第3話 【ざまぁ】聖剣の所有権は、実は債権者である「私」にあった件。
「……これで文句ねぇだろ」
ルーカスは親指についた朱肉を服で拭いながら、私を睨みつけた。
署名と捺印がなされた羊皮紙――賠償金の分割払い契約書――を、私は丁寧に折りたたみ、懐にしまう。
これで契約は成立し、いつでも申立てを行う土台ができた。
「ああ。君が毎月きちんと金貨を支払う限り、文句はない」
「へっ、見てろよ! この『暁の剣』で魔物を狩りまくって、そんなはした金、すぐに返してやる!」
ルーカスは腰の聖剣を叩いて見せた。
その顔には、まだ余裕がある。
今は金がなくとも、自分にはこの最強の武器がある。これさえあれば、いつでも稼げる。そう信じている顔だ。
「……甘い。致命的に甘い」
「行くぞ。こんな気分の悪い街、さっさと出ていってやる」
ルーカスが踵を返し、歩き出そうとする。
その背中に、私は冷ややかに声をかけた。
「おや。どこへ行くつもりだね?」
「あ? 魔物狩りだよ。稼がなきゃ返せねぇだろ」
「その剣で、か?」
「当たり前だろ」
「それは困るな」
私は一歩、横に踏み出して彼の進路を塞いだ。
「その剣は、君のものではないだろう?」
「……はあ? 何言ってんだ。これは俺が王都の鍛冶屋『ガストン』で買ったもんだぞ!」
「『買った』? 正確には『分割払い(ツケ)』にしたんだろう?」
ルーカスの動きがピタリと止まる。
図星だ。
原作ゲームの設定通りなら、この時期の彼は、王都で一番高い剣を無理して購入している。もちろん、現金一括払いできるはずがない。
「なんでそれを……いや、ちゃんと毎月払ってる! 文句あんのか!」
「払っている? 先月と先々月、支払いを滞納しているという記録があるが?」
「なっ……!?」
ルーカスが目を見開く。
なぜ田舎の領主である私が、王都の支払い状況を知っているのか。彼は混乱しているようだ。
種明かしは簡単だ。私は昨日、屋敷の帳簿を整理した際、ある「借金の権利を買い取った」記録を見つけていたのだ。
「君が剣を買った鍛冶屋『ガストン』は、資金繰りに困っていてね。回収できていない借用書(借金の権利)を売りに出していたんだよ。焦げ付いた借用書は、驚くほど安く買えるからね。それを、私の商会が買い取らせてもらった」
私は懐から、もう一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、鍛冶屋ガストンとルーカスの間で交わされた『売買契約書』の控え。そして、その権利がアインホルン家に移ったことを証明する書類だ。
「もちろん、借金相手の変更は契約庁に届出済みだ。原本に紐づく“貸した側”の名義は、今朝の時点で私に書き換わっている」
「な、なんだって……?」
「つまり、今の君の借金相手は、鍛冶屋ではなく私だ。そして契約書第5条にはこうある。『二回以上の支払遅延が生じた場合、貸し手は即座に残額の一括返済、または商品の返還を求めることができる』」
私は契約書の条文を指先で弾いた。
「『分割で払う権利の剥奪』だ、勇者くん。君はもう、ちまちま払う権利を失った」
「権利を……失った?」
「要するに、『今すぐ全額耳を揃えて返せ』ということだ。……残金、金貨800枚」
金貨800枚。
先ほどの賠償金50枚ですら払えなかった彼に、そんな大金があるはずがない。
「は、払えるわけねぇだろ! そんな急に言われても……」
「払えないか。……ならば、仕方がない」
私はセバスチャンに目配せをした。
老執事は無言で頷き、懐から小さな魔道具――王都への通信機能を持つ水晶――を取り出す。
「契約の履行を求める。『貸し手』として、王都契約庁(アーカイブ)へ照会を申請する」
私が宣言した瞬間、空間がビリビリと震えた。
魔法ではない。これは「手続き」の余波だ。
私の意思(申立て)が、セバスチャンの持つ水晶を通じて王都のアーカイブへ飛び、そこに保管されている原本と照合される。
照会は通った。
世界が、契約違反を認めた。
次の瞬間。
「う、わあぁぁっ!?」
ルーカスの腰から、勝手に聖剣が飛び出した。
まるで磁石に吸い寄せられるように、剣は私の足元へと滑り落ち、カランと乾いた音を立てる。
さらに、彼が着ていたミスリルの鎧、籠手、ブーツまでもが次々と弾け飛び、私の前に積み上げられた。
「な、なんだよこれ!? 俺の装備が勝手に!?」
「『返還』の強制執行だ。代金が払えない以上、商品は貸し手(わたし)の元へ戻る。当然の理屈だろう?」
ルーカスは呆然と立ち尽くしている。
聖剣はおろか、防具すら剥ぎ取られ、残ったのは薄汚れた旅着のシャツとズボンだけ。
勇者としての輝きは消え失せ、ただの無力な少年がそこにいた。
「か、返せよ……! それがないと、俺は戦えねぇんだよ!」
「返してほしければ、金貨800枚を持ってくることだ。もっとも、戦う道具を失った君に、どうやって稼げるのかは甚だ疑問だがね」
私は冷たく言い放ち、積み上げられた装備をセバスチャンに回収させた。
周囲の野次馬たち――領民たちの視線が変わる。
恐怖ではない。「よくやった」という称賛と、そして「ざまぁみろ」という嘲笑の色。
「あいつ、格好つけてたけど借金まみれだったのかよ」
「武器がなけりゃただのガキじゃねぇか」
ヒソヒソという声が、ルーカスの耳にも届いたのだろう。彼の顔が赤く染まり、そして悔し涙で歪んでいく。
(……これでいい)
私は心の中で頷いた。
鍛冶屋ガストンからの手紙には、「勇者に踏み倒されて材料費が払えず、店が潰れそうだ」という悲痛な訴えが書かれていた。
私はその焦げ付いた債権を現金で買い取り、彼を救ったのだ。今ごろ王都のガストン爺さんは、店を畳まずに済んで安堵の涙を流していることだろう。
あの爺さんの炉が、今日も消えずに済む。
搾取される側だった職人を救い、搾取していた「正義の味方」から取り上げる。
これこそが、私の目指す健全な経済活動だ。
「さて、勇者くん。装備を返した時点で、剣のツケは帳消しにしてやろう」
私は地面にへたり込んだルーカスを見下ろした。
「だが、忘れていないかね? 君にはまだ、先ほど契約した『店の賠償金』――金貨50枚の借金が残っていることを」
「……あっ」
「武器も防具もない。金もない。信用もない。……さて、どうやって返すつもりだね?」
ルーカスが絶望的な顔で私を見上げる。
完全に詰みだ。
ここからが、私の本当の目的(リクルート)だ。
「返せないなら――働いて返してもらう」
「え……?」
「雇用契約だ。衣食住は用意する。賃金も出す。そのうえで、毎月きちんと返済分を天引きする。公平だろう?」
私は悪役貴族の顔で、にこりと笑った。
「……私の屋敷に来い。君に相応しい『仕事』を用意してやる」
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