第三章
12月21日(金)#1
恒一は困惑していた。友人である直人を殺害した罪で警察に逮捕され、自らが犯人であることを認めていた。重苦しい、それでいてどこか肩の重荷のなくなったような気持ちでいたところ、唐突に釈放されたのだ。取り調べを行なっていた黒川という刑事に説明を求めたが、詳しいことは話せないの一点張りで何も聞くことはできなかった。言われたのは翌日、つまり今日、もう一度警察署に来いということだけだった。結局、警察署で解放され家に戻ったものの、昨夜は状況が飲み込めずうまく寝付けなかった。
**********
「おはようございます、佐伯さん」
黒川は怪訝な表情を隠すこともせず警察署にやってきた佐伯に声をかけた。
「…おはようございます」
「ひとまずこちらにいらしてください。昨日お話しできなかったことも含めて説明させてもらいます。その上で佐伯さんからも色々とお話を伺うことになります。」
薫とともに佐伯を連れて会議室の一つへと移動する。佐伯の表情にはまだ困惑の色が残っている。
「結論から申しますと、佐伯さん、あなたは三浦さん殺害の犯人ではないと考えられています」
佐伯の困惑の表情がさらに色濃くなる。
「えっと、話がよく分かりません。僕が直人を押し倒したことはお話した通りですし、僕はあいつを殺してしまったことを認めているつもりです」
「混乱はもっともですが、落ち着いてよく思い出しながら質問に答えてください。あなたはなぜ三浦さんがなくなったと思われたのですか?」
「それは、頭を打った直人が動かなくなって、揺さぶっても声をかけても動かなくなって…」
「呼吸や脈は確認されましたか?」
「…動転していたので、確認しなかったと思います」
「もう一つとても大事な質問です。三浦さんが頭をぶつけたのはどこでしたか?」
「どこって、それは、テーブルの近くの床です。そんなの聞くまでもないじゃないですか」
「結構です。これは捜査中の情報ですので他言は無用に願いますが、三浦さんの死因はテーブルの角に頭をぶつけたことです。床ではありません」
「そんな、でも…」
「佐伯さん、あなたが三浦さんを押し倒し彼の意識を喪失させたことは事実だと思います。しかし、その時点では彼は転倒の衝撃で意識を失っていただけで、命に別状はなかったものと思われます。彼の命を奪った犯人は別にいます」
佐伯は驚きの表情をあらわにし何かを言おうと口を動かすが、言葉になって出てくるものはなかった。驚きのあまり声の出し方を忘れたかのようだった。
「そんな訳ですので、我々は三浦さんを殺害した真の犯人を探す必要があります。それにあたって、あなたが現場を去った際の状況と我々が捜査にあたって目にした現場の状況の間の違いが重要な証拠になります。犯人確保のための捜査にご協力いただけますね。」
浅い呼吸を繰り返していた佐伯だったが、少しずつ状況が飲み込めてきたらしい。段々と呼吸が落ち着いてきたようだ。
「突然の話で理解するのに時間が必要だと思います。少しこちらで休憩していただいて結構ですので、落ち着いてから捜査のための話をさせてもらいます」
椅子に腰掛け、頭を抱えてしまった佐伯を一人残し、薫を連れ立った黒川は部屋を出た。
**********
「佐伯の証言を踏まえて、ここまでの情報をまとめました」
ホワイトボードを前に薫が口を開いた。
「コンビニで買い物をした佐伯は被害者宅を訪問。被害者と酒を飲み、酔ったところで口論になり、被害者を押し倒しています。それにより被害者は頭部を床に打ちつけ意識を失いました。しかし、遺体の頭部には複数の傷があり、この傷は致命傷ではない可能性があります。意識を失った被害者を見て動転した佐伯は部屋を散らかす、窓を開けると言った隠蔽工作を行い部屋を出ました。ここまでが、事件当日の午前中から昼頃の動きです。佐伯の証言と現場の様子には食い違いがあり、彼の犯行とすると説明がつかない部分が残されています」
薫が一息つく。
「午後についてわかっていることは少ないですが、頭部の2つの外傷と隣室の神谷さんの証言から、佐伯が去ったあとの夕方に何らかの出来事が起きた可能性が考えられます」
そこまでいって薫は口を閉じた。
「ありがとう。現場の整理としてはこんなところだろう。現状残されている証拠は少ないということだよな」
「はい。強いて言えば、被害者以外の生活指紋が残されていましたが、今のところ誰のものかは明らかになっていません。現場周辺での聞き込みでも怪しい人物の目撃証言などは得られていません」
黒川と薫の間に沈黙が訪れた。一度はあっけなく解決したと思われた事件だったが、佐伯が犯人ではないと明らかになった今、あまりに頼りになる証拠が少ない状況であった。強いて言えば–––––
「これについてもう一度確認に行こう」
黒川の差し出すファイルを見て、薫は軽く目を開いたあと頷きを返した。
「了解です」
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