第19話異世界転移したら記録装置でした
* * *
石造りの広間は、息を潜めたように静まり返っていた。
その中心に置かれた紅玉――アーカイブさん――だけが、 まるで心臓の鼓動のように淡い光を脈打たせていた。
「んじゃ、質問に答える前に……まずはお前さんたちの自己紹介してもらおうかな。初対面でいきなり核心に突っ込むのは、ほら、胃に悪いだろ? 俺、こう見えて繊細なんだわ。ガラス玉だけに」
紅玉の内部で光がくるりと回転する。
軽口なのに、広間の静けさに妙に響いた。
エルさんが一歩前に出る。
その足音が石床に吸い込まれるように小さく響いた。
「では、私から。 私は中央帝国の宮廷刻印士で学者をしている、エルネストと申します」
エルさんの声は落ち着いていて、
この冷たい空間に少しだけ温度を与えるようだった。
萬子さんが続く。
「加藤萬子、萬子でいいよ! 日本人です。」
アーカイブさんが「ほほう」と光を揺らす。
俺も軽く頭を下げる。
「羽牟ケイタ。同じく日本人です」
ネイさんが静かに前へ出る。
彼女の影が長く伸び、紅玉の光に淡く縁取られる。
「マエダ=ネイメイだ。神殿の外のシンジュクに住んでいる。こっちの獣人もシンジュクに住んでる、テラジマ=キャソだ」
キャソさんは胸を張って「グルルガン」と鳴いた。
その声は低く、広間に反響して消えていった。
アーカイブさんは紅玉を揺らし、茶化すように言った。
「宮廷刻印士様に日本人×2と、シンジュクから来たエルフと獣人……なんだその寄せ集めパーティ。ジャンル分けしたら“その他大勢”の棚に押し込まれるやつだぞ?」
アーカイブさんは満足したように光を落ち着かせた。
「よし。じゃあ本題いくか。ここからちょっと重い話になるから、覚悟しとけよ?」
紅玉の光が少し深く沈む。
広間の空気が、ゆっくりと張りつめていく。
「この姿になった話と関係があるんだがな……俺はあくまで“情報収集術式”の一部でしかねぇんだよ」
その言葉は、石壁に吸い込まれるように静かに響いた。
「確かに世界中の記憶が“選別”されてここに集まってくる。けどな、それを俺が自由にどうこうする権限は無いんだわ」
エルさんが一歩前に出る。
その動きに合わせて、紅玉の光がわずかに揺れた。
「誰が……何を目的にそんなことを。情報の選別は術者が行なっているのですか」
アーカイブさんはため息をつくように光を揺らした。
「神だ、と思うんだよな」
「神……?」
俺は思わず呟いた。
声が広間に小さく反響する。
「そう。俺はこの世界の神に選ばれて転移してきたらしいんだわ。“歴史の観測者になれ”“それを記録しろ”ってよ」
アーカイブさんの声は軽いのに、どこか遠い。
紅玉の内部で光がゆっくりと脈打つ。
「神を見たわけでも直接聞いたわけでもねぇけどな。転移してすぐ、そんな使命を漠然と持ってたんだよ。啓示……って言えばいいのかねぇ」
エルさんが静かに頷く。
「……神からの使命、とな」
アーカイブさんは少し光を弱め、懐かしむように語り始めた。
「生前……とでも言えばいいのか。俺は世界中を旅して回って、“シンジュク”を興して、記憶の神殿を作った」
萬子さんが小さく息を呑む。
ネイさんは目を瞬かせ、キャソさんは尻尾を揺らした。
「でな。死の間際か……意識に直接“契約”を持ちかけられたんだよ」
エルさんが眉を寄せる。
「契約……?」
「そうそう。『このまま死ぬか』『契約して情報収集装置としてこの世に留まるか』ってな。まぁ深く考えずにオッケーしちまったんだよ。今思えば、あれ完全に“利用規約読まずに同意する”のノリだったな」
萬子さんが「それはダメでしょ……」と苦笑する。
アーカイブさんは、どこか照れたように光を揺らした。
「気づいたらこの姿よ。便利っちゃ便利だけど、まぁ……不便も多いぜ?痒いところに手が届かないどころか、そもそも手がねぇしな」
重い空気が広間に落ちた。
石壁がその沈黙を吸い込み、さらに静けさが深まる。
アーカイブさんはその空気を察したのか、突然声を跳ねさせた。
「いやいやいや、ちょっと待てや。そんな重い空気、俺のガラス玉メンタルじゃ耐えられないんですけど?このままだとヒビ入るわ。物理的に。お前さんら、もうちょい優しく扱ってくれよ?」
萬子さんが吹き出し、俺も小さく笑った。
広間の空気が少しだけ緩む。
アーカイブさんは続ける。
「まぁでも安心しな。永遠に縛られるわけじゃねぇんだよ。辞めたい時に“成仏”できるみたいだからよ」
「成仏……」
俺は思わず呟いた。
「続ける才能も、自我が壊れる前に辞められる才能も、観測者の適正の内らしいぜ。……どっちも俺には自信ねぇけどな」
紅玉の光がゆっくりと揺れた。
「んで、お前さんたちは何を聞きたいんだ?せっかく来たんだ、なんか聞いとけよ。暇つぶしにもなるしな」
エルさんが一歩前に出る。
「では……“王の証”について、知っていることを教えて頂けないか」
アーカイブさんは一瞬だけ沈黙した。
紅玉の光が、微妙に揺れる。
「……あー、アレね。あれ。……おうのあかしね」
明らかに知らない反応だ。
それでも知ったかぶりを続ける。
「ほら、あれだろ? 王が証する……証の……アレだよ。うん、アレはな、すごいんだよ。とにかくすごい。“王の証”ってくらいだからな。そりゃもう証だよ、証。 語彙力? 今日は家に忘れてきたわ」
萬子さんがエルさんの袖を引き、小声で囁く。
「……エルさん、これ絶対知らないやつだよね」
エルさんは困ったように微笑むだけだった。
俺はそっと手を挙げた。
「アーカイブさん……もしかして、その……知らないんじゃ……」
紅玉がピタッと止まった。
広間の空気が一瞬だけ固まる。
「…………」
数秒の沈黙のあと、アーカイブさんは観念したように光を揺らした。
「……人族をまとめる為の、神からの贈り物だろう。残念だけどよ、それくらいしか知らないんだわ。いやマジで、俺のデータベースそこスッカスカなんだよ」
萬子さんが「そんな……」と呟く。
アーカイブさんは光を揺らし、ふと思い出したように言った。
「エルさんよ、今の中央皇帝は何代目だい?」
エルさんは姿勢を正し、静かに答える。
「23代目になります」
アーカイブさんの光がわずかに沈む。
「そっか……俺がこの姿になったのは、確か12代目くらいだな」
エルさんが目を細める。
「……二百年以上前ですね」
アーカイブさんは軽く笑うように光を揺らした。
「そう。つまりそれ以前の記録はないんだわ。仮に知ってても“検閲”にかかって話せないかもだけどな。いやホント、神様の情報統制エグいのよ。ブラック企業かよってレベル」
萬子さんが小さく息を呑む。
「そんな……」
アーカイブさんは光を落ち着かせ、低く呟いた。
「……でもな。思い当たる節はあるぜ」
紅玉の内部で光がゆっくり脈打つ。
何かを言いかけて、しかし言わない。
その“含み”だけが、広間の空気を静かに震わせた。
* * *
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