『ご家族のご要望』

文責不明

ご家族のご要望です

私は〇〇〇である。

業務態度は良好。技術面に問題はない。

同僚からの評価、ご家族様からの評価はいずれも高い。

ご家族様は、患者が可能な限り長く生きることを望まれた。

経管栄養ではなく、経口摂取を希望された。

その意向に沿い、私は朝・昼・夕の三回、食事介助を行っている。

規定量は必ず摂取させる。

嚥下に時間がかかるため、介助には長時間を要するが、未摂取は認められていない。

食後、患者の様子を撮影し、写真付きでご家族様へ報告メールを送信する。

返信は毎回届く。

感謝の言葉と、安堵の文面が並ぶ。

それ以上のやり取りはない。

以前の私は、患者本人の状態を優先していた。

拒否が強い日は量を減らし、苦痛が見られれば中止する判断をしていた。

結果、ご家族様から注意を受けた。

あの件以降、判断基準は変更された。

患者の意思は確認不能であり、優先事項ではない。

現在の私は、業務に忠実である。

ご家族様の要望を正確に実行できている。

問題は発生していない。

患者は私のことを認識していない。

食事の内容も、直前の出来事も覚えていない。

拒否行動は見られるが、記録上は「介助により完食」となる。

業務は円滑に進んでいる。

【報告書】

施設名:神奈川県内介護施設

文書区分:内部管理資料

取扱注意:関係者限定

件名:特定患者に関する対応経過および情報取扱について

【対象患者の状態】

対象患者は重度認知症。

自己認識、対人認識、時間・場所の把握は不能。

意思表示は断片的であり、一貫性を欠く。

医療的判断に基づき、本人意思の確認は不可能とされている。

【家族連絡に関する事実】

当該患者の親族は、既に病死している。

死亡後も、施設宛に定期的な連絡が継続していた。

〇〇〇は死亡の事実を把握していたが、

生前と同一の文面・頻度で経過報告メールを送信していた。

内容は以下に準ずる。

・摂取量

・食事介助実施の有無

・患者の様子を示す写真

親族側からの返信は継続して受信されている。

文面に異常は確認されていない。

【対応判断】

患者本人は状況を理解・記憶できない。

親族側からの問い合わせ、苦情、来訪は発生していない。

現時点で外部的影響は認められない。

以上を踏まえ、本件は問題化しない。

【職員対応方針】

本件を共有した場合、

当該患者の担当を回避する職員が増加する可能性が高い。

業務配分および人員確保に支障を来す恐れがある。

よって、

本件は関係職員以外に共有しない。

対応は現状を維持する。

【補足事項】

前担当者は、業務継続困難として現在入院中。

入院理由の詳細については記録対象外とする。

【結論】

本件は管理上の問題に該当しない。

記録をもって終了とする。

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『ご家族のご要望』 文責不明 @kurenainosyake

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