コミック書評:『オール・ナイト・イセカイ』(1000夜連続28夜目)

sue1000

『オール・ナイト・イセカイ』

異世界転生という王道の枠組みを取りながら、そこに「ラジオ文化」という突飛かつノスタルジックな要素を混ぜ込んだマンガが現れた。

主人公のユウマはどこにでもいる普通の大学生だったが、異世界転生してしまう。そして彼が得たスキルは「剣術」でも「魔法」でもなく、よりによって「AM放送」という謎の能力だった。剣を振るうことも魔法を放つこともできない彼は、仕方なく毎夜ひとりで「ラジオごっこ」を始める。適当なおしゃべりや思いつきの企画を垂れ流すだけのつもりだったが、その電波は魔素子を体内に宿す魔族やモンスターたちに"だけ"しっかり届いてしまっていた。そして彼らはその放送を崇め始め、魔王ですらユウマを“伝説の魔人”と恐れることとなる。本人が知らぬままに世界が動き出してしまうという、この設定こそが本作のコメディ性の源泉だ。


ユウマの放送が生んだ混乱は、例えばこんなエピソードだ。たとえば「真夏の怪談スペシャルの会」。彼が軽い気持ちで語った怪談話は、魔族側では「人類側のスパイ情報」として受けとられ、国境付近が一夜にして厳戒態勢に。また「リスナー投稿ごっこ」の回では、ユウマが自作自演で“ラジオネーム”を読み上げるが、実際に“黒炎のコボルト”なる魔物が魔族達のあいだで一躍英雄になってしまう。投稿文化が現実に顕現する仕掛けは、深夜ラジオのノリを知る者なら思わずニヤリとするだろう。さらに「オールナイト選挙演説」の回では、冗談半分で「オレが王様になったら」と語った一言が波紋を呼び、結果、人間界と魔族界双方から“次の指導者候補”として担ぎ上げられてしまう。ラジオのおしゃべりが生む、この無責任さと現実感のズレが実に愉快だ。


本作の魅力は、日本のラジオ文化を異世界へと持ち込んでいる点にある。深夜、誰とも知れないリスナーに向けて言葉を投げかける一方的な営み。実際に顔を合わせたことがないのに、リスナー同士にも不思議な一体感が生まれる感覚。『オールナイトニッポン』を思わせる匿名性と親密さの同居が、ここでは人間と魔族という絶対的な壁をも越えてしまう。つまり、ユウマの放送は「声が共同体を生み出す」瞬間を、笑いを通じて描いているのだ。


さらに特筆すべきは、ユウマの言葉が持つ“ゆるさ”と“影響力”の二重性である。彼にとっては気晴らしの放送に過ぎない。だが受信者たちはそれを真剣に受け止め、現実の行動に移してしまう。かつてラジオリスナーがパーソナリティの一言で進路や恋を決めたように、魔族たちもAM放送の一声で戦略を変え、運命を狂わされる。笑いながらも、メディアが持つ力と責任を風刺する構造になっている点も見逃せない。


『オール・ナイト・イセカイ』は、異世界転生ものが氾濫する中にあって、「ラジオ」という文化装置を軸に据えた唯一無二の作品だ。魔族が熱心なヘビーリスナーになるこの異世界電波劇。

かつて深夜にイヤホン越しで声に救われた経験を持つ読者なら、ユウマの放送に懐かしさと笑いを同時に覚えるはずだ。笑いと郷愁、そしてほんの少しの風刺が混ざり合う一冊である。








というマンガが存在するテイで書評を書いてみた。

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