もう一度、君に笑ってほしくて

楽眼咡

前編

 ——昔、笑顔の可愛い女の子がいた。どんなときでも笑っていて、イカつい顔で、怖がられていた俺にも話しかけてくれる夜風渚という女の子が……。

 だが、告白できずに俺の中学校生活は終わってしまった。



 

「……それがお前の初恋か。つまんねぇ恋だな」

「仕方ないだろ。昔っからこのガタイで怖がられてきたんだから」

「連絡先はもってるんだろ?今連絡してみろよ」

 

 俺の唯一の友達、林田陸翔はそう言う。だができるわけがない。中学時代にすら、自分から話しかけるのに半年かかった俺がそんなことできるはずない。

 俺こと陽暮望は身長百九十センチという恵まれた体に、厳つい顔をしている。だが、昔から小心者で自分から行動を起こすのは苦手だった。


「向こうにはもう彼氏がいるはずさ。あんだけ可愛かったからな」

「そんなの分かんないだろ?聞くだけ聞いて、いないならデートに誘う。これでいいじゃん」


 陸翔にはこういう節がある。面白ければ何でもいいと思っていて、いつも突然、変な行動に出る。そのおかげで、今こうして友達になれてるんだけどな……。

 それにしても夜風さんか……。忘れたことはない。だが自分から連絡する勇気もなくモヤモヤを抱えていたまんまだった。そのモヤモヤを陸翔に打ち上げた結果、今の話になっている。

 

「まぁ、気が向いたら連絡してみるよ」

「ふぅん。それはいつになるのやら……。じゃ、俺バイトだから行くわ」


 そう言って、陸翔は屋上を後にした。あいつはモテるから、言う通りに動いた方がいいのかもしれない……。

 そう思い、スマホを開く。俺が持ってる連絡先は少ないから、アプリを開いてスクロールすることですぐ見つかった。

 名前を押し、『少し話せない?』と打ち込む。だが、送信ボタンだけは頑なに押せない。


「やっぱ無理だよなぁ」


 名前を押すのに数分、文字を打ち込むのに十数分かかった。これでも頑張った方だ。

 俺はスマホをカバンにしまい、それを持って帰路につく。

 いつもと同じ帰り道。いつもと同じ景色。だが、心は違う。


「……久しぶりに中学校にでも寄ってみるか」


 勇気を出せない自分を憎みながら、中学校へと歩き出す。高校からは結構距離があるが、今はリフレッシュしたい気分だった。


 

 /

 

 数十分歩くと、懐かしい場所が増えてきた。けれど、思い出は少なく、そこまで面白味がなかった。

 そして、中学校が見えてきた。俺が唯一、夜風さんと関われた場所に。


「懐かしいな、本当に……」


 そう呟きながら、どんどん近づいていく。中学校に近づくにつれて、俺の足も速くなっていった。

 やっと中学校の正門が見えたあたりで、俺は足を止めた。感傷に浸ったからでも、疲れたからでもない。


 ——そこに夜風さんがいたからだ。


「あ……陽暮君。……やっと見つけた」


 なぜ?そんな疑問しか浮かばない。

 それにやっと見つけたということは、俺を探していたのだろう。でもなんで?


「なんで夜風さんがここに?」

「え?陽暮君から連絡してきたんじゃないの?」


 もしかして、と思った。急いでカバンを開けスマホを開く。そこには数十分前に送信されていたさっきのメッセージが……。

 どうやら間違って送ってしまったらしい。そうすると俺はここにずっと待たせていたのか……?


「あ……もしかして私宛じゃなかった?ご……ごめんね。勝手に勘違いしてたみたい」


 俺が固まってるうちに、夜風さんは踵を返した。

 このままでは、なにもせずに終わってしまう……。

 

「じゃ……じゃあ、私行く——」

「ちょっと待って!」


 思わず引き留めてしまった。せっかくここまで来てくれたのだから、なにかしなければ。

 

「実は、その連絡は送るつもりじゃなかったんだ。でも、夜風さんに送ろうとしてたのは本当だ!」


 こんなにも必死になることは、人生で初めてかもしれない。夜風さんの顔だって見れない。


「だから、その……少し話せない?」


「……うん。話したい」


 夜風さんは嬉しそうにしながら、すぐそばの石の上に座った。俺も続いて横に座る。


「なんか……懐かしいね。こうやって話すの」

「本当にね……。卒業以来だよね……」


 

 ——沈黙が流れた。勢いで止めてしまったから、なにも考えていなかった。

 だが、このままではいけない!ここは陸翔に教えてもらった、話題を!


「夜風さんは学校どう?もう慣れた?」

「……っ!!学校はそうだね。最近はいろんな人に話しかけてもらってる、かな……」

「夜風さんは友達多そうだよね!俺なんて、この顔のせいで一人としか話せてないよ!」

「そ、そんなことないよ……。あ、でも最近は家の近くに猫ちゃんがいて、結構癒されてるんだ」



 ——また沈黙。それにしてもさっきから違和感がある。夜風さんが笑わないのだ。

 たったそれだけと思うかもしれないが、夜風さんはつらくても悲しくても笑っていたのだ。俺は夜風さんのこんな顔を見たことがなかった。


「……夜風さんってあんまり笑わなくなったんだね。いつも笑ってるイメージだったから、少し意外っていうか……」

「そ、そうかな……。最近は疲れ気味だからかも」

「もしかして学校でな——」

「学校の話はやめて」


 強い、怒気をはらんだ言葉だった。俺はこんな夜風さんを見たことがなかった。

 久しぶりだからと舞い上がって、踏み込みすぎたかもしれない。

 

「あ……ご、ごめんね。ちょっと疲れてたせいで八つ当たりしちゃった。」


 そう言いながら、夜風さんは立ち上がった。俺は依然と固まったままで、それを見守ることしかできなかった。

 

「じゃあね。このままだと、また陽暮君に当たっちゃいそうだから」

「あ、うん。またね……」


 夜風さんが立ち去っていく。俺は後姿を見るだけで止めることはできなかった。

 だが、これ以上踏み込んで、夜風さんに嫌われるのも嫌だったからなにもできなかった。



 /

 

「お前まじで言ってる?」

「仕方ないだろ!俺だって後悔してるけどさ、あれ以上どうすれば良かったんだよ!」


 翌日の昼休み。飯を食いながら、陸翔に昨日のことを話した。

 夜風さんに偶然会ったことや怒らせたこと、家のベッドでどうすれば良かったかを永遠に考えていたことまで。


「そんなの無理やり止めて、事情を聴くんだよ。そして、困りごとをお前が解決。すると、相手はメロメロになる」

「それはお前に限った話だよ。俺が無理やり止めたら怖がられるだろ」

「……それもそうかもな。だが、何もしないのは悪手だ」


 そんなのは分かっている。自分が何もできなかったこと、夜風さんに何があったかをずっと考えてたんだから。

 でも、どんだけ考えても何も浮かばなかったし、憶測だけで行動するのも烏滸がましいからだ。


 そもそも、何かがあると決めつけるのも変だ。夜風さんは、昨日はたまたま機嫌が悪かっただけだろう。実際にそう言っていたし。


「同じ中学のやつに聞いてみれば?」

「いないよ、そんな人。俺は教師にすら嫌われてたんだぞ」

「嘘だろ……」


 本当のことだ。俺が中学生の時にまともに話したのは、夜風さんただ一人。

 その理由は、いじめを庇ったら、この顔のせいで逆にいじめてると勘違いされたからだ。あれほど自分の顔を呪ったことはない。


「じゃあ、もう一回会いに行け」

「嫌がられるだろうさ」

「関係ねぇよ。お前から何かしなきゃいけないんだってば。不安なら俺もついて行ってやるよ」


 実際、俺はもう一度会って話したい。じゃないと、昔のように何もできずに終わってしまう。

 こいつは本当に勇気をくれるな……。


「わかった、連絡するよ。けど、ついてこなくて大丈夫」

「よし。じゃあ頑張れよ。俺からはそれだけだ」


 スマホを開き、汗ばむ指を動かしながら夜風さんへ連絡する。中学の時のように、行動せずに後悔するのは嫌だったから。

『明日、また会えない?』

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