第16話門前の激闘
夜明け前、街はまだ眠りに沈んでいた。石畳を踏む音がやけに響く。俺たちは人目を避けるように、静かに門を抜けた。
冷たい空気が頬を刺し、森の影が遠くに黒く広がっている。昨日の話が頭から離れない――記憶の神殿。そこに何があるのか。
エルネストは本を抱え、歩きながら低く言った。
「……気を抜かないように。森は静かに見えて、何かが潜んでいる」
その声に、胸の奥がざわつく。
* * *
森を抜けると、視界の先に石造りの構造物が見えた。苔むした柱、崩れかけた門――記憶の神殿だ。
萬子さんが息を呑む。
「……あれが」
その瞬間、視界の端で何かが閃いた。
「萬子さん、下がって!」
叫ぶと同時に、地面に矢が突き刺さった。乾いた音が耳に残る。
森の影から二つの影が現れた。
一人は金髪のエルフ女。弓を構え、冷たい瞳がこちらを射抜く。
「ここから先は、進ませない」
声は淡々としていた。
もう一人は獣人――狼の頭に熊のような体格。片手斧を握り、低く唸る。
「グルル……グオオオ」
その声だけで、空気が重くなる。
萬子さんが一歩前に出て、必死に言葉を紡ぐ。
「待って! あたしたち、争うつもりはない。ここに来たのは――」
だが、エルフの瞳は揺れなかった。
「理由は関係ない。ここは何人も立ち入っていい場所じゃない」
埒があかない。エルネストが低く息を吐き、歩みを進める。
「……行くよ」
その瞬間、獣人が咆哮し、斧を振りかざして突進してきた。
「グルルルルガン!」
空気が裂ける音。だが、エルネストの本が開かれ、土の壁が瞬時に立ち上がった。
「――土よ、盾を描け!」
斧が壁にめり込み、火花が散る。
エルフの瞳がわずかに細められる。
「……高位の刻印士、か」
だが、彼女は弓を引き絞りながら冷たく言った。
「我々二人なら問題ない」
エルネストは笑みを浮かべ、静かに言った。
「お相手するのは私ではありません。萬子君、ケイタ君お願いします」
胸が跳ねた。
「……え?」
萬子さんが苦笑しながら拳を握る。
「やるしかないね」
* * *
矢が風を裂いて飛ぶ。一本、二本――いや、連射だ。俺は土壁を立てるが、風を纏った矢は壁を削り、鋭い音を立てて突き刺さった。
「くっ……!」
腕に衝撃が走る。防ぎきれない。視界の端で、エルフが淡々と弓を引き絞り、矢を放つたびに風が唸りを上げる。距離を詰めるどころか、一歩も動けない。
その横で、萬子さんが獣人と対峙していた。火を纏った斧が唸りを上げ、獣人の咆哮が森を震わせる。
「グオオオオ!」
斧が振り下ろされるたび、地面が砕け、土煙が爆ぜる。熱気が頬を焼き、肺に火が入ったような息苦しさが襲う。
「くっ……重いだけじゃない、速い!」
萬子さんは必死に身を翻し、斧の軌跡を紙一重でかわす。火の尾が髪を焦がし、視界が赤く染まる。
俺も萬子さんも、完全に押されていた。矢の嵐と火の猛攻――息をする暇もない。
そのとき、背後からエルネストの声が飛んだ。
「ケイタ君――よく見るんだ!」
その言葉が、胸の奥で何かを弾いた。
視界が一瞬、暗転したように感じた――次の瞬間、世界が変わった。
矢の軌道、風の流れ、エルフの指先のわずかな動き。
すべてが、線となり、未来へと伸びていく。
(……この感覚、知ってる)
FPSで集中している時――敵の動きが予測できて、視界の端までクリアになる、あの瞬間。
心臓の鼓動がゆっくりになり、時間が伸びたように感じる。
だが、身体は軽い。反応が遅れない。むしろ、先に動ける。
「……見える」
水弾を放つタイミングが、完璧に合う。矢が逸れ、土壁は最小限で展開され、衝撃を受け流す。
一歩、踏み込む。矢が来る前に、もう避けている。
未来を予測するような動き――いや、予測じゃない。確信だ。
エルフの瞳が揺れた。
「当たらない……?」
彼女が低く呟いた。
「……仕方ないわ」
次の瞬間、空気が震えた。
風が渦を巻き、森の木々がしなる。落ち葉が舞い上がり、視界が緑と白の渦に染まる。
エルフの足元に風の紋様が浮かび、淡い光が広がった。
「――風よ、私を抱け」
轟音とともに、彼女の身体が宙へと舞い上がる。
髪が金の弧を描き、ローブが翻る。まるで風そのものが彼女を抱き上げたかのようだった。
高さは木々の頂を越え、光を受けて弓が煌めく。
その弓に刻まれた紋様が脈打ち、矢が次々と生成される。
「終わりよ」
空中から、矢の嵐が降り注いだ。
一本一本が風を纏い、鋭い音を立てて迫る。
森が悲鳴を上げるように枝が裂け、地面が抉れる。
圧倒的な攻撃――まさに切り札。
だが、ケイタの視線は冷静だった。
(全部、見える……FPSでヘッドショットを決める時みたいに)
水弾で矢を弾き、土の突起で足場を作り、宙を舞う矢の嵐を抜ける。
「信じられない……」エルフの声がかすれた。
* * *
萬子は火の熱気に包まれながら、獣人の猛攻をかわしていた。
斧が振り下ろされるたび、地面が砕け、衝撃波が足元を揺らす。
「やばっ……!」
斧の猛追を飛び退きかわしエルネスト前に着地する
エルネストは静かに萬子に呼びかける
「萬子君――力じゃなく、流れを読むんだ」
その落ち着いた言葉が萬子に冷静さを取り戻せさせる。
(流れ……?)
視線を肩に移す。
右肩が沈む――縦斬り。左肩が上がる――横薙ぎ。
(そうか……癖だ!)
獣人が吠え、火を纏った斧を振り下ろす。
「グルルルガン!」
萬子は火の刻印で拳を強化し、踏み込んだ。
肩の動き――予兆を捉えた。
「今だ!」
拳に火を纏わせ、全力で打ち込む。
「――やあっ!」
轟音が森を裂き、火が爆ぜる。鉄が悲鳴を上げ、斧が粉砕された。
獣人の目が見開かれる。
「グルル……!」
萬子は息を吐き、低く笑った。
「次は素手でどう?」
獣人が吠え、火を纏った拳を振り上げる。萬子も構えを取り、踏み込む。
拳と拳がぶつかり、衝撃波が森を震わせた。木々が軋み、葉が吹き飛ぶ。
「グオオオオ!」
「負けない!」
拳と拳がぶつかるたび、火が弾け、熱風が森を焼く。
萬子の視線は獣人に揺るぎなく向けられていた。
* * *
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