第一章
12月17日(月)
三浦直人の遺体が発見されたアパートには多くの警察官が集まっていた。黒川俊介もその1人だ。野次馬をかき分け、立ち入り禁止のテープをくぐり、散らかった衣服をまたいでようやく現場に辿り着く。
「お疲れ様です」
馴染みの鑑識、高橋治郎とコンビを組んでいる後輩、一ノ瀬薫から声をかけられる。
「被害者は三浦直人27歳。死因は頭部の外傷と見られます」
なるほど。確かに頭には深い傷が見られる。他殺が疑われるために自分達も呼ばれているが、この様子では事故の可能性もあるだろう。酒に酔い、脱ぎ捨てた衣服に足を取られて転倒し、頭をぶつけて死亡。若くしてかわいそうではあるが、ない話でもあるまい。
「隣人が物音を耳にしているので昨日まで生きていたことは確かですが、死亡推定時刻は不明です。窓が開いていて部屋が冷え込んだので、昨日亡くなったということ以上はわからないでしょうね。今朝連絡がつかないということで、職場から通報があり遺体で発見されました」
薫が補足してくれる。
「そうか。それで隣人というのは?」
「左隣は空室で、右の部屋に神谷悠真という男性が住んでいます。話が聞けるように待ってもらっていますが、会いますか?」
「よし。それじゃあ、そこから始めようか」
**********
「…こんにちは」
ドアの隙間から顔を出した神谷は被害者と年齢の近い、どこか暗い印象の青年だった。
「お隣の三浦さんについて伺いたいんですが、面識はおありでしたか?」
「隣に住んでいましたから、顔を合わせたり多少の世間話をすることはありました。親しかったというわけでは」
「昨日、物音を耳にされたということで、何時ごろのことか覚えていらっしゃいますか?」
「夕方だったと思います。時間は覚えていません。昨日はダラダラしていたので、お隣さんも部屋にいるなと」
「そうですか。誰かと争ったり転倒したりといった大きな音は聞かれていませんか?」
「記憶にないですね。さっきも言った通り、昨日は部屋でのんびりしていて、うとうともしていたので」
「ありがとうございます。また何かお伺いするかもしれませんが、よろしくお願いします」
軽い会釈だけして神谷は早々にドアを閉めてしまった。あまり自分達とは関わりたくないらしい。無理もない反応だ。
しかし、残念ながら大したことは分からなかった。被害者について地道に証言を集めていくしかなさそうだ。
「さて、次はどこに行こうか」
「通報をした被害者の勤め先がすぐ近くですよ」
**********
「どうもご苦労様です」
三浦の会社の上司、一条誠だ。
「この度はご愁傷様です。今朝通報なさったのは一条さんですか?」
「私です。無断欠勤などするタイプではないのに、三浦くんと連絡が付かなくて。まさかこんなことになるとは」
額に汗を滲ませながら困惑した表情を浮かべている。いきなり部下が亡くなったと知らされたのだ、仕方のないことだろう。
「三浦さんについて、何かトラブルを抱えていたり、他人と揉めていたりという話を聞いたことはありますか?」
「聞いたことがないです。几帳面で気が良くて周りから好かれていました。仕事もよくやってくれていました」
「なるほど。家族や親しい友人について聞いたことはありますか?」
「両親は亡くなっていると聞いています。母親が数年前でしたかね。友人と言えば、そこにいる佐伯くんが仲良くしていましたよ。佐伯くん、ちょっと」
一条の招きに応じて、背の高い青年がやってくる。
「三浦くんの同僚の佐伯くんです」
「佐伯恒一です」
「佐伯さんですね。警察の黒川です。三浦さんと親しくされていたとか?」
佐伯が頷く。
「はい。そこそこ仲良くしていたと思います。仕事終わりに飲みに行ったり、お互いの家に行ったこともありました」
「三浦さんから困り事を相談されたことなどはありませんか?」
「特になかったです。あまり揉め事を起こすようなやつではなかったですよ。多分誰に聞いてもそういうんじゃないかな」
「そうですか。ちなみに昨日の午後はどちらにいらっしゃいましたか?」
「昨日はショッピングモールまで買い物に出かけていました。夕飯まで済ませて暗くなってから帰りました」
「ありがとうございます。一条さんもありがとうございました。またお話をお伺いするかもしれませんが、そのときはよろしくお願いします」
**********
「被害者が良い人だったということくらいしか分からなかったな。強いて言えば几帳面という評判の割に部屋が散らかっていたくらいか」
「外ではしっかりして見えて家ではだらしないというのは、珍しい話じゃないんじゃないですか。被害者は27ですし。この後はどうしますか?」
そう言えば彼女も仕事が忙しく部屋の掃除が出来ないと嘆いていたことを思い出す。若者のありふれた悩みなのだろうか。
「今日は戻って鑑識の報告を聞こう。あとは明日だな」
**********
「黒川さん、一ノ瀬さん、お疲れ様です」
「高橋さん、お疲れ様。鑑識の方ではどうですか?」
「犯人につながる直接的な証拠は出てないですね。現場からは被害者以外の指紋も出ましたが、いずれも生活感のあるもので、日常的なものです。ただ少し気になるところがありました」
「と言うと?」
「死因の頭部の傷ですが、1つではなくて2つ重なってあるんです。1つは血のついていたテーブルの角のものと思われますが、その他に平たいものによる跡がありました」
「傷が2つ?それは確かに妙ですね」
「そうだな。となると他殺の線が濃厚か」
「そうかもしれません。とりあえず鑑識でめぼしいところはそのくらいです」
薫と顔を見合わせて唸ってしまう。聞き込みでも有力な情報はなし。鑑識でも妙な話が出てくるだけ。滑り出しは好調とは行かなそうだ。
「ともかく、今日は終わりだな。明日は被害者の交流関係をさらに確認しつつ、現場周辺の監視カメラや目撃情報を調べよう」
「さっき聞いた一条さんのアリバイはどうしますか?」
「それもあったな。明日は別行動にしよう。ショッピングモールの方は一ノ瀬が確認しておいてくれ」
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