母なる魔窟~ひよっこ冒険者、海へ行く~

路地猫みのる

01. ひよっこ冒険者、家の修理費用がほしい

 魔窟ダンジョンは、地下世界とも呼ばれる。地上とは、時間の流れや、空間の法則が異なるのだそうだ。

 ここへ行くことを、潜る、とか、潜航するとか表現する。


 さて、俺は今、初めての魔窟に、文字通り潜っている。

 頭上には、ゆらゆら揺れる満月……ここは、海中魔窟である。


***


「お願いします。どうか、俺に、家の修理費用を……!」

 ガバっと頭を下げた俺に、たじろぐおっさん。


 季節は冬。

 俺の故郷は、そこそこの雪国で……雪の重みで、屋根が抜けた。

 だいぶ傷んでたからなぁ。この冬もつかなって、母さんたちと話してたんだけど、だめだった。

 俺んちは貧乏貴族(?)で、質素な生活を頑張ってきたんだけど。

 家の中で吹雪は、さすがに困る。

 なので。


「修理費用が稼げそうなところへ、連れて行ってください!」 

「う〜ん、まぁ、なくはないけど……」

 ポリポリと、おっさんはひげの上から頬をいた。


 俺が「おっさん」と呼んでるのは、この冒険者組パーティのリーダー、ラークのこと。

 デカい体といかつい顔つき、もみあげとつながった髭。てっぺんだけを残して、サイドを刈り上げたマンバンヘア。仕上げは、丸いサングラス。

 これでもかというほど怪しい風体の中年男だが、実は心優しいおっさんで、このパーティは魔物モンスターを殺さない。魔物が生きるのに必要な、魔窟の資源も、なるべく採取しないようにしている。


 だけど、生きていくのにお金は必要だから、独自の方法で稼いでいる。

 その中心となるのが、おっさんの「魔物言葉」。

 何故か、おっさんは魔物たちと会話できるのだ。

 そういうスキルなのかと尋ねると「う〜ん、まぁそんなようなもん」という曖昧あいまいなな返事だし、相手によっては通じないこともある。

 けど、話が通じると便利なもので、仲良くなったらお宝のある場所を教えてもらえたり、素材をもらえたりするんだよね。

 例えば、シロガネビタキっていう小鳥の羽はいいお値段で売れるんだけど、少しでも傷ついたら、価値は下がる。これがお願いして譲ってもらえば、新しく美しい羽が手に入るんだ。「どうやってこんなに大量に」と闇市で驚かれたりするのが、すごく快感。


「カレナ、偉大なゆりかごグレート・クレイドルマーレなんてどうかな?」

 と尋ねられた由緒正しい魔女っ娘スタイルのカレナは、「まぁ、構わないけどね」と、眼鏡を置いた。

「ちょうど、眼鏡を買い替えようと思っていたから、稼ぐのには賛成さ。次は、乱視と老眼に対応してるやつにしようかね」


 ん? 老眼?

 カレナは、20歳前後かな。黒いワンピースから見えそうで見えない、豊かなバストが目にまぶしい、ナイススタイルのお姉さまのはずだけど……。


 そんなカレナの隣で、小エビのフライをもりもり食べていたキノが、嬉しそうにきらりんと目を輝かせる。

「いいね! あっちは暖かいし、エビが美味しいよね」

 ご機嫌の笑顔で、頬についたタルタルソースを指でぬぐい、ぺろんと舐める。


 キノの職業は、神官、らしい。

 ぼんやりした言い方になるのは、服装以外、どう考えてもそれっぽい要素がないから。

 裾の長い神官服と、太陽神のモチーフがあしらわれた神杖ロッドが似合う、神秘的な外見ではあるんだ。

 白い肌、猫の耳みたいな癖のついた銀髪、ウォーターオパールみたいな不思議な色合いの瞳。背が高くて、愛嬌のある笑顔で、女の子受けがいい。

 だけど、口癖は「働きたくない」。

 神様に仕える人が、そんなんで大丈夫なんだろうか。

 あと、来世ではエビに恨まれそうだけど、大丈夫か。

 

 キノの冒険者用の端末デバイスは、首から下げた手鏡のような形をしている。

 それをツツーっと指で操作して、「あ、明後日が満月だよ」と、いそいそ荷物をまとめ始めた。

「あぁ、じゃあ急がなくちゃな。アレック、お母さんたちに出かけるって伝えておいで。旅の準備もして来いよ」


 そうやって宿屋を追い出された俺。

 家に向かって、溶けた雪が混じる灰色の街道を駆け抜けながら、首を傾げる。


 誰でもいいから、どこへ向かうのかぐらい、教えてほしい。

 

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