後日談 「Velvet Moon」

あまいこしあん

後日談 「Velvet Moon」

あれから一年。

俺は、あの子の名前を検索しないようにして生きていた。


だがある朝、スマホを開いた瞬間、指が止まった。

SNSのトレンド。

全国ニュース。

凶悪事件、未成年、逮捕——。


写真はぼかされていたが、分かった。

間違えようがなかった。


胸の奥が、鈍く痛んだ。


留置所での面会は三十分だけ許された。

ガラス越しに座る彼女は、以前よりもさらに小さく見えた。


声をかけても、返事はない。

ただ、じっと俺を見るだけだった。


時間が削られていく。

焦りが募る。


終了を告げられようとした、その瞬間——

彼女は、かすれる声で言った。


「……Velvet Moon」


それだけだった。


調べるのに、時間はかからなかった。

歌舞伎座の近くに最近オープンした風俗店。

初見でも必ず“成立”すると噂される異様な店。


オーナーの名前を見た瞬間、背筋が冷えた。

彼女の「親権者」として登録されていた。


表向きは保護者。

裏では、商品管理者。


断片的な証言を集めるうち、真実は形を持ち始めた。


実母の入院費。

「ここで少し働けば助かる」という甘言。

拒めば、生活も、行き場も奪われる。


街頭でのキャッチコピーが耳に残った。


——「わたしを、ぐちゃぐちゃにして」


あれは、彼女の言葉じゃない。

壊されるように、言わされていた言葉だ。


売り上げが落ちれば、人格を削られる。

身体ではなく、心を。


そして、ある夜。

限界を越えた。


彼女は、オーナーを手にかけた。


真相をまとめ、再び留置所へ向かった。

だが、面会は拒否された。


理由は告げられない。

ただ、会えなかった。


その後の半年、俺は動けなかった。

脅し。

尾行。

警告のような出来事が続いた。


それでも、集め続けた。


そして、再びトレンドに彼女の名前が上がった。


「Velvet Moonオーナー殺害事件

 留置所内で被疑者の少女が自害」


公式発表は、それだけだった。


だが、裏で知った話は違った。

留置所内での継続的な加害。

罰という名の、沈黙の強要。


彼女は、最後まで守られなかった。


俺は資料をまとめ、メディアに渡そうとした。

USBメモリをポケットに入れ、夜道を歩いていた。


そのときだった。


乾いた音。

背中に走る衝撃。


倒れ込みながら、空を見た。

月が、やけに柔らかく見えた。


——Velvet Moon。


あの言葉の意味を、

世界が知る日は来るだろうか。


答えは、闇の中だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

後日談 「Velvet Moon」 あまいこしあん @amai_koshian

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画