廃墟のふたり ○ににきた女とサボりにきた男

大玉寿

場面1 夕暮れ

【舞台】

寂れた観光地、廃ホテルの屋上。

錆びたフェンス。

壊れた屋上タンク。

散乱した廃材。

風の音。


(男がゆっくりと扉を開けて入ってくる。振り返り、静かに扉を閉める)


男 ……はぁ。

  疲れたな。

  もう帰りてぇ。

  でも帰っても、やることねぇんだよな。金もねぇし……

(缶コーヒーを開け、フェンスにもたれて座る)


(しばらく黙る。風の音)

(突然、扉が勢いよく開く)

(女、飛び込むように入ってくる)

(扉がバタン!と閉まり、金属音が響く)


男 うおっ!?

  ……なんだよ、びっくりした。

(立ち上がる)


女 なんで、ここに人がいるの?

(息が荒い)


男 あ、いや……悪い。

  鍵、空いてたんで。

  ちょっと休憩してただけです。


女 ここは廃墟ですけど、当社の管理施設です。

  すぐ出てってください。


男 すまない。すぐ出ていくよ……

(扉へ行き、ノブに手をかける)

  ……あれ?

  ……開かない。


女 ちょっと、何してるんですか!

(扉を引く)

  ギギギ……バキッ

(ドアノブが取れる)


男 おいおい、壊すなよ。


女 私じゃありません。

  貴方が壊したんでしょう。


男 いや、今「バキ」っていったぞ。

  そもそも、あんたの開け閉め乱暴なのが原因だろ。


女 そもそもって言うなら、貴方が不法侵入するのが悪いんでしょう。


男 それは認めるけどさ。

(扉を見る)

  ……ちょっと待て。

  ドアノブ、取れてるぞ。

  これ外開きだぞ。どうやって開けるんだ。


女 もういいです。関係ありませんから。

(ドアノブを投げ捨て、フェンスへ向かう)


男 おい、関係ないってどういう意味だよ。


女 貴方には関係ない、って意味です。

(フェンスに手をかける)

(まったく怖がる表情がない)


男 ちょ、ちょちょちょ——

(駆け寄る)

  危ねぇって。錆びてるだろ。


女 触らないで!

(男を突き飛ばす)


男 うわっ。


女 別にいいんです、ここで終わるんですから。

(男を無視して再びフェンスへ)


男 ちょっと待て。

  終わるって、バカじゃねえか。

(女の手を掴む)


女 ちょっと、やめて下さい。

  貴方に迷惑はかけませんから。

(振りほどこうとする)


男 大迷惑だよ。

  この状況、どう見えると思う?男女二人きりでさ。

  ここでお前が飛び降りたら、どう考えても俺が犯人だろ。


女 大丈夫です。

  遺書も用意しています。

  靴も脱ぎますから。


男 そういう問題じゃねぇ。

  それに、ここ四階だぞ。

  死ねるかどうか、微妙な高さだ。


女 ……そんなこと言われても。


男 なんで、わざわざこんな場所に来たんだよ。

  普通は電車だろ。


女 社会人のマナーです。

  他人に迷惑はかけられません。


男 ここだと、俺が迷惑なんだけど。


女 ……もういいです。

  帰ります。

  貴方も帰ってください。


男 いや……

  帰れないんだけど。


女 え?

(走って扉を確かめる)

  ……開かない。


男 だから言っただろ。


女 貴方のせいです!


男 なんでだよ!?

  俺はただ、サボりに来ただけだぞ!


女 なんで、いつも……こう上手くいかないの。

(力なく立ち尽くす)


(男、女の足元に落ちた遺書に気づき、無言で拾う)


女 ……なに、してるんですか。


男 こう言うもんはさ、

(遺書を破いて風に乗せる)

  うまくいかなくていいんだよ。

(沈黙。風の音)


――暗転。

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