女性専用車両

庵地 紋

女性専用車両

 手と手がぶつかる。ごめんなさいと声が出そうになるが、ぐっと堪える。けど、相手は顔すら合わせられない。都会とは冷たい。周りより少し小さい自分の手のひらを見て、そう心のなかで呟く。

 僕の趣味は人に言えるようなものではない。

 僕は中高男子校で、学校の中では可愛がられる枠だった。体も、そして手も、小さくて細くて、みんなからよしよしされたりしていた。

「お前の手って、なんか女子みたいだよな〜」

 僕はそれがたまらなく苦痛であった。まぁ当然である。異性愛者の僕が、なぜ好きになるはずもない同性によってたかられなくてはならないのだ。むさ苦しくて仕方がない。


 おっと、今は僕の趣味についての話でしたね。僕の趣味は、地雷系のファッションとメイク、マスクを身につけて、女性専用車両に乗ることだ。

 とはいえ乗ることが目的であり、特に周りを凝視したり痴漢をするわけではない。ただ座席に座り、スマホを眺め、数駅あとに降りる。

 これに意味があるかと言われればほとんど無意味に等しい。

 なんなら、これは犯罪である。恐らく。何罪に当たるかどうかはよく分からないが、バレたら即警察のお世話だと思う。

 けど、バレると思ったことは1度たりともない。僕の手は一つ上の姉よりも少し小さい。背も、155cm有るか無いかくらいだ。

 現に、電車の揺れや座っていたことによって、体や、手が人と触れてしまったとき、僕の顔を見た人はいない。けどそれが、単に男と気づいていないのか、それとも、ヤバい人だと思い、顔をそらしているのか、それは分からない。


 初めて車両に乗ったときは手の震えが止まらなかった。もしバレたらどうしようという不安からだろう。

 けれど、それと同時に細分不可能で、言葉にできない気持ちになった。決して気持ち悪いものではない。けど、最高に幸福ではなかった。なぜだろうか。たぶん、不安と入り交じっていたからなのだろうか。けど、絶対バレないという自信があっても、やはり最高の幸福ではないのだ。

 けれど、ただ一つの事実がある。僕は電車に乗ることで、精神的に興奮していることだ。肉体は反応しない、性的でもない。だが、確実に、僕はあの状況に興奮している。


 たぶん、僕の趣味を聞いたら、誰もが何を考えているのだと思うだろう。けど、この問いは僕自身にも答えることはできない。


 ある朝、いつものように電車に乗った。少々混雑しており、僕は吊革をつかみスマホを眺めていた。電車が急停止した。隣に立った女性が吊革を掴もうとして、手が触れた。かなりしっかり触れてしまった。反射的に身を引く。彼女は一瞬こちらを見て、何も言わず視線を戻した。それだけだった。

 その瞬間、胸の奥に、これまで感じたことのない感情が落ちてきた。安堵でも、恐怖でもない。むしろ、妙な虚しさだった。僕の手は小さい。だから、疑われない。だから、ここに居られる。その事実が、急に重く感じられた。

 僕は何から逃げているのだろう。男であることか、小さな手か、それとも、触れられることへの記憶か。中高時代、勝手に触れられ、勝手に可愛がらた自分。その延長線上に、今の趣味があるのだと、初めて腑に落ちた。

 もしかしたら、僕はこの電車に乗って興奮することで、自分が"男"であることを証明するためにここにいるのかも。


 快速で止まらない駅のホーム。流れる人波が、僕の目を擦っていく。少し残像が残り、ぼやけた目で自分の手のひらを見つめる。小さい。自分でも実感するほど。

 確かに僕は今、精神的に男であり、男である自分にこの上なく高揚を感じている。

 しかし、今周りの人は、僕は男でないと思っている。

 これは、ただ僕が、自分が自分で男だと証明しに来てるだけだ。自分が当たり前だと思っていることを、気色が悪い方法で確認しているに過ぎないのかもしれない。


 電車が次の駅に着いた。降りる予定の駅ではなかったが、僕は扉の前に立つ。マスクの下で息を整え、手を見つめる。つり革のときの女性の手は、僕よりも大きかった。手は、大きさや形がはっきり出る。顔や、服、声は、隠したり、偽り通す事ができる。けれど手だけは、どうにも隠せなかった。

 この手は、小さくて、細くて、弱そうな手。けれど、この手は、どこに居るかを自分で選べる。


 ホームに降り立つと、朝の空気が冷たかった。女性専用車両の扉が閉まり、電車は去っていく。胸の高鳴りはなかった。ただ、少しだけ、肩の力が抜けていた。

 僕は化粧室に駆け込んだ。マスクを取り、鏡を見つめる。そこには女性の顔が写っている。

 水道水を出し、手に一杯すくう。思いっきり水を顔にかけようとして、手が止まる。確かに私がやっていたことは気色が悪い。私のことを男だと思ってはくれない。

 けど、もしこれをやらなくなったら、私すらも、自分を男だと思わなくなるんじゃないか。そんなことを思ってしまった。

 僕は少量しかすくえてない水を洗面台に流す。内側に赤色の口がうっすら残っているマスクを付ける。


 ホームに戻り、また女性専用車両に乗る。電車から降り、すれ違う人にも、扉の前で見張ってる少し背の高い駅員さんも、僕のことに気づかない。今度の車内はあまり人がいない。

 席に座る。手に少し収まりきっていないスマホを握る。けれど電源を入れず、鞄に戻す。

 手を膝の上にポンと置く。面白いほど収まりがいい。正面に座っている人も、2つほど隣にいる人も、スマホに夢中で、僕が男であることは全く気づいていない。その状況に、僕は高揚を感じた。


 膝に置いた手をもう片方の手でギュッと握る。

 僕は、今日もまた女性専用車両に乗る。僕が男であることを忘れないために。

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