第10話旅立ちの支度
* * *
朝の光が帝国の石造りの回廊を淡く照らしていた。昨日までの緊張が少し和らいだ空気の中、俺と萬子さんは侍女に案内され、広間を抜けて奥へと進む。足音が響くたび、壁に刻まれた古代文字が影を落とす。
(……旅立ち、か)
宰相の言葉がまだ胸に残っている。シンジュク、記憶の神殿、王の証。どれも現実味がないのに、確かに俺たちはそこへ向かう準備をしている。
案内されたのは、装備室だった。重厚な扉が開くと、異世界の匂いが一気に広がる。革と金属、薬草の香りが混ざり合い、どこか懐かしいような、でも異質な空気。壁には剣や槍が整然と並び、棚にはローブや防具が積まれている。
その中央に、エルネストが立っていた。黒いローブに銀縁の眼鏡、腕には分厚い本を抱えている。まるでこの空間そのものが彼の研究室みたいだ。
「お待ちしていましたよ、ケイタ君、萬子君」
柔らかな声に、学者らしい落ち着きがある。けれど、その目は好奇心で輝いていた。俺は思わず背筋を伸ばす。
「旅立ちの準備を整えましょう。まずは装備です」
エルネストが指を鳴らすと、侍女たちが奥から二つの装備を運んできた。
一つは、萬子さん用の軽装。深い緋色の上衣に、肩と胸に異世界金属の薄いプレートが組み込まれている。脚部は柔軟な革で、動きを妨げない。全体に刻印模様が走り、光を受けて淡く輝いていた。
「萬子君、その装備は君の動きを妨げないように設計しました。肩と胸の補強は最低限ですが、刻印による防御効果を付与しています」
萬子さんが腕を通し、軽く動いてみせる。布地がしなやかに揺れ、金属部分が光を反射する。
「うん、すごく軽い!これなら蹴りも問題なさそうだね」
笑顔で言う萬子さんは、どこか楽しそうだ。俺はその姿を見て、ちょっと羨ましくなる。萬子さんはやっぱり似合ってる。武道家らしい雰囲気が、異世界の装備でさらに際立っていた。
次に、俺の装備が運ばれる。淡い灰青色のローブ。布地には細かな刻印模様が織り込まれ、光を受けると微かに揺らめく。袖口は広く、動きやすい。
「これは属性防御効果を持っています。弱いものですが、火や水の刻印攻撃を受けた際、衝撃を軽減するでしょう」
エルネストがローブを広げ、丁寧に説明する。その手には、一本の杖も握られていた。
「そして、これが杖です」
杖は黒檀のような深い色をしていて、先端には透明な結晶が埋め込まれている。結晶の中で淡い光が揺れ、まるで呼吸しているみたいだった。俺は思わず見入ってしまう。
「ケイタ君、刻印は意識や想像力で威力が変わるのは、身をもって体験したでしょう?」
昨日の修練場の記憶が蘇る。炎が暴れ、風が巻き、俺の想像が力に変わった瞬間。胸の奥が少し熱くなる。
「意識や想像を補助するために、特定の武器や道具を使う人も少なくありません。私は本を常に持っているのは、刻印発動時に本を開き構えることで起点にしているからです。本がなくても発動できますが、体感で三割は威力が変わると思います」
エルネストが腕に抱えた分厚い本を軽く持ち上げる。革表紙に古代文字が刻まれ、使い込まれた跡がある。
「昨晩、元の世界で何を愛用していたのか聞いてきたのは、そのため?」俺は尋ねた。
エルネストが笑みを浮かべた。
「ええ、ケイタ君。まうす?やきーぼーど?……面白い言葉でしたが、こちらにはありませんので、君が持つ魔術師の印象で杖を用意しました」
「……まあ、確かに魔法使いって杖だよな」
俺は杖を握り、重さを確かめる。手に馴染む感覚がある。結晶が淡く光り、心臓の鼓動と同じリズムで揺れている気がした。
(……これが、俺の武器か)
* * *
装備を整え、荷をまとめる。帝国の朝は静かで、遠くで鐘の音が響いていた。窓の外には山脈が連なり、その向こうにシンジュクがある。
(……異世界の旅が始まるんだな)
胸の奥で、不安と期待が入り混じる。数日前まで普通の中学生だった俺が、今は杖を握り、異世界のローブを着ている。
萬子さんが隣で笑った。
「よし、行こうよ!なんだかワクワクしてきたね」
俺は小さく息を吐き、頷いた。
「……ああ、そうだな」
* * *
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