サイドストーリー 「もう一度、DMが届く日」

あまいこしあん

サイドストーリー 「もう一度、DMが届く日」

撃たれたはずの背中に、痛みはなかった。


男が目を覚ましたのは、薄暗い部屋。

スマホの画面が光る。


──通知1件。


見覚えのある文面だった。


「ひとりでいるのがこわいんです」


指が震えた。

忘れようとしても忘れられなかった地獄の記憶が、はっきりと残っている。


Velvet Moon。

留置所。

ニュース。

血の匂い。


(……戻ってる)


男は、深く息を吸った。


今回は、同じ過ちは繰り返さない。


男はDMに返信した。

だが、前の世界線よりも慎重に、距離を守る言葉を選んだ。


「君の話を聞くことはできる。でも、守るために動くよ」


少女は、少し驚いたように既読をつけた。


やり取りの中で、少女はぽつりと昔の話をした。


小学校低学年のころ。

友達同士で将来の話をしていたとき。


「わたし、オトナの男の人と結婚したい」


背伸びした言葉。

守ってほしかっただけの、幼い願い。


男の胸が締めつけられた。


(あのとき欲しかったのは、恋人じゃない。

 “逃げ場所”だったんだ)


彼氏から殴られる夜。

男は、交番へ行くルートを何度も頭でなぞった。


逃げればいい。

警察に預ければいい。


だが、留置所の記憶が蘇る。

制度の隙間で、彼女が壊れていった未来。


男は選んだ。


逃がすだけではなく、居場所を作ることを。


男は彼氏の前に立ち、初めて声を荒げた。


「この子に手を出すな」


殴られる覚悟はあった。

それでも、一発だけ、真正面から殴り返した。


逃げた。

少女の手を引いて。


だが向かった先は交番ではない。


その後、男は第三者を巻き込んだ。

弁護士。

児童相談所。

学校。

そして、少女の両親。


時間はかかった。

疑われもした。


それでも、秘密にしなかった。


少女は、家に戻った。

男は、後見的な立場で関わり続けた。


同じ屋根の下で暮らすこともあったが、

そこにあったのは恋ではない。


支える覚悟だった。


夜、少女は言った。


「……あのとき、あのDMを送ってよかった」


男は答えた。


「俺もだ。でも、もう一人で送らなくていい」


Velvet Moonは、この世界線では存在しない。

ニュースにもならない。

誰も死なない。


ただ、傷ついた少女が、

時間をかけて“大人になる”未来が残った。


男は、その背中を見守り続ける。


それでいい。

それが、彼の選んだ救済だった。

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サイドストーリー 「もう一度、DMが届く日」 あまいこしあん @amai_koshian

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