02. いざ海中魔窟《ダンジョン》へ

 そんなわけで、俺たちがやってきたのは、海。


 真冬の海なんて、さぞ寒いだろうと思われるかもしれないが。

 ここは、初夏のビーチ。

 水平線の向こう側に太陽が沈もうとしている今も、みんな薄着で、楽しい時間を過ごしている。


 今回は、結構な長距離移動だなと思ってたけど、まさか季節が逆転するとはね。

 移動に使われる廃魔窟、通称「近道ショートカット」が、色んな国につながっていることは知っていたけど、目の当たりにするとびっくりだ。

 あと、やっぱり事前に教えてほしかった。

 長袖じゃ、暑いよ。

 だけど、みんなも普段とそんなに変わらない格好だから、俺たち、ビーチで浮いてます。ちょっと、恥ずかしい。


「さて、ここの魔窟は、見つけるのがすごく難しいんだ。

 頼むよ、キノ」


 おっさんに頷いたキノは、まるで祈りを捧げるように、両手で神杖ロッドを掲げた。

「魔窟の入り口が、見つかりますように」

 静かに瞳を閉じる横顔は、敬虔けいけんな神の使徒にしか見えない。

 だけど、油断しちゃだめだ。


 ――ぽいっ。


 っと、投げ出された神杖は、夕日を照り返して輝きながら落下する。やわらかな砂浜の上へ。そこへ、ザザーンと覆いかぶさる波。


 このいい加減な方法で見つかったら、全国の冒険者・騎士のみなさんが泣くぞ。

 ……と、思うけど、見つかっちゃうんだな、これが。


 かがみこんだキノは、杖の先端を示して、カレナに頼んだ。

「ここ。ひずんでいるけど、入り口があるよ。こじ開けてくれる?」


「お安い御用さ」

 カレナが、手をかざす。

 瞬間的に燃え上がる、魔力の炎。

 キャンプファイヤーのように、明るく夕焼け空を焦がして、花火のようにすぐに消えた。


 そこに残ったのは、くぼんだ水たまりのような場所。

 隣を通っても、誰も気にしないような、ありきたりの光景だ。


「さぁ、早く。長い間安定させるのは、難しいからね」

 キノはぐいっと俺の手を引っ張り、俺は、水たまりに足を踏み入れた。


 そうしたら、世界が、変わった。


「びぶばぶあぅ、びぶばばあぶぅ!」

 死ぬ死ぬ死ぬ! いきなり水中なの? 頼むから、先に言ってよ!


 ゴポゴポゴポ……と自分の立てた水音でわけがわからなくなっていると、不意に、空気が戻ってきた。

 た、助かったぁ。


 だけど、周囲は変わらず海の中。真っ暗で、泡以外なにも見えない。

 あれ? 俺、でっかいシャボン玉の中にいる?

 俺の周りにだけ、空気の膜があるみたいだ。


「まったく、騒がしい坊やだね。魚がみんな逃げちまったよ」

 高くてよく通る声、カレナだ。

 だけど、姿は見えない。あるのは、青灰色の闇だけ。


「ここって、海の中? そういう場所なの?」

「あぁ、そうさ。この魔窟には、海だけがある。頭上を見てみな、月の光が明るいだろう。だけど、どれだけ泳いでも、永遠に海上には出られない。深き母の腕に抱かれた場所――偉大なゆりかごグレート・クレイドルマーレだよ」


 へぇ、母なる海か。

 だけど、上から降り注ぐ光は白くて冷たくて、俺の思う「母さん」のイメージじゃないかな。


 それで、俺はここで何を採集すればいいの?

 うちのパーティは、襲われない限り魔物モンスターと戦わないから、採集で合ってるよね?


 俺とカレナが話していると、

「今すぐ、採れるものじゃないんだよ」

と、低いおっさんの声が聞こえてきた。こちらも、姿は見えない。


 これは、分かるぞ。

 おっさんの持つスキル「伝音」だろ?

 空気を介さず、脳に直接声を伝える方法だそうだ。

 ちなみに、カレナは音魔法で、独立したシャボン玉の中にいる俺たちの「音」をつないでるみたいだ。原理は、説明してもらったけど意味が分からなくて、「お前さんの脳みそより、カワウソの脳みそのほうが立派なんじゃないかね」と呆れられたが、魔法を知らない一般人なんて、そんなもんだよ。


 だがしかーし。

 そんな俺も、冒険者の世界に足を踏み入れて、魔法の基礎を学んだんだ。

 スキル「魔力視認」。

 これを使って、魔窟の海を見渡すぞ。


 ……と意気込む俺を、止めるおっさん。


「この海で、よそ者が光をまとっちゃいけない。アレック。白い炎は、使うな」


 えっ、そんな。

 白い炎の使えない俺なんて、ただの14歳のガキだよ?


 俺――アレックは、どうしていいか分からず、途方に暮れた。

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