俺様は世界最強さんの側近(下剋上けど)

姬布

第1話

 俺様の名前は澫嵐ワンラン

 この方円百里で最も悪名高い、新興盗賊団の頭領だ。


 生まれついての悪種、誰からも忌み嫌われる存在!

 配下は数え切れず、名を轟かせ!

 放火、殺し、略奪――悪事の限りを尽くす!


 ……本来なら、そうあるべきだった。


ラン、腹減った」


 前を歩いていた、細身ながらどこか英気を帯びた青年が足を止め、振り返りもせずに不満を口にする。


 この俺も慌てて足を止め、答えた。


和庭ホーティン様……最寄りの町までは、まだ少し距離がある」


 和庭ホーティンは振り返り、苛立ったように言葉を遮る。


「僕、“腹減った”って言ったよね」


 言い分だけ聞けば、駄々をこねる子供のようだ。

 だが――その視線に、戯れは一切ない。


 毒蛇よりも冷たく、鷹よりも鋭く、

 飢えた虎に睨まれるより、なお背筋が凍る。


 直感的に、背中を冷たい汗が流れ落ちた。


「……すぐ、食い物を探して来ます」


 俺は手にしていた、馬一頭分はありそうな重さの長戟を木に立てかけ、痺れた手首を振る。

 行く手を塞ぐ茂みをかき分け、森の奥へと踏み込んだ。


 その背後から、のんびりとした追い打ちが飛んでくる。


「四菜一湯。デザート付きで」


 ――ここは人跡まれな、魔物が跋扈する原始林だ。

 材料を見つけて鍋ができれば、それだけで幸運と言える場所だというのに。


 ほとんど嫌がらせのような注文に対し、

 この俺の返事は、当然ひとつしかない。


「任せておけ!」


 ――どこで満漢全席を用意しろってんだ。


 内心では罵詈雑言を撒き散らしながらも、足取りに一切の緩みはない。

 完全に和庭の視界から外れ、あの得体の知れない圧迫感すら感じなくなったところで、俺は思い切り拳を木に叩きつけ、低く唸った。


「……デザートだと?

 身の程を知れ。糞でも食ってろ」


 佩刀を抜き放つ。

 冷たい閃光とともに、行く手を阻む蔓が断ち切られた。


 鬱憤を晴らすように斬り払いながら、同時に帰路の目印を刻んでいく。


「この俺を、犬扱いしやがって……

 いつか必ず、俺の手で殺してやる。

 いや……楽には死なせん」


 歯を食いしばり、刃に込める力はさらに増していく。

 蔓から手首ほどの枝、やがては小腿ほどの幹まで――すべて一刀両断。


「この世の苦しみを、すべて味わわせてやる……

 そのあとで、本当の地獄に引きずり込んでやる!

 はは……はははは!」


 森は大騒ぎだ。

 鳥は飛び立ち、獣は逃げ惑う。


 その混乱の中、刺激された数本の“魔樹”が、

 毒蛇のように蔓を伸ばし、俺の背へと突き刺さろうとした。


「――死ね」


 ちょうど怒りの捌け口を探していたところだ。


 振り返りもせず、反手で放つ剣技――

 《一文字斬り》。


 刀光が白い匹練となり、襲い来る蔓をすべて斬断。

 なおも勢いを失わぬ刃が横薙ぎに振り抜かれ、鋭利無比な弧状の剣気を放つ。


 ――ザンッ!


 巨大な新月型の気刃が唸りを上げ、魔樹を胴から両断。

 その後方にあった、どんぶりほどの太さの木々までもが根元から薙ぎ払われ、密林の中に強引な空き地が生まれた。


 目の前の惨状を見ても、心は少しも動かない。

 あるのは、屈辱の炎がさらに強く燃え上がる感覚だけだ。


 俺は強い。

 並大抵じゃない。


 少なくとも盗賊の世界において、

 この俺は、間違いなく最強格――例外はない。


 それだけの自信も、実力もある。


 ただ――


 あのクソ野郎には、及ばない。


 俺は馬鹿じゃない。

 身の程も、よく理解している。


 今の俺では勝てない。

 たとえ十人分の俺がいても、結果は変わらないだろう。


 ――だが、それがどうした?


 現実がどれほど残酷でも、

 一度定めた目標は、決して変えない。


 ――復讐だ。


-----------------

 澫嵐の姿が森の奥深くに消えると、和庭(ホーティン)は一人、巨大な青石にもたれかかって座った。

 その瞳は、突然、虚ろになった。


 一人、意識がふらつくまま、ぼそりと呟く。


「俺は誰だ? ここはどこだ?

 ……何か、大事なことを忘れている気がする……」


 無意識に手を胸元へ伸ばす。


 指先が触れたのは、ひんやりとした金属――首から下げた銀色のペンダントだった。


 和庭は茫然とそのペンダントを開ける。

 中には、小さな肖像画が収められていた。

 描かれた女性は天女のごとき美貌で――その眉目には、和庭自身と五、六分の面影があった。


「そうだ……妹だ」


 虚ろだった瞳が、突然、驚くべき光を宿す。

 まるで老境の男に若返りの薬を打ち込んだかのように。


 正気を取り戻した和庭は、青石から跳び降り、木のそばに立てかけていた長戟を手に取り、戦闘態勢を整えた。


「彼女を助けなければ……

 丞相は――危険だ、あいつの精神魔法が侵食する……」


 だが、その言葉は、唐突に途切れた。


 まるで見えない手に喉を掴まれたかのように、表情が瞬時に凍りつく。

 瞳の光は急速に失われ、再び濃い陰に覆われた。


 頭をかすかに揺らし、低く呟く。


「妹……あれは誰だ?

 丞相は……?」


 手にした長戟が微かに震え始める。

 何かを必死に知らせようとしているかのように。


「――いや、違う」


 和庭の瞳が再び鋭く光る。

 だがそこには、先ほどとはまったく異なる、冷酷な決意が宿っていた。


「俺が果たすべきは、丞相の遺志。

 ――イナイア王国を、滅ぼす」


 長戟はさらに激しく震え、柄から低い唸り声が漏れる。

 だが、和庭は一切気に留めない。


 迷いは消え、顔には冷たい決意が刻まれる。

 長戟を木の下へ突き戻し、再び青石に腰を下ろす。

 先ほどの激情は、まるで幻だったかのように。


 激しい動きで、ペンダントは衣の中から滑り落ち、宙で数回揺れて地面に落ちた。

 だが、彼はそれを一瞥もせず、無視した。


「嵐の奴……遅いな」


 退屈そうに脚を揺らす。


「まさか、逃げたか?

 やはり……あの時、殺しておくべきだったか……」


 その瞬間、周囲に、言い知れぬ冷気が静かに広がり、風もないのに葉がざわめき始めた。


「和庭親分――!!」


 澫嵐が、転げるように森の中から飛び出してきた。

 顔は真っ青、声は裏返っていた。


「ちょうどいい、頭を――」


「竜! 中に竜がいる!!」


 絶叫は、純粋な生存本能に満ちており、和庭の危険な思考を強制的に中断させた。


「ほう?」


 和庭は眉をわずかに上げる。

 先ほど立ち上った危険な気配は、すっと霧散した。


「竜……?

 どういうことだ?」


-----------------


背後から和庭の声が聞こえてきた。


「嵐、本当に龍がいるのか?」


「いるいる! 一番奥だ!」


振り返りもせずに叫び、俺は目印を辿って足早に進む。心臓は興奮で暴れ回っていた。


さっきの一瞬、俺は確かに“死の匂い”を嗅いだ。

危なかった……ははっ!


口元が勝手に吊り上がる。どうしても抑えきれない。

幸い、あいつは俺の後ろだ。この表情は見えていない。


……まあ、見られても構わないがな。


どうせ――あいつも、もうすぐ死ぬ。


森の最深部で、あの巨体を目にした瞬間は、正直肝が潰れた。

だが次の瞬間、最高のアイデアが脳裏を駆け抜けた。


――借刀殺人。


地形は確認済みだ。あそこは天然の闘技場。

一度始まれば、どちらかが死ぬまで終わらない。


和庭が龍の爪に引き裂かれ、龍息に焼かれて炭になる光景を想像すると、笑いが込み上げてくる。


……もし、和庭が戦わなかったら?


その心配は無用だ。

そんな選択肢は、最初から存在しない。


なぜなら、和庭は――とびきりの大食漢だからだ。


「龍の肉って……本当に美味いのか?」


背後からそんな疑問が飛んできた瞬間、俺は即答した。


「もちろんだ! 龍なんて伝説級の食材だぞ! 肉質も最高に決まってる!」


――知るか。食ったことなんてねぇよ。


そもそも味なんてどうでもいい。

あの龍の価値はただ一つ。


目の前の厄介者を斬るための、最高に鋭い“刃”であること。


ほどなくして、俺たちは龍の巣に辿り着いた。

侵入者に気づいたのか、赤き巨竜が、溶けた金のような縦瞳をゆっくりと開く。


「――グオオオオオッ!!」


耳を裂く咆哮と共に、凄まじい威圧が押し寄せる。

空気が震え、頭上の樹冠に残っていた鳥たちは、白目を剥いてそのまま落ちてきた。


和庭はそれを眺め、淡々と一言。


「ほう、龍ってこんな鳴き声なんだな」


「俺も初めて見ましたよ」


適当に相槌を打つ。内心は驚くほど静かだった。


どうして怖くないのか、だって?

相手はS級魔物の巨竜だぞ、って?


そんな発想、最初からない。

何せこいつは和庭だ。常識知らずにも程がある。

怖がったら、そっちの方が怪しい。


「さて……どう調理するか。首を落としてから――」


顎に手を当て、本気で屠龍プランを考え始める和庭。


「親分! 刃物はやめた方がいいです!」


俺は慌てて口を挟み、真顔で嘘をついた。


「龍の血は貴重ですが、空気に触れると生臭さが肉に移るんです! 味が落ちます!」


全力で戦わせてたまるか。

削れるだけ削ってもらうに決まってる。


「なるほど。分かった」


疑う様子もなく、和庭は立ち上がった赤き巨竜へと、まっすぐ歩いていく。


――かかった!


俺は長戟を抱えたまま、悟られぬように少しずつ後退し、観戦――いや、逃走に最適な位置を探す。


巨竜は、自分に向かってくる人間を見下ろし、怒りに満ちた爪を掲げた。

「これ以上近づくな」と言わんばかりだ。


だが和庭は気にも留めず、手を差し出して一言。


「来いよ」


次の瞬間。


我慢の限界に達した巨竜が、唸り声と共に巨大な爪を振り下ろした。


――ドンッ!!


爆音と共に土煙が舞い上がり、視界が塞がれる。


勝った。


口元の笑みが、ついに隠しきれなくなった。


あんな一撃を食らえば、鉄の塊だって煎餅だ。

死ぬか、よくて瀕死――


……のはずだった。


土煙が晴れる。

血肉が飛び散る光景は、そこになかった。


龍の爪が――空中で止まっている。


「……それだけか?」


爪の下。

和庭が片腕で、あの巨大な爪を支えていた。

体勢も、沈み込みも、一切ない。


いや、ちょっと待て。

盛りすぎだろ。


巨竜も「何だこいつは」と言いたげな顔をしたが、すぐに体勢を立て直し、次の一撃に移ろうとする。


「次は、俺の番だよな?」


和庭は空いた手を引き、力を溜め――


一撃。


「――ドン!」


あまりにも小さな拳が、巨竜の腹部に叩き込まれる。

肉体同士の衝突は、視界に収まりきらない違和感を生んだ。


結果。


巨竜が腹を押さえ、苦悶の声を上げた。


……嘘だろ?

人間の拳で、龍が?


「――グオオオッ!!」


完全にキレた巨竜が、本気の連撃に出る。

爪、爪、爪――暴風雨のような連続攻撃!


ドドドドド!


和庭はその中を、幽鬼のようにすり抜ける。

紙一重でかわし、合間に硬い鱗へ拳を叩き込む。


鈍い音は、巨大な鐘を打つようだった。


――怪物。


それ以外の言葉が出ない。

だが恐怖ではない。

むしろ、観賞している感覚に近い。


いいぞ、臭龍。もっとやれ。

そいつを殺せ。


俺の最善の結末はただ一つ。


――和庭が龍に爆殺され、俺が全力で逃げる。


だが物理攻撃が通じないと悟ったのか、巨竜は大口を開いた。

喉奥に、灼熱の赤光が渦巻く。


硫黄とガソリンが混ざったような臭気。


――龍息だ。


「その手か? じゃあ勝負だな!」


和庭は目を輝かせ、退くどころか、両手で印を結び始める。

空気が歪み、水面のように揺れた。


「この世を彷徨う火の精霊よ、集え。我が槍となれ――」


……魔法?

こいつ、魔法も使うのか?


長戟使いが魔法使いとか、誰が想像する。


だが関係ない。

俺も――使える。


二つの大魔法が放たれる前に、俺は和庭の長戟を掴み、魔力を注ぎ込み、幾重にも防御障壁を張る。


巻き添えで焼かれる趣味はない。


来る――!


赤き龍息と、極限まで圧縮された白熱の炎が、同時に放たれた。


――――ドォォォン!!!!


世界が光に飲み込まれる。

衝撃波が円状に爆散し、障壁が悲鳴を上げながらも、どうにか耐え切った。


熱い……!

まるで溶鉱炉に放り込まれたみたいだ。

髪と眉が焦げる匂いがする。


対して、中心の二者は平然としている。

龍息は押し返され、和庭の顔には――余裕、いや、楽しそうな色すら浮かんでいた。


何してんだ、バカ龍!

必死に耐える巨竜。四肢が震え、鱗が弾ける。


そして――


白き炎が龍息を飲み込み、そのまま喉奥へ逆流した。


ドン、ドン、ドン!


腹の内側から炸裂音。

巨竜は痙攣し、ついに崩れ落ちた。


鱗は檻となり、爆発を全て内側に閉じ込めた。


勝者は――和庭。


「ふぅ……なかなか面白かったな」


軽く肩を払うその姿は、準備運動後のようだった。


……それで“面白い”かよ。


だが口に出たのは、


「さすがです、和庭親分! 龍を倒すなんて!」


「まあな」


腹を撫でながら、


「嵐、早く料理しろ。余計に腹が減った」


「へいへい……」


最悪の結末は回避された。

俺は長戟を置き、刀を抜いて龍の死体へ向かう。


だが切り開いた内部は、完全に炭化していた。


「……肉、全部ダメですね。食えません」


「……は?」


和庭の殺気が、一気に冷えた。


終わった――


その時。


「……ぴぃ……」


洞窟の奥から、震えるような声。


現れたのは、膝ほどの大きさの赤い幼龍だった。


……可愛いじゃねぇか。


嫌な予感がした。


そして、それは的中する。


「それ……食えるよな?」

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俺様は世界最強さんの側近(下剋上けど) 姬布 @Jibu-saikin

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