卵生誕生したオレの姉

楠本恵士

卵から姉が誕生

 国家の生殖繁殖実験施設──そこに呼ばれたオレとオレの家族は、強化ガラスの向こう側にある。

 透過光の中に手足を丸めた胎児姿勢の人間の影が見える、等身の卵を見つめた。


 ヘソの緒が繋がった影が動くのがわかった。

 オレの姉を作っている・・・・・・・科学者の一人が言った。

「もうすぐ、誕生します……時間がかかりましたが、これで家族が一人増えます」

 母も父も妹も、そしてオレも少し複雑な表情で姉が入っている『卵』を眺める。

(これが、政府の少子化対策の卵生人間計画……か)


 西暦20XX年──日本人の出生率は、最低を更新した。

 国内には海外からの移住者で溢れ、国の労働力は移住者でなんとか保っていた。

 国会議員も、海外移住者の二世・三世が当たり前の世の中……大概の職種はAIに取って代わられ。

 純血種の日本人は稀有な存在で、国から保護されている時代──オレたち家族は労働も税金も免除されて、保護地区内の住居で動物園の動物のように、観察されている。


 父がいった。

「それにしても、時代が変わったな……まさか、日本人が絶滅危惧種のレッドリストに登録されるなんて」

 続けて母が言った。

「本当ですよ、日本人の昭和九十年代の、平均家族を再現するモデル家庭として生きていくだけで、一生涯保障されるなんて……夢のような幸せですよ」


 昭和・平成・令和・光文のそれぞれの時代の日本人の生活を再現した家で、希少な純血種の日本人たちは保護区の中で生きている……昼夜を問わず監視されているコトも、慣れてしまえばどうってコトはない。


 妹が言った。

「お兄ちゃん、あたしがトイレやお風呂に入っている時も、監視されて記録されているんだよね……プライバシーなんて、日本人に無いよね」

「そうだな……慣れれば平気だな、自分の部屋でナニをしていても」


 動物園の動物にプライバシーなんて無い、オレたち純血種の日本人は見世物だった。


 科学者が言った。

「生まれますよ……お姉さんが」

 コードが付いている卵にヒビが走り、割れた殻の中から白い女の腕が現れた。

 続いて粘膜に包まれた、裸の女の頭と肩が現れた。

「姉ちゃんが生まれようとしている」


 政府は純血種の日本人を繁殖させる研究の一つとして、卵生人間の実験に着手した。

 オレの父と母は、オレと妹が生まれる前に、志願して細胞を提供して日本人の卵第一号を作った。

 段々と殻が割れて現れてくる、粘膜で濡れた裸の女体を眺めて父が呟く声が聞こえた。


「予想外に時間がかかってしまったな……まさか、長男と次女が胎生で先に生まれてしまうなんて」

 卵生人間の誕生には時間を有した、国家予算をムダにできなかった事情もあって、慎重に人間の卵は作られた……その結果、オレや妹が先に誕生してしまうという、奇妙な現象が起こってしまった。


 卵が半分ほど割れて、蠢いていた裸の姉が粘液と一緒に殻の外に滑り出てきた。

 誕生した姉の第一声が、スピーカーを通して聞こえてきた。

「あぅぅ……あぅぅ」


 姉の誕生だった。

 誕生した姉に近づいた外国人の科学者たちが、姉のヘソの緒を切断して、粘液にまみれた姉の体をタオルで拭き取る。

 妹が興奮した口調で言った。

「家族が増えた……あたしに、お姉ちゃんができた!」

 生まれたばかりの姉は、惚けた表情でガラス越しのオレたち家族を眺めた。


  ♡♡♡♡♡♡


 数日後──睡眠学習で日本人の知識を得た、姉が裸でオレの部屋に来て言った。

「外……散歩して……くる」

 姉は生まれたばかりのヒヨコと同じで、衣服を着るコトはまだ覚えていない。

 少しづつ、姉としての自覚を植え付けていかないと。

「姉……散歩してくる」


 姉は刷り込み効果で、オレを親だと思い込んでしまったようだ……裸で階段を降りて、玄関のドアを開けて外に出た姉を、オレは下着と衣服を持って追った。

「姉ちゃん! 服、服!」


   ~おわり~ 

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