から野球部の練習試合が行われます。野球部生徒は速やかに…」

嫌な放送だ。

清潔感のある保健室のベッドに潜り込み、静かに手を握り込んだ。


午後、ベッドを囲むカーテン越しに大きな音が聞こえる。誰か来た。

「先生!ピッチャー倒れました。」

「は!?」

練習試合中にピッチャーが倒れたようだ。

カーテンの隙間から隣のベッドを覗き見る。

目に入ったのは中学時代何度か対戦したシニアのエース。顔は紅潮し、息はぜえぜぇと苦しそうだ。おそらく熱中症だろう。予想外の暑さにやられたのだろう。僕がそう考察しているとふいに目があった。

僕は驚いた猫のように俊敏にカーテンを閉じベッドに戻る。

(見られた…見られた…見られた。)

緊張に心臓をバクバクさせていると完全に閉じていたカーテンが大きく開き熱中症男が今にも倒れそうな姿で立っていた。

「ハァハァ、お前、雨宮だよな。あの中学のバケモン。お願いだ!俺の代わりに投げてくれ。あと一人、あと一人でいいから。」

たかだか練習試合というのに、自分がこんなにも苦しい思いをしているのに頼み込んでくる。そんな彼に一つ疑問が湧いた。

「なんで…そんなに本気になれるの?将来役に立つわけでもないし、お金にもならない!なのになんで…」

「将来とかよく分からんがとりあえず言えることが一つある。あちいだろ。投手ってもんはっ、」

彼はフラッとベッドに倒れる。限界だったのだろう。佐倉先生が氷枕を持ってこっちに走ってくる。

「マネージャーさん。今からでもし、試合に出れますか?」

マネージャーさんがパッと笑い僕に言う。

「もちろん!」


これは僕がエースになる物語だ。

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2025年12月24日 06:00

保健室のエース 落伍 @Shu_fjmt

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