うまれたて。

磁石もどき

お題:卵

 朝の光は、カーテンの際までしか入り込まない。

 近づけば、冷気に熱を取られるから、開ける選択肢を容易く手放した。

 分厚すぎる靴下の中で、ツルツルと足が滑る。

 階段があったのなら、いつの日か簡単に転んで、グシャリと潰れてしまっていたのかもしれない。


 小さな冷蔵庫には、ほとんど物がなかった。

 おかげで、今朝は卵かけご飯しか食べることができない。


 昨日の自分に文句垂れても「疲れてたんだよ」って、返されるけど。


 昨日の残りのご飯茶碗によそると、炊飯器の中に白いカピカピとしたご飯の皮が残った。


 忙しい朝だけど、放置するのは嫌だからシンクに持っていくことにした。

 洗剤の香りが主張して、冷水が手に残った暖かささえも流していく。

 小さなシャボン玉は、人工的な虹が宿って、忙しなく宙を飛び回る。


 洗剤、勢いよく出しすぎた。だから、シャボン玉が異様な数生まれている。

 意味もなく、シンクから逃げ出したシャボン玉を追いかけると。


 机の上にあった手がそれを潰してしまった。

 

 ……手、が?


 机の上、小さな手が動いていた。

 指を丸めて、手の腹を引きずるようにして、こちらに近づく。

 シンクの淵までやってくると、ごとんと音をたててひっくり返った。

 虫が足場を必死に探すように、指をパラパラと動かしている。

 時折ちらつく手首の中は、ぬめりけのある透明な液体で満たされている。しかも、真っ黄色な丸がゴロゴロと転がっているのが見えた。


 遅れて足を後ろにずらすも、狭いキッチンだから。すぐに壁に突き当たる。

 そのままずるずると、床に座り込んだ。


 水が無駄に流れていく音と、シンクの中で手があばれる音がずっと続いていた。

 



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うまれたて。 磁石もどき @jisha9m0d0k1

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