先輩、クリスマスって予定ありますか?

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先輩、クリスマスって予定ありますか?


 12月。暖房の効いた店内に、濡れたコートの匂いが混じる季節。

 バイト先の本屋で新書の陳列が終わり、俺はちょうど夕方の休憩に入るところだった。


 

「先輩、25日のクリスマスって何か予定ありますか?」



 声をかけてきたのは1つ下の後輩、友野ともの

 彼女は華の高校1年生であるにも関わらず、いつも眠そうでどこか覇気がない。



「予定?25日か……」



 俺はポケットから取り出したスマホのロックを解除し、自分のスケジュール管理アプリを確認する。

 25日は……シフトが入っていない。案の定、他にもこれといった予定は登録されていなかった。

 

 確認しておいてなんだが、彼女がいるわけでもないし、バイトがなければクリスマスに予定なんてあるわけがない。

 いつも通り、母が気まぐれで買ってくるケーキを家でつつくだけになるだろう。



「……で、先輩。空いてました?」



 スマホを眺めていた俺を呼び戻すように、友野はこちらの顔を覗き込んでくる。


 しかし、友野はどうして俺の予定なんか聞いてきたんだ? もしかしてデートのお誘い……?

 いや、そんなことはない、この子に限ってそれは100%ありえない。……と思いつつ、気になったので一応本人に確認する。



「空いてるかどうかを言う前に、なんで予定が知りたいのか聞いてもいい?」


「えと……それは……」



 言葉を詰まらせる友野。

 その様子を見て、俺はゴクリと唾を飲み込む。



「私とバイト代わって欲しいからです」


「だよね」



 やっぱりそうだったか。 

 友野は彼氏でもできたのだろう。それか、いい感じの人がいてデートをしたいとか。

 

 彼女も年頃の女の子であることを思い出し、大きな顔をしたくなった俺はポケットに手を突っ込む。



「……まぁ空いてるから、理由次第なら代わってあげてもいいけど?」


「ほんとですか?」


「うん。彼氏でもできた?」


「いえ、できてないです」


「じゃあ意中の人とデートとか?」


「いや、そんな人いないですねー」


「……誰かに誘われた?」


「そんな事があったらいいですね」



 どれも違うんかい。

 クリスマスだというのに。彼女は俺と同じく、甘酸っぱくドキドキするような予定ではなかったようだ。


 

「じゃあなんで代わって欲しいの?」


「……えとですね。今、すぐそこの通りでイルミネーションやってるじゃないですか?……で、25日ってクリスマスじゃないですか?」


「うん、そうだね」


「この店、めちゃくちゃ混むんですよ。暖をとりに来たカップルとかで」


「……まあ、うん、そうだね」


「それで仕事大変になって、面倒じゃないですか」


「……え、うん、そうだね」


「だからです」


「……え、それだけ?」


「え、それだけです」


「……そうか。それは……大人しく働きなさい」


「ガーン」



 わざとらしく「ガーン」と口で言ってみせた友野は、顔色1つ変えず「残念です」と呟きながら、自分のスマホをポチポチと触り始める。



「ま、お金のためだと思って、労働に励むといい」


「……私は今心に誓いました。……来年こそは、絶対にシフト入れない……と」




 馬鹿な事を言っている友野を差し置き、俺は店の休憩室に入った。

 休憩室のパイプ椅子に腰かけたところで、持っていたスマホがブブッと震える。LINEの通知だ。


 メッセージの送り主は、先程の友野と仲の良い、これまた1つ下の後輩……愛原あいはらだった。



『先輩、クリスマスは予定ありますか?』



 ……まただ。

 またどうせ、バイト代わってくださいのパターンだろ。

 しかし今回メッセージを送ってきた愛原は、お喋りが大好きで人懐っこく、少し生意気だがとても可愛らしい後輩だ。

 あまりそういうのに興味なさそうな友野とは違い、人並みに恋愛もしていそうな愛原。彼女がお願いしてきたとすると、今度こそ"彼氏ができた"とか、"デートに行くから"って感じの理由に違いない。



『その日は予定ないよ』


『ですよね!』


『ん? ですよね?』 

  

『うううそです。空いてるんですよね!』


『空いてるよ。バイト入って欲しいんでしょ?』


『先輩、よく分かりましたね!さすがです!えらいです!ヨシヨシです!』


『いや、まだ出るとは言ってないけど』



 愛原はいつもこんな感じだ。

 なめられているのか、それとも友達ぐらいに思われているのか、他の後輩より少しだけ距離感が近い。



『そんなぁ! クリスマスに何の約束もない先輩の予定を、せっかく可愛い後輩が埋めてあげようとしてるのに~』


『せっかくのクリスマス休暇を、バイトで埋められようとしてる可哀想な先輩の身にもなってくれ』


『ぬわぁぁぁ。じゃあやっぱりダメってことですよね……?』


『いや、ダメとも言ってないけど』


『な、なんですかその焦らしは~。私が勇気を振り絞ったというのに』


『その勇気はこんなところじゃなくてもっと大事な時に振り絞りなさい』



 メッセージ上のやりとりだし気のせいかもしれないが、愛原は少しばかりテンションがおかしい気がする。

 きっとこれから嬉しい事が起きるのだろう。俺がバイトを入れられようとしている、25日のクリスマスにでも。


 俺はすぐそこに置いてあった小さなクリスマスツリーから目を反らし、乾いた手で続きを打った。



『で、なんでバイト入って欲しいの? 彼氏でもできた?』


『え、違います。彼氏とかいないですからねっ』


『そうなんだ。じゃあクリスマスにできる感じか』


『そ、そうなれたらいいんですけど……!』


『ほぉーう。なるほど』


『な、なんですかその感じ~。先輩が分かってるみたいな空気出してくる』


『まぁ、その日は恋を頑張るってことでしょ?』


『それはそう……だけど! なんか先輩が先輩みたいで悔しい』


『いや俺先輩なんだけど?……まぁ仕方ない、25日はバイト出てあげるよ』


『ほんとに?やった! ありがとうございますっ!』


 

 後輩の恋の応援。

 それに先輩らしく身を捧げるなんて、我ながら褒められた行動、独身の鑑だ。


 ……ただ、25日にめでたく彼氏ができてしまったら、今後こうやって愛原が絡んでくることも少なくなるのだろう。

 応援したいという前向きな気持ちと一緒に、胸の奥がキュッと冷えるのを感じた。

 少しだけ……本当に少しだけ、寂しい気持ちが込み上げてくる。



『お礼とか、どうすればいいですか?』

 

『お礼なんていらないよ。可愛い後輩のために一肌脱いだだけだから』


『か、可愛い……? それ、もう一回言ってください』


『メッセージのやりとりで"もう一回言って"って何?』


『い、いいから!』


『お礼なんていらないよ。可愛い後輩のために一肌脱いだだけだから』


『……絶対コピペしただけじゃないですか……』  


『え、ごめん。……って、これ俺が悪いの?』



 喜怒哀楽が分かりやすい愛原に、画面上でも振り回される。

 しかし、スマホの向こう側にいる彼女が今どんな顔をしているのか、簡単に想像できるのが可笑しくなって、誰もいない部屋で思わず口元が緩んでしまった。



『何はともあれ先輩、お礼はちゃんとさせてくださいね』


『まぁ、そこまで言ってくれるなら』


『あーんでいいですか?』


『いや、何を?』


『んー。賄い……とか?』


『俺らのバイト先、本屋だった記憶なんだけど』


『そ、それは盲点でした。じゃあ何かプレゼント用意しておくことにしますね』 


『貰えるならありがたくいただくよ。ありがと』



 正直、こんな小さな親切に見返りなんていらなかった。

 しかし、本人にとって少しでも心残りにならないよう、俺なんかに貸しなど作ってはいけない。彼女の恋が上手くいくためにも、だ。



『で、何時から何時まで?』


『17時から22時で!』


『了解』


 

 22時。それは締め作業も終わらせなければならない、シフト最後の時間。

 こりゃクリスマスも大忙しになるぞ……。


 

 小さな部屋で、エアコンだけがゴーと低い音を出している。

 それが暖かな風を送ってくれているのに、何故だかまだ、自分の指先はひんやりしたままだった。


  

 世話のかかる後輩だな……。

 そんな事を考えながら立ち上がり、休憩室のシフトボードを確認する。

 空いていた自分の25日のスペースに書き込んでいると、仕事を終えた友野が休憩室に入ってきた。



「お疲れさまでーす。先輩、いま愛ちゃんから連絡きて、聞きましたよ。やっぱり25日出てくれることになったんですね」


「あぁ、結局ね。愛原にも頼まれちゃったから」


「なるほど、先輩は愛ちゃんの頼みなら一役買ってくれる感じなんですね」


「いや、誰かさんみたいに怠けた理由じゃなさそうだったからね」

  

「なんですって? ま、私は代わってもらえてラッキーだから文句はないですけどね。ありがとうございます、先輩」


「え?なんで友野がお礼を? 俺は愛原とバイト代わってあげるんだけど」


「ん?なに言ってるんですか。それじゃ意味ないじゃないですか。先輩は私とバイト代わることになったんですよ」



 ……はい?

 改めて頭を巡らせるが、友野が言っていることはさっぱり分からない。



「どういうこと?」


「その日、愛ちゃんがバイト入るから、先輩もバイト入るんですよ」


「せっかくのクリスマスなのに?」


「せっかくのクリスマスだからです」



 俺はすぐに愛原とのやり取りを確認した。

 見てみるとたしかに、愛原は「バイト代わってください」なんて一言も言っていない。ただ俺が「バイトに入る」と言っているだけだ……。



「あ。あと先輩、シフト書き間違えてますよ? 働くのは、17時から21時までです」


「え、22時までって聞いてるんだけど」


「ふふ、そうですか。……きっと、そのアディショナルタイムが本番ってことですよ」



 友野は物憂げな目をしたまま、うっすらと口角を上げる。

 

 

「私のアシスト、無駄にしないでくださいね。ゴールはどっちが決めてもいいんですから。……ってまあ、サッカー知らないからよく分かんないですけど」



 彼女はそれだけ言い残し、荷物を持って休憩室を後にした。


  


 

 部屋の小窓から見える大通りに、綺麗な電飾が一斉に灯る。

 

 夕方よりも明るいその景色に目を奪われていると、手元のスマートフォンがまた小さく震え出す。

 そしてそれは外と同じ様に、暖かく、柔らかな光を放っていた。


 

『先輩、イルミネーションって興味ありますか……?』




──────────────



☆あとがき☆


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