2.破滅エンド回避よりも優先すべきエンド

 推しと出会えた興奮もようやく落ち着いた頃、私はようやく今の状況を整理することができた。あれこれ調べてみた結果――どうやら本当に、私は乙女ゲーム『プリンセス×プリンス・ライフ』、略してププライの悪役令嬢セレスティン・オートに転生してしまったらしい。


 今一度、乙女ゲーム、ププライについてまとめよう。

 ププライ。

 それは、魔法が存在する中世ヨーロッパ風の世界を舞台に、主人公が魔法学園で魔法を学びつつ、そこで出会う攻略対象の男子たちと恋を育んでいく――まさに王道の乙女ゲームである。


 そのゲームの主人公の名は――エリナ・クチュール様。

 平民出身の、素朴で優しい少女でありながら、見た目はレオナール様と同じ金髪碧眼の正統派美少女。そして……何より彼女こそ私の“もう一人の推し”でもある。


 エリナ様は学園の中で唯一の平民出身であることを負い目に、一見すると自分に自信がない子。だが、しかし! 芯は強く、むしろ唯一の平民出身だからこそ、どんなに優秀な成績を得ても決して驕らず、自分を支えてくれた家族や学園で出会う攻略対象の男子たち、そして友人たちへの感謝を忘れない――まさに聖女のように心が清らかで、努力家で、素朴で、完璧な少女なのよ。

 女の私から見ても、彼女は憧れる存在……。

 まあ、プレイヤーが選ぶルートによっては、私セレスティン以上に非常にゲスな悪役と化す闇堕ちエリナ様のルートもあるっちゃあるのだけど……その件の説明については割愛するわ。


 そして、乙女ゲームの定番、攻略対象の男子たち。彼らについてもまとめておきましょう。

 攻略対象は四人。


 一人目。

 まずはゲームのパッケージでも、主人公エリナ様を優しく抱きかかえる、本作のメインヒーロー――レオナール・ド・クレルモン第二王子。

 彼を一言で表すなら、まさに“スパダリ”。

 けれど、それだけでは語り切れないほど、誰に対しても惜しみなく優しさを向けられる、まさに理想の王子様。

 高貴な身分でありながら驕らず、助けを求める者がいれば身分を問わず手を差し伸べ、幼い頃からの婚約者――セレスティン・オート(つまり私)に対しても、常に真摯しんし紳士しんし的。

 困っている相手を決して見捨てない。

 主人公エリナ様のように、努力を惜しまない者を心から尊敬する。

 間違ったことは許せないけれど、決して感情に任せて切り捨てたりしない。

 そんな、誰に対しても平等に誠実でいられる姿こそが、レオナール様が“完璧なメインヒーロー”と呼ばれる所以なのです。


 ――そして、その完璧な王子様の隣に最もふさわしい女性は、主人公エリナ様をおいて他はありえないでしょう。

 唯一、彼の欠点を泣く泣く挙げるとするなら……その優しさが災いし、婚約者である悪役令嬢セレスティン・オート(つまり私)を、簡単には切り捨てられないところでしょうか。

 もっとも、その優しさも、エリナ様×レオナール様ルートに入れば全く問題にならないのですが。 


(ちなみにこれは余談なのですが、私が乙女ゲームを買う基準は、主人公×メインヒーローの二人がゲームソフトのパッケージを飾っていること。これが絶対条件です)

 (本作のププライも、パッケージに堂々と佇むエリナ様とレオナール様の姿を見た瞬間、“これは神ゲーだ”と確信し、迷わず購入したものです)


 そして二人目。

 え――っと……一応まとめておきましょうか。

 二人目は――フェラン・クレルモン。メインヒーローのレオナール様の弟で、第三王子。

 銀髪碧眼の男子。性格は……ドSでチャラ男系王子なキャラだった気がするわ。


 そして三人目。

 三人目は――アレクシ・ルフェーヴル。騎士団の家系を持ち、学生とは思えない屈強な体格の持ち主。

 赤髪赤眼の男子。性格は……熱血系スポ根なキャラだった気がするわ。


 そして最後四人目。

 四人目は――シュル・トゥレット。優秀な魔法使いの家系で、魔法の成績は断トツトップ。

 紫髪翠眼の男子。性格は……無口で魔性系クールなキャラだった気がするわ。


 そしてライバルキャラ――私こと、セレスティン・オート。

 このキャラを一言で表すなら……最悪。

 気に食わないからと、主人公エリナ様を事あるごとに意地悪するし、婚約者を盾にメインヒーローのレオナール様を束縛しようとする。

 どの攻略対象のルートに入っても、なぜか表れて恋を邪魔してくる、黒髪黒瞳の女子です。

 もっとも、正直なところ、エリナ様と結ばれるべき相手はレオナール様しかありえませんので、ゲームプレイ中は他三人のルートでは、むしろこのコイツを応援していましたが。


 さて、乙女ゲーム・ププライの大方のまとめは終わり……いえ、肝心なことを忘れていました。


 悪役令嬢セレスティン・オート、つまり私の正史ゲームでの末路です。

 私一推しのエリナ様×レオナール様ルートなら、エリナ様への嫌がらせが明るみに出て断罪ルートに入り、レオナール様から婚約破棄されて追放エンド。

 他三人の攻略対象ルートでも、似たようなエンドだったと思います。

 なお、エリナ様闇堕ちルートだと、彼女の完全犯罪によって無残に消されるエンド。

 つまり、どのルートでも私はいわゆる破滅エンドまっしぐらです。


「さて……どうしましょうか?」


 私は顎に手を当て、考え込む。

 御年八歳。ゲームの舞台となる学園生活が始まるのは、今から約七年後。

 その七年――その先の未来で、私は何をすべきか?


 普通なら……私の暗い未来である追放か、あるいは死亡の破滅エンドを回避する道を模索するものでしょう。

 誰だって、自分の命は惜しいもの。一度死んだ身の私だって、死は変わらず怖い。出来れば避けたいもの――それが普通の感情ですわ。


 もしくは、破滅エンドを回避した上で、推しのメインヒーロー、レオナール様とフラグを立て、セレスティン(つまり私)×レオナール様エンドを迎える……欲張るなら、そんな道も考えられるでしょう。

 愛しのレオナール様と結ばれる。

 単純に“好きな殿方と結ばれたい”と思うのは、全人類の女性に共通する願いですわ。


 だが……甘い。

 ――それらは凡人の思考だ。

 さきほどまとめた通り、完璧王子レオナール様の隣に最もふさわしい女性は、主人公エリナ様をおいて他にはありえません。

 それは、この私を含めても同じこと。

 だからこそ、私の最優先目標は推しカプ――エリナ様×レオナール様ルートエンドを迎えること。

 私の破滅エンド回避など、その次でいい。

 優先順位は、エリナ様×レオナール様の公式カプ化>私の破滅エンド回避……これは絶対に外せません。


「では……そのためには、どうすべきか?」


 私はそっと声に出して、もう一度考え込んだ。

 私にとっての真の破滅エンドバッドエンドは何か。

 ――やはり、一番頭に思い浮かぶのは、エリナ様がレオナール様以外の他三人と結ばれるエンドでしょう。

 絶対にそれだけは避けたい。

 推しカプが成立しないだけでも心はズタズタになりそうなのに、他三人と結ばれるエンドなど……頭にその光景を思い浮かべるだけで、脳がおかしくなりそう。

 そんな光景は、ゲームの中だけで十分よ。


「……セレスティン嬢?」


 そもそも、ゲームの中でも他三人のエンドなんて見たくなかったのに、幼馴染の光凛が私を騙して他ルートをプレイさせるよう差し向けなければ、あんなエンドを見ることもなかったのに……。


「あのう……セレスティン嬢?」


 でも、前世で他ルートを経験していたのは、逆に幸運だったのかもしれない。

 他ルートの攻略方法を知っているということは――逆に言えば、他ルートに“行かない”選択もできるということ。


「僕の声が聞こえていますでしょうか?」


 エリナ様×レオナール様ルートエンドになるように道を作りつつ、かつエリナ様の闇堕ちを防ぎつつ、ああ、ついでに私の破滅エンドも回避するように動きつつ……

 私がこの七年――いや、学園入学後も含めてすべきことは――


「セレスティン嬢!」

「きゃ!」


 突然、耳元で美声が響く。

 声の方へ振り向くと、ショタ・レオナール様と目が合った。

 サファイアのように深く澄んだ瞳が、私をじっと見つめる。


「な、なな……レ、レオナール様!? ど、どうして私の部屋にににに……?」

(……顔が近い……!)


 あまりにも近すぎる推しの存在に、全身の血が一気に沸き立つ。

 胸の奥が、熱湯を注がれたようにじゅわっと熱くなる。


「申し訳ございません……一応、部屋に入る前に確認を取ったのですが、セレスティン嬢の反応がなく、心配で入ってきました……」

(まあ、いつの間に)


 全然気づかなかった。

 推しであるレオナール様の声を聞き逃すなんて……それだけ私、本気で考え込んでいたということかしら。


「大丈夫ですか? 顔も赤いですし……やはり先ほど頭をぶつけたときの――」

「あっ、いえ、だ、大丈夫です! 少し考え込んでいただけで……」

「考え込んでいた? 何か悩みでも?」


 私を心配するレオナール様は、より顔を近づけて、私の様子を伺う。

 その優しさが、逆に私の心をえぐってくる。

 圧倒的な天使様を前にすると、今にもドス黒い私の邪悪な心が浄化されてしまいそうで、身体中がじんわり熱くなる。


「だ、だ、だ大丈夫です――っ!!」


 ――ドン。

 私は心を鬼にして、レオナール様の美顔から視線をそらしつつ、両手で押した。

 そのまま勢いで、部屋の外へと追い出す。


「うぉ!? セ、セレスティン嬢?」


 レオナール様は、わけもわからず押し出され、戸惑っている。

 私はすかさず扉を閉め、鍵をかけた。


「セレスティン嬢? セレスティン嬢――っ!」


 外から心配そうな声が続く。


(推しを拒絶するなんて、なんという非道……! でも仕方ないの!

 エリナ様×レオナール様ルートを選ぶためには、私とのフラグなんて絶対に立ててはならないのだから……!)


 拳を握りしめ、心の中で高らかに宣言する。


(方針は決まった! これから私がすべきことは――)


 来たる学園編に向けて、私は壮大な計画を立てるのだった。

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