埋めたのは伝説のペアリング

烏川 ハル

埋めたのは伝説のペアリング

   

 電車を降りて改札口をくぐると、頭上に広がっていたのは、入道雲が浮かぶ夏空。

 これは見慣れた光景だが、少し視線を下げれば、馴染みのないビルが建ち並んでいた。バス停も増設されて、ちょっとしたバスターミナルっぽい雰囲気になっている。

「すっかり様変さまがわりしたのね、この駅前広場も……」

 しみじみとした言葉が、自然に口から漏れる。

 十数年ぶりに訪れた、故郷の街だった。


 東京の郊外で生まれ育った私は、関西の女子大へ進学。卒業後も関西圏の企業に就職したため、ずっと関東から離れて暮らしていた。

 一時的に、夏休みや年末年始などは帰省していたが、私が働き始めた翌年、実家も引っ越してしまう。父の大きな転勤で、信州へと移ったのだ。

 だから、その後は実家へ帰っても帰省という感じがしないし、生まれ故郷を訪れる機会もなくなり……。

 今回、東京まで出張に来たついでに、ようやく久しぶりに、生まれ育った街まで足を延ばしたのだ。

   

――――――――――――

   

「うわあ、ここは変わらないなあ!」

 駅から歩いて十数分。

 赤茶色の建物を見上げながら、私は思わず微笑んでいた。


 赤レンガの外壁が特徴的な、重厚な雰囲気の五階建て。このファミリー向けマンションの302号室が、私の生まれ育った家だった。

 玄関から入ると廊下があって、左側にはトイレや浴室など、水回りの設備がまとめられている。廊下の右側は和室で、うちでは子供部屋、つまり私の部屋として使っていた。

 廊下の先には、リビングと一帯となった広いダイニングキッチン。その右側にある洋室が、両親の寝室だった。

 今でも目を閉じれば、それら室内の光景が鮮明に浮かんでくる。私は少しの間、マンションの前で立ちすくんでいたが……。


「あら、いけない。これじゃ私、不審者みたいね」

 今現在、知り合いが入居しているわけではないのだから、もはや私は無関係な人間。ここで立ち止まっていることに、正当な理由はなかった。

 恥ずかしさを覚えた私は、きょろきょろと周囲を見回して、誰にも見られていないのを確認。それから再び歩き出すのだった。

   

――――――――――――

   

「あっ! 家が建ってる……」

 懐かしいマンションから徒歩数分。

 青い屋根の一軒家を前にして、私は少しの間、呆然としてしまう。


 そこは、小さい頃によく遊んでいた場所。当時は何もない、だだっ広い空き地だった。

 小学校低学年の頃には、本当に毎日のように、ここに集まって遊んでいた。高学年になると、もっと良い場所を見つけて、ここへはあまり来なくなったが……。

 それでも、小学校の卒業式の日。いつもの仲間たちで久しぶりに、この空き地へ集まり、30センチくらいの四角い金属缶を一つ埋めた。

 それぞれ一品ずつ持ち寄ったのが缶の中身で、「大人になったら掘り返そう」という約束。いわゆるタイムカプセルだった。


「でも、その上に家が建っちゃって……。あの缶、それじゃ今でも土の中かしら?」

 ふと呟いてみるが、そもそも自分が何を入れたのかすら覚えていない。

 その程度の思い入れしかないタイムカプセルだった。

 むしろ、他人が入れた物の方が記憶に残っている。


 例えば、幼稚園から一緒だった高梨くんは、小さな銀色の輪っかを入れていた。

 おそらくオモチャの指輪だったのだろう。同じ物を二つ持参してきて、片方は自分の指にはめたままで、もう片方の一つだけを缶の中へ。

「高梨、それ……。埋めるのは二つのうち一つだけ?」

 と、藤山くんからツッコミを受けていた。

「うん、一つは僕が持ってないと……。なにしろ伝説のペアリングだからね!」

「伝説のペアリング……?」

「そう! このペアリングを指にはめた同士が結ばれる、って伝説。ほら、ゲームや漫画に出てくる『伝説の何々の木』みたいで、面白そうな話だろ?」

「へえ……」

 少し感心した様子で、藤山くんがさらに話を掘り下げる。

「……それ、どこから聞いてきた話だ? 誰が言い出したんだろ、そんな伝説」

「俺が言い出した。俺発祥の伝説だぜ」

「お前かよ!」

 大袈裟にズッコケる藤山くん。周りで他の男の子たちも「そういうのは伝説って言わない」とか「ただの作り話」とか、みんなで高梨くんにツッコミを入れている。

 男の子たちから少し離れて、私の隣では親友の典子ちゃんが「いいなあ」と小声で呟いていた。

 ずっと密かに、高梨くんに憧れていた典子ちゃん。だから「高梨くんと結ばれるペアリングがあるならば、埋めるなんて勿体ないことはせず、むしろ自分が貰いたい」とでも思っていたのだろう。

 ちなみに、そんな典子ちゃんがタイムカプセルに入れたのは、未来の自分宛の手紙で……。

   

――――――――――――

   

「津田さん……? 津田さんだろ!? 懐かしいなあ、おい!」

 回想にひたっていた私は、名前を呼ばれてハッとする。

 そちらに顔を向けると、小さな女の子の手を引く男性が一人。あまり余所行よそゆきの格好には見えないし、おそらくは近所を散歩中の親子連れだろう。

 父親の方は、かなり頭が薄くなっているけれど、でも顔立ちには見覚えがあるような……。


「もしかして、高梨くん?」

 ちょうど今の今まで思い浮かべていた男の子。その名前を口にすると、彼はニンマリと笑みを浮かべながら、大きく頷いた。

「そう、久しぶりだな! だけど『もしかして』って、意外そうな言い方……。俺んち訪ねてきた、ってわけじゃないのか?」

「うん、ここ通りかかったのは偶然……。えっ、今『俺んち』って?」

 驚きながら、改めて目の前の一軒家に視線を向ける。門の表札には「高梨」でなく「中西」と刻まれていた。

「まあ、俺んちって言っても、正確には嫁さんの両親の家だけどな。俺、義理の両親と同居してるから」

「ああ、なるほど……」

 苦笑する高梨くんに対して、私は軽く頷いてみせる。


 高梨くんの子供は大人しそうな娘さんで、私たちが話している間、黙って待っていた。

 娘に時々微笑みを向けながら、高梨くんは立ち話を続ける。

「それより津田さん、覚えてるかい? ここって、ちょうど俺たちが昔遊んだ空き地の場所で……」

「うん、覚えてるよ。そこに今住んでるなんて、凄い偶然ね」

「ああ、それがさ。ほら、俺たちが埋めたタイムカプセル。あれがきっかけになったみたいで……」

   

――――――――――――

   

 購入した土地に、新しく家を建てようとした家族。

 基礎工事のために地面を掘り返したところ、金属製の缶が出てきた。工事の人たちは一応、施主せしゅである一家にそれを届ける。

 開けてみると、入っていたのはガラクタや子供のオモチャのたぐい。元々は空き地だったらしいから、そこで遊んでいた子供たちが埋めたのだろうと推測できた。

 可能ならばその子供たちに返したいが、しかし彼らを探すのは難しい。呼びかけたところで、名乗り出るはずもない。

 そもそも「空き地で遊んでいた」と言えば聞こえは良いが、その土地の所有者の許可なく入り込んでいたならば、それはれっきとした不法侵入だからだ。


 とりあえず自分たちで保管しておこう。

 そのつもりだったけれど、その一家の娘さんが、缶の中身の一つを気に入った。既に小さな子供ではなく、大学に通うような年頃だったのに、銀色のオモチャの指輪を妙に欲しがったのだ。

 結局「持ち主を見つけて、返却するまでの間」ということで使い始めて、大学の授業にも、その指輪を付けたまま出席。

 すると、たまたま隣に座った男の子が、全く同じリングを指にはめていて……。

   

――――――――――――

   

「それが縁で、彼女と知り合ってね。意気投合するうちに、付き合い始めて……」

 いている方の手で軽く頭をかきながら、高梨くんは経緯を語っていく。

「……こうして結婚に至ったわけさ。なんだか面白い偶然だろ?」


「偶然どころか、もっと凄い話ね。だって……」

 このペアリングを指にはめた同士が結ばれる。

 まさに高梨くんが言っていた伝説の通りではないか

 しかもその伝説は、別に深いいわれがあるわけでもなく、ただ彼が言い出したものに過ぎないのだから……

「……冗談だったペアリングの伝説が、現実になったんですもの!」


「冗談? 伝説? 何の話だ?」

 高梨くんは首をかしげている

 どうやら当の本人は、すっかり忘れているらしい。

「津田さんの言ってること、よくわからないけど……。それより、津田さんのぬいぐるみも保管してあるからさ、今度渡すよ。ほら、津田さんがタイムカプセルに入れた……。あれ? 覚えてないの?」




(「埋めたのは伝説のペアリング」完)

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

埋めたのは伝説のペアリング 烏川 ハル @haru_karasugawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画