第84話

 一行は大陸を西に向かい進んだ。

 西に向かうのは何故か、その理由を知っているのはモサヒーだけだった。

 海へ出たい。

 海への最短距離を取るなら、西へと向かうことになる。


「モサヒー」


 レイヴンから通信が届く。

 その声音が今までのものとまったく違う様相を示していることから、モサヒーは彼が本国からの知らせを受け取ったのだろうと判断することができた。

「聞いたよ」果たしてレイヴンはしめやかに言った。「ぼくは……何もわかっていなかった。ごめん、モサヒー。悪かった」

 モサヒーはレイヴンに自責の必要はないと言いたいのを我慢して推進し続けた。

 レイヴンの通信は、一旦それで終わった。

 一行はただ西へ向かう。

 キャンディは時折立ち止まって草を食み、ボブキャットは時折どこかへ身を潜めて小鳥や小型げっ歯類などを狩り捕食した。

 コードセムーは何を『食べる』のか知らないが、特に飢えや乾きを訴えてくることもなく、ただ頭上の双葉を回しているだけなので、どうにかしてエネルギーを得てはいるのだろう。

 かくいうモサヒーも、主に大気中および鉱物から分子を取り込み体内で反応させていた。浮揚推進のスピードを上げるには少し物足りないところではあるが、希少物質を探し回る余裕もない。


「モサヒー」


 再びレイヴンから通信が届く。

「君の決断を心から尊敬して強く支持するよ。ありがとう」

 モサヒーは安心を覚えたが表には出さずに推進し続けた。

 レイヴンの通信は一旦それで終わった。

「ねえ、あなた」出し抜けにセムーが呼びかけてくる。「私たちの子は、いつ頃生まれてくると思う?」

「──」モサヒーは少しの間返答の言葉を持たなかったが「うん、それはセムーさんにしかわからないと思います」と冷静に答えた。

「あら、でもここは地球なのよ」セムーは双葉を少し傾げ「私、地球で出産したことなんてないし」と言った後「あっ、もちろん出産そのものが今回初めてなんだけれど」と早口で続けた。

「うん、ぼくにはわかりかねます」モサヒーは至極冷静に再度回答した。

 とはいえ、彼にはわかっていた。

 ここが地球だろうとどこだろうと『私たちの子』という存在は未来永劫生まれて来ないことを。


「モサヒー」


 みたびレイヴンから通信が届く。

「ぼくは、本社からの辞令で、本国へ帰還することになった」

 モサヒーは推進を止めた。

 コードセムーが振り向く。

 ボブキャットも、キャンディも振り向き立ち止まる。

「うん、レイヴン」

 それでもモサヒーは、呼びかけることを我慢できなかった。


          ◇◆◇


 レイヴンを確保する殻が地球に向け放たれる。

 それに対して、レイヴンは必要ないことをハヤミに伝えてはいた。自分の所有する殻で充分帰還には事足りると。動物たちの収容籠の搬送にも問題はないと。

 しかしこれもまた本社における決定事項であると伝えられたのだ。レイヴン個体の殻は、万が一のシステムトラブル時のために機能をオフにしておくように。迎えの殻が到着したら直ちにそれに乗り、後は自動搬送されるに任せるようにとの事だった。

 ──そこまで、ぼくは信用されてないってことか。

 レイヴンは苦々しく笑う。宇宙のどこかで『ばっくれる』恐れがあるとでも思われているんだろうな。こいつは、地球が嫌いだの人間が駄目だの我儘を言って任務を拒否しようとしたくせに、行ったら行ったで勝手にミッション外のことをし始めて、帰って来いという命令にすら反論を試みて来る、リスキーな社員だからと。

 それはそれとして、最後の別れを、皆に告げておかなければならない。

 レイヴンは深く溜息をつき、まずは今自分とともに北へ向かって泳いでくれているハシナガイルカに声をかけた。「ハシナガイルカさん」

「んー?」ハシナガイルカはすぐに水面から顔を出してくれた。

「あの、ここまでせっかく一緒に来てくださったんですが、ぼくらは、実はもうすぐ地元に帰らないといけなくなってしまいまして」

「えー?」ハシナガイルカは驚きの声を挙げたかと思うと一旦水中に沈み、それから


 ばしゃ──ん


 と水面を割って空中高く飛び上がり、再び水に飛び込んだ。

 レイヴンはハシナガイルカがそれをやる間、そのお腹の部分を見て、何故か南極のペンギンたちを思い出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

どうぶつたちのキャンプ 2 葵むらさき @aomra

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る