大田区のワンダーバード ~異次元怪物との闘い ~

近藤良英

第1話

1. 世界観設定(2065年・東京湾エリア)


日本は超音速機・高速ロケット・深海機などの革新が進み、巨大インフラの建設が加速。しかしその急発展の陰で異次元ゲートの開裂 → 怪物災害


が東京湾周辺で多発するようになった。


異次元怪物の脅威に立ち向かうため、元宇宙飛行士・橋本大五郎を中心に国家異次元怪物戦闘隊(Interdimensional Beast Defense Force 通称IBDF)が極秘に結成される。


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2. IBDF(国家異次元怪物戦闘隊)


Interdimensional Beast Defense Force


● 基本理念


•“どんな場所へも最速で到達し、人命を必ず救う”


•非営利・身元非公開


•首相官邸および防衛省のみが極秘で指令を伝達


● 基地


•大田区の町工場群の地下に巨大基地


•海ほたると海底トンネルで接続


•メカは海ほたるの“偽装展望デッキ”から発進


● 偽装エントランス


•橋本製作所の油圧プレス機の裏


•町中華「龍明飯店」の食材リフト


•古い倉庫・自転車屋・郵便局の荷物エレベータ 等


→「地味で気付かれない入り口」が多数。




光油こうゆエネルギー体系


● 光油とは


南鳥島の地下から滲み出す青白い液体。


特徴:


•通常燃料の30倍のエネルギー密度


•熱ではなく光パルスとして力を放出


•燃焼せず環境負荷ゼロ


•異次元波動を発する


•冷却・高圧・振動に強く、再生力を示す


キャサリン博士が開発した


HOLT(高次光油タービン)により、


光油リアクターが実用化された。




● 歴史と背景


1.2億年前、南鳥島に異次元結晶隕石が衝突し“異次元裂け目”誕生


2.明治〜昭和:青白く光る油の怪現象が報告される


3.2038年:鳥島大噴火で光油が大量噴出 → 正式研究開始


4.2040年代:国家機密として研究が進む


5.2050年代:光油精製技術が完成、大田区町工場の技が不可欠に


6.2060年代:光油と怪物の波長が同質であることが判明


→ 光油採掘が“異次元側への招待状”となり怪物襲来が発生




◆ 主要登場人物リスト


● IBDF(国家異次元怪物戦闘隊)


橋本大五郎(71)


IBDF創設者。大田区の町工場を束ねる人格者。光油研究の中心人物。




橋本圭司(26)


WB1号パイロット。熱く正義感が強く、仲間から信頼されるエース。




浮谷五郎(21)


WB2号パイロット。優しさと力強さを併せ持つ救助のプロ。




坂上栄一(35)


WB3号パイロット。明るく頼りになる宇宙救助のエキスパート。




リンメイ(19)


WB4号パイロット。町中華の娘で、海中での動きは天性の天才。




熊谷豊作(38)


人工衛星「初雁」常駐の通信監視員。冷静な分析力を持つ。




キャサリン・ベーカー(41)


天才エンジニアでWBシリーズの設計者。光油研究の第一人者。




立花由美子(48)


IBDFの政治支援担当。潜入調査や裏工作もこなす実力者。


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● 周辺人物


名波由香(45)


橋本製作所の経理課長。黒幕に操られ、苦悩するスパイ。




名波りか(13)


由香の娘。五郎に淡い好意を寄せる聡明な少女。


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● 敵勢力


東風亀半次郎こちかめ はんじろう(59)


異次元ゲートを利用し混乱を狙う黒幕。


精神操作技術を用いて由香を操る。




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◆ WBワンダーバード詳細紹介


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◆ WB1号:高速戦闘・指揮パワードスーツ


パイロット:橋本圭司


•全高10.2m


•初動対応と指揮を兼ねた万能型


•武装:


 ・ライト・スラッシュ(異次元物質特攻の光刃)


 ・パルス・ナックル(非殺傷衝撃波)


 ・オーロラ・バリア(仲間防御)


•特性:俊敏・軽戦闘に強い。救助もこなす万能機。


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◆ WB2号:重装甲・輸送救助パワードスーツ


パイロット:浮谷五郎


•全高11.3m


•重量物運搬、瓦礫救助のスペシャリスト


•武装:


 ・グラビティ・クロー(局所重力操作)


 ・量子バインダーネット(怪物拘束)


 ・冷却レーザー


•特性:耐久力が最大。護岸固定などにも活躍。


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◆ WB3号:宇宙災害対応パワードスーツ


パイロット:坂上栄一


•全高10.8m


•高高度・宇宙での作業に最適化


•武装:


 ・ゼロ・グラビオン(局所無重力化)


 ・スペースカッター


 ・捕縛パルスロープ


•特性:航続距離と機動力が高く、空中支援の要。


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◆ WB4号:深海救助潜水艇


パイロット:リンメイ


•潜航深度9,000m


•武装:


 ・アクア・パルスランサー


 ・光格子ライトグリッド(ゲート封鎖に活躍)


 ・深海シールド


•特性:海底の怪物やゲートに対応する唯一の専用機。


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◆ WB5号:人工衛星型監視ステーション


管制:熊谷豊作


•全世界の異次元波動監視


•武装:


 ・フェーズシールド


 ・ディメンション・ジャマー


 ・軌道光油レーザー


•特性:地球規模の早期警戒システム。




光油と怪物出現の因果関係(総まとめ)


•光油は異次元ゲートの“痕跡エネルギー”


•採掘・精製が進むと、異次元側は「扉が拡張された」と誤認


•東京湾のゲートが活性化し怪物が頻発


•東風亀半次郎はこのメカニズムを理解し意図的に利用


→ 光油は 希望であると同時に脅威


→ IBDFはその最前線に立つ使命を負う。




異次元怪物(10体)


1.深淵獣ゴルザリオン


海底トンネルを破る甲殻巨獣。胸に結晶核。




2.多脚鋼虫ガルメタル


重力ノイズで周囲の建物を揺動させる金属節足。




3.鏡面龍ミラギラス


反射装甲で光線を跳ね返す。解析の鍵となる。




4.幻影獣ファズーム


姿が揺らぎ、音波残響によって分身して見える。




5.地底重甲バルグロム


光油鉱脈を求め地底から出現。




6.鋼翼巨鳥アーマーグイ


金属羽を飛ばす飛行怪物。光油を吸収して強化。




7.海淵触手メルトクラゲ


触れた物質を次元融解させる触手を持つ。




8.結晶巨兵オルド=グラム


準知性的な巨人。光油の波動に反応。




9.閃光群体ルミフロート


小型の群体。怪物出現の前兆信号を発する。




10.闇核竜ディメンザード


異次元ゲートと融合した“門番怪物”。最大の脅威。






〈ものがたり〉




◆ 第1章 光る海の夜


 東京湾の冬の海は、ふだんは黒に近い深い藍色をしている。


 だが、その夜の海は違っていた。


 深夜一時過ぎ。海ほたる周辺の海面が、かすかな“光”を帯び始めていた。最初は、波間に溶けた月明かりのようにも見えた。しかし、月は雲に隠れている。光の正体は別にあった。


 ──ぼうっ。


 海面の一角が、青白い炎のように揺らめいた。


 航行中の貨物船〈第五あさぎり丸〉の当直員・佐野は、双眼鏡をのぞいたまま凍りついた。


「……なんだ、あれ……」


 光はゆっくりと広がり、海原をぼんやりと照らしはじめた。海が“光る”はずがない。佐野は理解が追いつかなかった。


 次の瞬間、海面の下から巨大な影が動いた。


 船体が、ぐらり、と沈む。


 佐野は反射的に甲板の手すりにつかまる。


「船長! 海底から何かが──!」


 叫ぶ声より早く、海が弾けた。


 黒い柱のような触手が、海中から突き上がる。触手の表面は青白く光り、まるで“光油”そのものが生き物になったようだった。


 ──海淵触手メルトクラゲ。


 東京湾で稀に報告される異次元怪物。その触手は触れた物質を“融かす”。


 船体に触手が巻き付いた瞬間、鉄板がみしみしと泣き始めた。


「うそ……やめろ……!」


 佐野のつぶやきは夜風にさらわれる。


 船長が叫ぶ。


「全員、救命胴衣! エンジン出力最大だ、振り切──」


 言い終える前に、触手が船体を大きく傾けた。積載コンテナが次々と海へ滑り落ちる。


 甲板はすでに混乱の渦だった。


 乗組員の一人が、船体の揺れに耐えきれず海へ投げ出される。


「たすけ──!」


 その声が波間に消えた瞬間、遠く離れた場所で警報が鳴り響いた。


 ──大田区、町工場群の地下。


 そこに存在することすら知られていない巨大基地。


「熊谷豊作から全ユニットへ緊急通達!


 東京湾で光油波動の急上昇を確認! EB値は通常の二百パーセント超!」


 通信オペレーター・熊谷豊作の声が、基地全体へ響く。


 ブリーフィングルームに急行した橋本大五郎は、モニターに映る“青白く光る海”を見た。


 深いしわの刻まれた眉がわずかに動く。


「……これは、ただの自然現象ではないな」


 白衣姿のキャサリン・ベーカー博士が、すでにデータ解析を始めていた。


「光油の波長と……怪物反応が完全一致。


 おそらく異次元ゲートが“呼応”してるわ」


 彼女の声には焦りが潜んでいた。


 大五郎は静かにうなずく。


「各号、出動準備に入れ。


 ──行くぞ、大田区を、東京を守りに。」


 その言葉は、基地の心臓部に火を灯した。


 格納庫の照明が一斉に点灯し、巨大な影が姿を現す。


 光油リアクターの脈動を胸に秘めた、青白い巨人たち。


 WB1号、WB2号、WB3号。


 圭司、五郎、栄一の三人は、それぞれのパワードスーツのコックピットへ向かっていた。靴音が金属床を規則正しく叩く。


 圭司が短く叫ぶ。


「圭司、WB1号! 目標、東京湾の貨物船遭難現場!」


 五郎が続く。


「浮谷五郎、WB2号! 救助支援、重機展開準備OK!」


 栄一が笑いながら言う。


「坂上栄一、WB3号も異常なし! いつでも飛べるぜ!」


 大五郎の声が通信に入る。


「各員、焦るな。人命第一で動け。


 怪物が相手でも、救助を忘れるな。」


 三人が声をそろえる。


「了解!」


 格納庫の天井が左右に割れ、海ほたるへと続く“偽装展望デッキ”が開く。


 東京湾の夜風が吹き込み、光油の匂いが微かに漂った。


 圭司が息を吸い込む。


「行くぞ……ワンダーバード、出動だ!」


 WB1号が跳躍し、夜の湾へ向かって飛び出した。


 続いて、重装のWB2号が地を揺らしながら発進。


 最後に、WB3号が高高度へ飛び立つ。


 青白く光る湾を目指し、三つの光跡が夜空を走った。


 東京湾の怪物との“最初の戦い”が、今はじまった──。


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◆ 第2章 大田区の町工場の日常


 東京湾で貨物船が触手に襲われていた、その数時間前。


 大田区の町工場街には、いつもと変わらない朝が訪れていた。


 冬の空気は透き通り、金属と油の匂いが薄く漂う。


 町工場が立ち並ぶ狭い通りには、朝日が建物の隙間から差し込み、金属板を磨くように反射していた。


 橋本製作所のシャッターは、まだ半分しか開いていない。


 油圧プレス機の音が、ゆっくりと目覚めのように響いた。


「おはようございまーす!」


 威勢のいい声とともに、浮谷五郎が自転車で滑り込んでくる。


 いつもの古いママチャリだが、彼が乗るとやけに軽快だ。


 五郎は身長が高く、がっしりとした体つきだが、笑うと子どものように人懐っこい。町の人からも「五郎ちゃん」と親しまれている。


 工場の奥から、橋本大五郎が顔を出した。


「おお、五郎。今日も早いな」


「はいっ。昨日の光油タービンの調整、続きをやらせてもらおうと思って!」


「そうか。焦らずにな。急ぐ仕事じゃない」


 大五郎は白髪まじりの頭を軽くかきながら言った。


 71歳には見えない背筋の強さがある。


 町工場の親方でありながら、国家異次元怪物戦闘隊──IBDFの創設者であることを知る者は少ない。


 五郎は笑って手袋をはめる。


「じゃあ今日も、がんばりまーす!」


 その横で、溶接用マスクを持った若い女性がやってきた。


 町中華「龍明飯店」の娘、リンメイだ。夜は店を手伝い、昼は橋本製作所で機械整備の技術を学んでいる。


「大五郎さん、おはようございます。今日、部品の受け取りに来ました」


「リンメイか。ちょうど仕上がったところだ。持っていきなさい」


 彼女は礼儀正しく頭を下げたが、その目はどこか湾の先を見つめていた。


 海底の暗闇を恐れず、むしろ惹かれているような、不思議な光。


 そこに、制服姿の男子が工場へ駆け込む。


「五郎さーん!」


 中学生の名波りかだった。


 母・由香は橋本製作所の経理課長で、りかはしょっちゅうこの工場へ顔を出す。


「りかちゃん、どうした?」


「これ、お母さんが忘れていった資料! 渡してって言われて……それで、五郎さんに、はい。差し入れ!」


 りかは小さな紙袋を差し出した。


 中には、コンビニで買ったパンと缶コーヒーが入っていた。


 五郎は照れたように笑う。


「ありがとう。りかちゃんは気がきくなあ」


「べ、別に……五郎さん、忙しそうだから……」


 りかはほおを赤くして目をそらした。


 五郎は彼女の気持ちに気づいているのか、いつものように優しく頭をなでる。


「助かるよ。ありがとな」


「……うん」


 りかはその手の温かさに、少しうつむいた。


 工場の奥では、キャサリン博士が光油リアクターのデータを見ていた。白衣の裾を払いながら、何度も数値を確認する。


「おかしい。最近、光油の波形が安定しない……」


 独り言のようにつぶやく声が、機械の音に消えていく。


 そのとき──


「圭司、来たよー!」


 元気な声とともに、橋本圭司が工場裏から姿を見せた。


 黒髪を短くまとめた、いかにも体育会系の青年。IBDFのエースパイロットであり、WB1号の操縦者だ。


 五郎が片手を上げる。


「圭司兄、今日も訓練か?」


「いや、キャサリン博士に頼まれたんだ。光油安定炉の外観チェック。昨日の揺れの影響、出てないか調べてほしいってさ」


 圭司は光油リアクターの外装を撫でながら言った。


「最近、この子が落ち着かないんだよな……」


 リアクター内部の光油が、ふっと脈動する。


 青白い光が、心臓の鼓動のように弱く強く揺れている。


 キャサリン博士が言う。


「圭司、五郎、今日は念入りにデータを取っておいて。気味の悪い揺らぎが続いているの」


「気味の悪い? どういうことですか?」


「……光油の波長が、まるで何かに“呼ばれている”みたいなのよ」


 リンメイがおどけて肩をすくめた。


「呼ばれてるって……恋人でもできたの?」


 博士は苦笑しながらも、目は笑っていなかった。


「冗談で済めばいいのだけどね」


 そのとき、建物の上空を、カモメがいっせいに鳴きながら飛び去った。


 冬の風が通りを吹き抜け、金属片がカラカラと音を立てる。


 工場にいる誰もが、言葉にできない不安を一瞬感じた。


 異変は、すでに始まっていた。


 だが──このときの彼らはまだ知らない。


 東京湾の海底で、異次元ゲートが音もなく脈動を始めていたことを。


 そして、数時間後。


 海ほたるの海面が青白く輝き、貨物船が闇に飲まれようとしていることを。


 大田区の静かな朝は、嵐の前の静けさにすぎなかった。


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◆ 第3章 地下基地発動


 午後の陽ざしが下町の屋根に反射し、どこまでも穏やかな光を落としていた。


 あの“光る海”の惨劇が始まる、ほんの少し前のことだ。


 橋本製作所の事務所に、経理課長・名波由香が戻ってきた。


 娘・りかに届けてもらった資料を手にしている。


「りか……また五郎さんに会いに行ったのかしら」


 小さくつぶやいてから、胸の中がざわつく。


 それは母としての心配ではなく、もっと暗く重いものだった。


 ──脳裏に、低い男の声がよみがえる。


 <橋本製作所のデータを出せ。光油リアクターの構造を調べろ。


  断れば……りかに何が起こるかわからんな>


 東風亀半次郎──


 由香を支配する“見えない鎖”の持ち主。


 彼の声は、深い井戸から響くように冷たかった。


 由香は机に手をつき、かすかに震えた。


(ごめんなさい……誰も傷つけたくないのに……)


 そのとき、突然スマホが震えた。


 画面には「基地緊急波動検知」の文字。


 由香は息をのむ。


 IBDFメンバーにしか届かない極秘の警告だ。


「まさか……また、怪物が……?」


 恐る恐るモニターを確認した瞬間──


 事務所の床がわずかに揺れた。


 工場全体が、深く息を吸うように「ゴウン……」と響く。


 壁にかけられた古い非常灯が点滅し、


 事務所の奥にある関係者以外立入禁止の扉が、静かに横へ開いた。


 ──そこから、冷たい空気が流れ込んだ。


 由香の身体は反射的に震えた。


 だが、この扉が何を意味するかも知っている。


 大田区地下IBDF基地、発動。


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◆ 地下へ降りる者たち


 圭司、五郎、栄一、リンメイ、そしてキャサリン博士と大五郎が、工場隣の倉庫に集まっていた。


 鉄製の階段の下から激しい機械音が鳴り響く。


「基地が、完全起動しやがった……久しぶりに聞いたぜ!」


 栄一が興奮気味に笑う。


 だが五郎は緊張した顔で、リアクターの計測器を見ていた。


「光油の振動、やっぱり強くなってる。


 博士、これ……」


「わかってる。異常ね……間違いなく異常」


 キャサリンは眉間にしわを寄せる。


「圭司、五郎、栄一。準備はできてる?」


「もちろんだよ、博士」


「任せてください」


「いつでも行けるぜ!」


 三人はそれぞれ短く返事し、階段を駆け下りる。


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◆ 大田区の地下に眠る“もうひとつの街”


 階段を降り切ると、視界は一気に開けた。


 巨大なアーチ天井の下には、数百メートルに及ぶ広い空間。その中央に、青白く光を放つ巨大エレベーターシャフトが立っていた。


 壁には無数のケーブルと配管が走り、地下深くへ続く巨大トンネルが数本伸びている。


 まるで地下都市だ。


 圭司がつぶやく。


「何度見ても……大田区の町工場の下に、こんなものがあるなんて思えないよな」


 栄一が肩を叩く。


「いいじゃねぇか、浪漫ってやつだろ?」


 五郎は緊張気味の表情で周囲を見まわした。


「でも……今日はなんか、いつもと空気が違う気がするんです」


「五郎の勘はよく当たるからな。気を引きしめとけよ」


 栄一が冗談めかして言うと、五郎は苦笑したが、それでも胸の奥のざわつきは消えなかった。


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◆ 指令室、起動


 指令室の中央では、熊谷豊作が早口で衛星「初雁」からのデータを読み上げていた。


「東京湾海域にて、光油波動が急上昇!


 異次元波動EB値、最大警戒ライン突破!」


 大五郎が険しい表情でモニターを見る。


「映像を出せ」


 次の瞬間、壁全面のスクリーンに青白く光る海が映った。


 貨物船のコンテナがいくつも海へ落ち、触手のような黒い影が船体に絡みついている。


 圭司が息をのみ、五郎は目を見開いた。


「くそっ……もう始まってるじゃないか!」


「乗組員、海へ投げ出されてます! 急がないと!」


 熊谷の声は震えていた。


 大五郎が短く命じる。


「WB各号、出動準備に入れ」


 その言葉で、指令室の照明が一段暗くなり、赤い警告灯が回り始めた。


 圭司たちは走り出す。


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◆ WB格納庫


 格納庫に入ると、金属の床が光油リアクターの鼓動に共鳴して、静かに震えていた。


 そこに立つのは──


 WB1号:高速戦闘・指揮パワードスーツ


 WB2号:重装甲・輸送救助パワードスーツ


 WB3号:宇宙災害対応パワードスーツ


 三体の巨人。


 圭司は自分のスーツを見上げて言った。


「行くぞ、WB1……今日も守るべき人がいる」


 五郎はWB2号の腕装甲を優しく叩く。


「頼むぞ、相棒……助けを待ってる人がいるんだ」


 栄一はWB3に軽く指を立てて笑った。


「今日も派手にいこうぜ!」


 整備班が一斉に動き出し、各スーツのコックピットが開く。


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◆ 出動シークエンス


 圭司がWB1号の胸部コックピットへ入ると、内部のホログラムが起動した。


「WB1号、起動システムオールグリーン!」


 ヘルメットのバイザー越しに、圭司の目が鋭く輝く。


 五郎のWB2号は重装のため、起動にやや時間がかかる。だが五郎は落ち着いていた。


「パワーレート、安定……グラビティ・クローの圧も良し……」


 栄一のWB3号は軽快に起動する。


「宇宙用スラスタ、問題なし。パルスロープもOK!」


 熊谷の声が入る。


「各号、目標地点は海ほたる南東海域!


 触手型怪物メルトクラゲによる船体破壊を確認!」


 大五郎が続ける。


「くれぐれも、人命第一。武器の使用は最小限に留めろ」


 三人の声が重なる。


「了解!」


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◆ 地上への射出――出動


 格納庫の天井が左右へ開き、海ほたるまで直通する“偽装展望デッキ”のトンネルが姿を現す。


 風が吹き抜け、青白い光油の匂いが微かに漂う。


「WB1号、橋本圭司、出動する!」


 圭司の叫びとともに、WB1号が加速し──


 夜空へと跳び出した。


 続いて、WB2号が轟音を響かせて追いかける。


 地面が震えるほどの重量だ。


 最後にWB3号がスラスターを吹かし、高高度へ急上昇した。


 三本の光跡が、東京湾へ向かって走る。


 ──救助と戦いの時は来た。


 東京湾上空では、貨物船が今まさに沈もうとしていた。


 異次元怪物との“初めての大規模戦闘”が、目前に迫っていた。


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◆ 第4章 東京湾救助作戦


 冬の東京湾は荒れていた。


 昼間の穏やかさが嘘のように、強い北風が波を高く立て、海面全体が暗い皺のように揺れている。


 その中央に──ひときわ強い“光”があった。


 海ほたるの南東海域。


 青白い光油反応が海中から立ちのぼり、


 貨物船〈第五あさぎり丸〉は船体を大きく傾け、


 触手のような黒い影が全体を締めあげていた。


 ──海淵触手メルトクラゲ。


 貨物船の鉄板が融け、煙をあげて崩れ落ちる。


 海へ投げ出された乗組員たちは、必死に漂流物にしがみついていた。


 その時だった。


 夜空の雲を突き破るように、一条の光が落ちてきた。


「WB1号、到着──対象視認!」


 圭司の声がヘルメット内部に響く。


 彼の乗るWB1号が湾の上空で急制動し、機体を傾けながら状況を一望する。


 波の音、風の叫び、船体の軋み……それらが圭司の呼吸を速めた。


「くそ……間に合え……!」


 圭司はスラスターを再点火し、海面すれすれに滑り込んだ。


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◆ WB1号:現場急行・軽戦闘・初動救助


 WB1号の脚部噴射口が水しぶきを散らし、圭司は素早く手近な乗組員へ手を伸ばす。


「しっかりつかまれ! 大丈夫だ、助けに来た!」


 乗組員の一人が泣きそうな顔で手を伸ばす。


「た、助かった……!」


 圭司は腕部の “パルス・ナックル” を小型モードで作動させ、漂流物を固定しながら乗組員を抱きかかえた。


 その時──海面全体がざわりと泡立った。


 貨物船の反対側へ、黒い触手が伸びていく。


「させるかっ!」


 圭司はブースターを吹かし、WB1号を海上へ滑らせた。


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◆ WB2号:重装救助の要


 その頭上を、重い影が覆った。


「WB2号、浮谷五郎! ただいま到着!」


 WB2号が海上へ降り立つと、


 水面が爆発したかのように跳ね上がった。


 五郎は操縦席で小声でもらす。


「圭司兄……俺も行きます……!」


 巨大なWB2号が船体の脇に立ち、


 腕部の “グラビティ・クロー” を展開する。


 船体の真下に重力場が広がり、


 沈みかけていた貨物船が「ぐぐっ」と浮き上がった。


 船長が叫ぶ。


「船が……持ち上がった……!?」


「安心してください! ここは俺が支えます!」


 五郎は操縦桿を強く握り、全力で船体を安定させた。


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◆ WB3号:空からの救助と封じ込め


 上空から声が入る。


「WB3号、坂上栄一、ここより参上!」


 栄一のWB3号は、宇宙救助用スラスターを最大展開し、空中で高速旋回していた。


「船体全体を固定する! ゼロ・グラビオン、展開!」


 海上に広い無重力フィールドが広がり、貨物船の倒壊速度が一気に減速した。


 乗組員の一人が驚きの声をあげる。


「う、浮いてる……船が……!」


 栄一はニヤリと笑った。


「ここからが、俺の見せ場だ!」


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◆ 怪物の反撃


 だがその瞬間、


 海中から巨大な触手が三本同時に飛び出した。


「圭司兄、注意してください! 来ます!」


「わかってる!」


 触手の一本がWB1号へ迫る。


 圭司は咄嗟に “ライト・スラッシュ” を起動した。


 光の刃が触手を切り裂く──はずだった。


 だが、触れた瞬間、刃の表面が溶けるように暗くなった。


「なんだ!? 切れない……!?」


 キャサリン博士の緊迫した声が入る。


『触手の表面は“次元融解膜”。通常の光刃は通らないわ!』


「じゃあ……どうすればいい!?」


『直接切るな! パルスで押し返すのよ!』


 圭司は即座に切り替え、パルス・ナックルを最大出力で放つ。


 青白い衝撃波が触手を吹き飛ばした。


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◆ 五郎の奮闘、栄一の連携


 別の触手が貨物船を狙う。


「させねぇよ!」


 栄一がスラスターを吹かし、WB3号の “パルスロープ” を投射する。


 帯電したロープが触手を絡め取り、海中へ引きずり込んだ。


「五郎、今だ! 船をさらに持ち上げてくれ!」


「はいっ!」


 五郎はグラビティ・クローを増幅し、


 沈没寸前の船体を水面上へと持ち上げた。


「これで……生き延びる時間が増える!」


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◆ 圭司、海中の気配に気づく


 圭司は救助を進めながら、海の“うねり”に違和感を覚えていた。


 ──何かがおかしい。


 触手の動きが、ただの獣の本能ではない。


 あたかも“何かを守るように”動いている。


(まさか……この下に何かが……?)


 その直後、熊谷の声が叫んだ。


『海底に異次元ゲート反応! 亀裂が拡大しています!』


「なんだって!?」


 圭司が叫ぶ。


『異次元波動EB値、上昇中! 怪物は……まだ本気じゃない!』


 圭司の手が汗ばむ。


 触手はその言葉を証明するかのように、


 海面に向けて巨大な波動を解き放った。


 海が轟音をあげ、メルトクラゲの本体が海面を割って姿を現す。


 巨大なクラゲ状の胴体。


 青白い核が脈動し、周囲の水を蒸発させている。


 五郎が震える声で叫ぶ。


「こ、これは……でかすぎる……!」


 栄一が息をのむ。


「マジかよ……あれ、やべえぞ!」


 圭司は奥歯をかみしめた。


「全員、構えろ……!


 ここからが本番だ!」


 東京湾の夜が、怪物の咆哮で震えた。


 救助と戦闘の限界ギリギリの戦いが、始まった。


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◆ 第5章 敵の影とスパイ


 東京湾ではWB1〜3号が必死の救助と戦闘を続けていた。


 だが、その光景を遠く離れた場所から眺めている者がいた。


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◆ 東風亀半次郎の部屋


 都心の高層タワーの最上階。


 夜景を床から天井までのガラス越しに見下ろす広い部屋。


 その中心で、椅子に深く座り込み、


 長い指でステッキの先を軽く叩いている男がいた。


 東風亀半次郎こちかめ・はんじろう。


 異次元ゲートを利用して混乱を狙う、謎の実業家。


 彼は静かな笑みを浮かべながら、モニターに映る海の光景を見ていた。


「美しい……。光油という文明の宝石が、怪物を呼び寄せるとはな」


 冷たい声だった。


 その背後に設置された巨大ディスプレイには、


 東京湾の“青白い光”と、うごめく触手の影が映し出されている。


「人類は本当に愚かだ。


 異次元の扉を開き、自らその力を欲した……


 ならば、その罪を管理する者が必要だ」


 東風亀はステッキを軽く鳴らし、部下に命じる。


「橋本製作所への監視を強化しろ。


 光油リアクターの鍵は必ず奪う。


 そして──名波由香の精神リンクを維持しろ」


「はっ!」


 部下たちがすぐさま退室する。


 東風は窓の外を見る。


 東京の夜景が宝石のように輝いている。


「闇核竜ディメンザードよ……


 お前が完全に顕現する時、世界は再構築されるだろう」


 その声は、夜の空気にとけ、冷たく響き続けた。


________________________________________


◆ 名波由香の苦悩


 一方、大田区の橋本製作所。


 救助に向かった仲間たちから離れて、


 名波由香は事務所の片隅で一人うずくまっていた。


 手帳が机から落ちる。拾おうとした瞬間──


 頭の奥にズキンと鋭い痛みが走った。


 視界が白く染まり、耳の奥で男の声がささやく。


<由香……聞こえるな?>


「やめて……やめてください……!」


<光油リアクターの回路図を記録しろ。


 橋本大五郎の動向も追うのだ。


 お前に拒否権はない>


「娘には……りかには手を出さないで……!」


<ならば従うのだ。


 りかは、お前が逆らえば……どうなるか、わかるな?>


 冷たい声に、由香の心が崩れそうになる。


 涙が頬をすべり落ちる。


「……わかりました……やります……やりますから……」


 その瞬間、精神リンクが消えたように、痛みが止んだ。


 だが、胸の奥には深い恐怖が残っていた。


(私が……裏切っている……みんなを……


 それでも、りかを守るためには……)


 由香は震える手で机を支えながら立ち上がる。


 誰にも見られていないことを確認し、


 光油リアクターのデータログをひそかに複製し始めた。


 冷たい蛍光灯の光が、彼女の涙に反射して揺れていた。


________________________________________


◆ 光油の秘密──キャサリン博士の解析


 その頃、地下基地の解析室では、


 キャサリン博士がモニターに張りついていた。


「これは……ひどいわね……」


 映し出されているのは光油のスペクトル解析。


 波長が不安定に脈動し、まるで“悲鳴”のように乱れていた。


「光油は……ただのエネルギーじゃない。


 これは……異次元と地球の間を流れる“情報”なのよ」


 助手の青年が驚いて声を上げた。


「情報……ですか?」


「そう。異次元側の波動が光油を通して地球に干渉している。


 つまり──人間が光油を使えば使うほど、


 異次元側は“扉を広げろ”と勘違いするのよ」


「じゃあ怪物が増えるのは……!」


「私たちの文明発展そのものが“呼び水”になってるの」


 博士は苦々しく言った。


「でも……止めるわけにはいかないわ。


 このエネルギーがなければ、救える命も救えなくなる」


 彼女の手が小さく震えた。


(大五郎さん……あなたはどう判断するの?


 光油は希望なのか、それとも絶望なのか……)


 その時、基地全体に警報が鳴り響いた。


『WB1〜3号より緊急報告!


 怪物が本体を海面に出現! 救助限界です!』


 キャサリンの顔が一瞬で緊張に染まる。


「このタイミングで……!?


 まだ解析は終わってないのに!」


 だが、迷っている時間はなかった。


 博士はインカムを取り、力強く叫ぶ。


「圭司、五郎、栄一! 聞こえる!?


 あなたたちだけが頼りよ……必ず、みんなを救って!」


________________________________________


◆ 大五郎の決意


 大五郎は指令室で、


 顔を険しくしてモニターを見つめていた。


 彼の胸の奥で、長年の経験からくる警鐘が鳴り響いていた。


(これは……ただの災害ではない……


 何者かが、裏で手を引いている……)


 名波由香の不自然な態度も、


 光油の異常な波動も、


 怪物出現の頻度も──すべて繋がっている。


 だが、大五郎は決して迷わなかった。


 彼はゆっくりと息を吸い込み、


 指令室全員へ向けて力強く言った。


「IBDF総員、聞け。


 今は──救助が最優先だ。


 仲間が危険にさらされている。


 我々が動かねば、誰が動く!」


 隊員たちが一斉に応じた。


「了解!!」


 大五郎は圭司たちへ通信を送る。


「圭司、五郎、栄一。


 大田区の、いや、東京の未来は──お前たちの肩にかかっている。


 どうか無事に戻ってこい」


 圭司の声が返ってくる。


「わかってます、親父さん……絶対に、みんな救います!」


 五郎も力強く叫ぶ。


「任せてください! 僕たちはワンダーバードですから!」


 栄一が明るく笑う。


「全員生還! それが俺たちのルールだろ!」


 大五郎は小さくうなずいた。


「──頼んだぞ、IBDF」


________________________________________




◆ 第6章 鏡面龍ミラギラス襲来


 海淵触手メルトクラゲの本体が海面に姿を現した瞬間、


 東京湾全体がまるで“呼吸を止めた”ように静まり返った。


 巨大な半透明の傘。


 中心に青白い光核。


 海面を溶かしながらのし上がる触手。


「でっけえ……嘘だろ……!」


 栄一がWB3のコックピットで呆れたように呟いた。


「五郎、船の保持を頼む! 俺が引きつける!」


「わ、わかりましたっ!」


 圭司はWB1を前に出し、触手へ向けて“パルス・ナックル”を叩き込む。


 ──だが。


 触手は一瞬だけひるんだものの、すぐに再生した。


「再生が早すぎる……!」


 その時だった。


 海底から、さらに別の波動が響いた。


 圭司は気づく。


(まだ終わってない……


 こいつは、本当の危険の“前座”だ……!)


________________________________________


◆ 触手との攻防、限界が迫る


「圭司兄、後ろ!」


 五郎の叫びと同時に、別の触手がWB1号の背後から襲いかかる。


 圭司はギリギリでスラスターを噴射し回避。


 だが、回避に使った瞬間、


 船体が五郎のWB2号の負担へ一気に乗しかかった。


「うぐっ……っだ、大丈夫です……まだ、持ちます……!」


 WB2号の関節部が軋み、アラームが鳴り続ける。


 栄一が空から支援に入る。


「五郎、無茶すんな! 船の重量、これ以上はさすがに──」


「でも……今手を離したら、人が死にます!」


 五郎の声には迷いがなかった。


 圭司は歯を食いしばる。


(五郎の“優しさ”が、彼の強さなんだ……


 必ず守る……!)


________________________________________


◆ 本体の咆哮──そして“鏡”が生まれる


 その瞬間。


 メルトクラゲの中心核が眩しく光った。


 圭司が叫ぶ。


「来るぞ──!」


 轟音とともに、巨大な波動が海上を走る。


 WB1〜3のセンサーが軒並み悲鳴をあげた。


『海底で新たな反応! 巨大な……金属質の影を確認!』


 熊谷の声が震える。


「金属質……? 海底にそんなもの──」


 言い終える前に、海面が裂けた。


 青白い光を浴びながら、


 “鏡のように輝く龍”がゆっくりと海上へ姿を現した。


 胴体は金属光沢に覆われ、全身が艶のある鏡面装甲。


 眼孔は深い闇を宿した結晶。


 波を切り裂きながらゆっくりと頭をもたげる。


 鏡面龍ミラギラス──。


 風が凍りつくように止まり、


 海の音が消え、


 東京湾が“息を呑んだ”。


「な、なんだよあれ……!」


「やばい……こんなの、聞いてない……!」


 WB3の栄一でさえ、言葉を失った。


________________________________________


◆ 鏡面装甲の脅威


 圭司が冷静に状況判断をする。


「栄一、上空支援! 五郎は船の保持を続行!


 俺がミラギラスの注意を引く!」


「兄貴、無茶だ! あれは……!」


「やるしかないんだよ!」


 圭司はスラスター全開で突っ込む。


 ミラギラスの目がWB1を向いた。


 その瞬間──


 怪物の胸部から“光の波”が放たれた。


「ライト・スラッシュ!」


 圭司は対抗して光刃を振るう。


 ──しかし。


 光刃はミラギラスの身体に触れた瞬間、


 そのまま「同じ方向」へ跳ね返されてきた。


「なっ……!?」


 圭司はとっさにスラスターで退避。


 反射した光刃が海面を切り裂き、巨大な水柱が上がる。


 熊谷の叫びが入る。


『ミラギラスの装甲は鏡面構造!


 光攻撃はすべて“反射”されます!』


「光油兵器が効かない……だと!?」


 圭司の全身から汗が噴き出す。


 ミラギラスが大きく咆哮すると、


 反射光が空を走り、WB3号をかすめた。


「うおおっ!? あっぶねえ!」


「栄一、無茶するな!」


「いや、無茶なのはそっちだろ兄貴!」


 WB3号は高高度へ退避し、


 WB2の五郎は必死に船を支えながら震えた声を出した。


「これ……倒せるんですか……?」


 圭司は言葉に詰まる。


(反射する……正面からの攻撃は全部自分に戻ってくる……


 なら、どうやって──)


 その時。


 インカムに、聞き慣れない声が割り込んだ。


『──リンメイです! 私に、行かせてください!』


________________________________________


◆ WB4号、初めての戦場へ


「リンメイ!? なんで!?」


『海底の地形データを見ました!


 ミラギラスの鏡面装甲は“水面反射角”を利用して攻撃を反射しています!


 でも──水中からなら、反射が乱れるはず!』


「水中……?」


『WB4なら、海底から“下方向”へ攻撃できます!


 反射角が乱れて、鏡面装甲を突破できるはずなんです!』


 キャサリン博士の声が飛び込む。


『その通りよ! リンメイの言うことは正しい!


 水中から狙えば、鏡面反射の法則が乱れるわ!』


 圭司は一瞬だけ黙り──そして強く言った。


「リンメイ、気をつけろ……! 無茶だけはするな!」


『了解! ──ワンダーバード4号、出撃します!』


________________________________________


◆ 海底からの“逆襲”


 その頃、海の下で──


 青い影が深く潜っていた。


 WB4号:潜水救助艇。


 リンメイは静かに息を整えていた。


「ミラギラス……大田区の海を荒らすなんて、許さないよ……!」


 海底を伝う低い振動が、WB4の外殻を震わせる。


 怪物の“脈動”が海を通して響いてきた。


 リンメイは光油ランサーを構える。


「これが……あたしの初陣……!」


 海面の方から、


 ミラギラスの巨大な影が映りこんでいる。


 リンメイは狙いを定めた。


「──アクア・パルスランサー、最大出力!」


 水中で光が爆ぜ、


 一直線の光槍が鏡面龍の腹部へ突き刺さる。


 水面反射が乱れ、


 光の屈折がミラギラスの内部核へ直接届いた。


 圭司が叫んだ。


「効いてるぞ──リンメイ!」


 ミラギラスが苦しそうに吠え、装甲が一部ひび割れる。


『リンメイ! もう一撃だ!』


「了解っ!」


 WB4が再び加速し、


 海中から光槍を突き立てた。


 ミラギラスの鏡面装甲が砕け、


 光核がむき出しになった。


「圭司兄! 今です!」


「任せろォォッ!!」


 WB1号が空中で回転し、


 “パルス・ナックル最大出力” を光核へ叩き込む。


 白い閃光。


 巨体が震え、砕け散り──


 鏡面龍ミラギラスは、光の粒子となって消えていった。


________________________________________


◆ 勝利の直後、さらなる“影”が動く


「やった……のか……?」


 五郎の声は震えていた。


 栄一が空から笑う。


「マジで……すげぇぞリンメイ!」


 リンメイは息を整えながら言った。


『大田区の女の子、ナメんなっての……!』


 全員が思わず笑った。


 だがその笑いは──長く続かなかった。


 海底から、


 ミラギラスを遥かに上回る“黒い影”が、


 ゆっくりとうごめき始めたからだ。


 圭司が息を呑む。


「……まだ、終わってない……!」


 闇核竜ディメンザード──


 その“影”が海底の裂け目から姿をのぞかせていた。


________________________________________




◆ 第7章 海底ゲート暴走


 鏡面龍ミラギラスが光の粒子となって消えた瞬間、


 東京湾の空気が“張り詰めて”いくのを、圭司は肌で感じた。


 勝利の余韻に浸る間もなく、海底が再びうなり始めたのだ。


 ──ゴゴゴゴゴ……!


 海底の深い場所から、巨大な脈動が伝わってくる。


 水面が震え、波紋が重なりあって黒い渦となる。


「これ……マズいんじゃないか……?」


 栄一がWB3号で高度を上げながらつぶやく。


「ミラギラスがいなくなったのに、波動が強く……?」


 五郎もWB2号で船体を支えつつ、不安げな声を漏らす。


 圭司は嫌な予感に胸が締めつけられた。


(これは……“何か”が起きる前兆だ……


 ここまで大きな反応、今まで見たことがない……)


 その時。


 熊谷豊作の声が、震えながら通信に割り込んだ。


『……大変です! 海底の亀裂が、異常な速度で拡大しています!


 光油波動EB値──前代未聞の300%を突破!!』


「300……!? そんな値、聞いたことないぞ!」


 栄一が驚愕する。


『怪物の反応ではありません! これは……ゲートそのものが暴走しています!』


「ゲート……暴走!?」


 リンメイもWB4号の内部で息を呑んだ。


「ミラギラスは……前座だったの……?」


 その疑問に答えるように──


 海底の裂け目から、あり得ない“影”が姿をのぞかせた。


________________________________________


◆ 闇核竜ディメンザードの“影”


 黒い。


 ただ黒いわけではない。


 光を吸い込み、存在を飲み込み、


 周囲の海そのものが闇へ沈んでいくような“黒”だった。


 海底の裂け目から上がるその影は、形を定めず、


 しかし確かな“巨大な竜の輪郭”を持っていた。


 熊谷が震える声で告げる。


『確認……。あれは……“闇核竜ディメンザード”……


 以前の観測情報と一致。間違いありません……!』


 栄一の声が裏返る。


「ウソだろ……ミラギラスの何倍あるんだよ!」


 五郎ですら、思わず圧倒されて言葉を失った。


「なんて……大きさだ……」


 圭司は必死に冷静さを保とうとした。


(まだ“影だけ”だ……完全にゲートを通り抜けてはいない……


 今、押さえなければ──東京が……日本が……!)


 その瞬間。


 海底が破裂したような轟音とともに、


 ディメンザードの影が巨大な波動を放った。


 海面が大きく膨れ上がり──


 周囲の海域へ津波のように広がった。


「来るぞ!! 全員、構えろ!!」


________________________________________


◆ 津波級・異次元波動


 圭司の叫びと同時に、


 波ではなく“押しつぶす力”の衝撃波が船とメカを襲った。


 WB1号の警告音が鳴り響く。


《警告:外部圧力、限界値接近》


 圭司は歯を食いしばり、WB1号を斜めに構えて衝撃を受け止める。


「うおおっ……!!」


 五郎のWB2号がぐらつき、


 支えていた貨物船が大きく傾いた。


「だめだ……このままじゃ……沈むっ……!」


「五郎!!」


 栄一が上空からスラスター全開で急降下し、


 ゼロ・グラビオンを展開。


 無重力フィールドが船体の落下速度をわずかに抑えた。


「このままじゃ持たねぇ! もっと支援するぞ!」


「ありがとう……栄一さん!」


________________________________________


◆ WB4リンメイの海底封鎖


 リンメイは、WB4号でただひたすらに深く潜り続けていた。


 彼女の視界には、巨大な裂け目と、


 そこから噴き出す青白い光油波動が広がっている。


「ゲートが……開きかけてる……!」


 圧力で機体が軋んでも、リンメイは構わなかった。


「こんなの……通させない! 絶対に!」


 彼女は海底にWB4の脚部アンカーを固定し、


 “光格子ライトグリッド”を展開した。


 光の網が海底裂け目に降り注ぎ、


 爆ぜるように広がるゲートエネルギーを押し返す。


 だが──


《警告:出力限界まで残り12%》


「えっ……もう!?」


 ゲートの圧が強すぎる。


 ディメンザードが完全に出現しなくても、


 影だけでこの力なのだ。


「圭司兄っ……! 早く……なんとかして……!」


 リンメイは額に汗を浮かべながら、


 必死に光格子を維持する。


________________________________________


◆ 圭司、五郎、栄一の総力防衛


 圭司はWB1号で衝撃波から前線を守りながら叫ぶ。


「栄一! 波動を上空へ逃がせ!」


「了解ッ!」


 WB3号が急上昇し、


 デブリ除去装置“スペースカッター”を波動の進行方向に向けて放つ。


 空中で波動が分散し、


 熱風のように吹き抜けていく。


 次に圭司は五郎へ叫ぶ。


「五郎! 護岸の固定を頼む! 大田区の沿岸が崩れるぞ!」


「やってみます!」


 WB2号の“地盤固定アンカー”が海底へ突き刺さり、


 護岸の崩落をギリギリで防ぐ。


「くっ……重い……! でも……みんなが待ってる……!」


 五郎の必死の踏ん張りで、


 数百メートルの護岸が持ちこたえていた。


________________________________________


◆ 総崩れ寸前の防衛線


 しかし圭司は悟っていた。


(五郎も、栄一も、リンメイも……


 みんな限界ギリギリだ……!)


 緊迫した通信が入る。


『圭司! ディメンザードの影が動き出してる!


 完全に姿を現す前に、ゲートを“閉じるしかない”!』


「閉じる……? どうやって!?」


 キャサリン博士の声が震えている。


『光油リアクターの逆位相制御……


 本来は“絶対使ってはいけない”方法よ!』


「じゃあ無理じゃないのか!?」


『ただ……大五郎さんなら……』


 キャサリンの声が途切れ──


 代わりに、大五郎の落ち着いた声が通信に入った。


「圭司……ここは私がやる。


 光油リアクターを“逆相”で動かせば、


 ゲートの波動を打ち消せるはずだ」


「親父さん!? そんなことしたら──」


「命くらい、安いものだ。


 この街を守れるならな」


 圭司は胸が凍りついた。


「ふざけるな!!」


 叫びが喉を裂く。


「命が安いわけないだろ!


 大田区だろうが世界だろうが、


 そんな理由で誰かが死んでいいわけないんだ!!」


 大五郎はしばらく沈黙し──


 静かに言った。


「……ならば、圭司。やってみせろ。


 ゲートを閉じ、みんなを守ってみせろ。


 誰一人欠けることなく──だ」


 圭司は拳を震わせながら叫んだ。


「……任せろ!!」


________________________________________


◆ 逆位相制御、発動


 キャサリン博士が迅速に制御式を送る。


『圭司、WB1号の光油コアを“逆位相”に切り替えるわ!


 制御を失敗すると爆散する可能性がある!』


「やるしかないだろ!!」


 WB1号の胸部にある光油コアが激しく脈打ち、


 青白い光が紫へと変色していく。


 圭司はスラスター全開で海面へ向けて降下した。


「リンメイ!! 今から俺が波動を打ち消す!


 光格子を……あと数秒だけ持たせてくれ!!」


『……任せてっ! 死んでも離さないから!!』


 リンメイの声が震えながらも強かった。


 圭司は叫ぶ。


「いくぞ──逆位相制御、最大出力!!」


 WB1号の胸から、


 紫色の巨大な光が海へ放たれる。


 海底裂け目の光油波動とぶつかり合い──


 強烈な閃光が生じた。


 数秒間、世界が白く塗りつぶされた。


________________________________________


◆ ゲート沈静──しかし……


 光が収まった時、


 海底の裂け目は急速に縮小し、


 青白い光は消え──


 ディメンザードの影も沈んでいった。


 リンメイの光格子も限界寸前で消失。


「はぁ……はぁ……! 閉じた……閉じたよ……!」


 五郎が泣きそうな声でつぶやく。


「ほんとに……やりきったんだ……!」


 栄一も、WB3号を海上に降ろしながらため息をつく。


「やべぇ……人生で一番疲れたかも……」


 だが圭司は、


 胸の奥に重い“違和感”が残っていた。


(……影は……消えた?


 本当に“消えただけ”なのか……?)


 海は静かだった。


 異様な静けさだった。


 ──そして。


 海底の奥深くから、


 “かすかな黒い光”が一瞬だけ、確かに揺れた。


 それは、嵐の前の囁きのように弱く──


 しかし確かに“不気味だった”。


________________________________________




◆ 第8章 戦いの終わり、そして予兆


 海底ゲートが沈静化し、


 闇核竜ディメンザードの影が消えたあと、


 東京湾には不気味なほど静けさが訪れた。


 さっきまで大荒れだった海は、


 うそのように穏やかで──


 ただ、冷たい風だけが海面をなでていた。


 圭司はWB1号のコックピットを開き、冷たい空気を吸い込んだ。


「……終わった、のか?」


 自分でも信じられないような声だった。


 すぐそばで、WB2の五郎が船体をゆっくり下ろし、救助ヘリに引き渡していた。


「みんな……無事でよかった……!」


 五郎はヘルメット越しに泣き笑いのような声を漏らした。


 船にいた乗組員の一人が、


 WB2号の足元に向かって深く頭を下げる。


「ありがとう……本当に、ありがとう……!」


 その言葉に、五郎の胸がじんわりと熱くなる。


「僕じゃありません……みんなでやりました……!」


________________________________________


◆ 栄一の帰還、リンメイの安堵


 WB3号で上空を旋回していた栄一が、


 満足そうにため息をつきながら降りてきた。


「いやぁ……死ぬかと思ったわ。


 マジで今日は帰ったら風呂入って寝る。絶対寝る。」


「栄一さん、いつも寝てるじゃないですか」


 通信越しにリンメイが突っ込みを入れる。


 WB4号は海面へゆっくり浮上し、


 リンメイの顔がヘルメット越しに見えた。


 頬に汗をにじませながらも、表情には誇らしさがあった。


「……ふぅ。やったよ、あたし」


「リンメイ、よくやった!」


 圭司が笑顔で言うと、


 リンメイは耳まで赤くしながら目をそらした。


「べ、別に……その……大田区を守るのが仕事だから……!」


 栄一が茶化す。


「いや〜初陣でミラギラス粉砕は伝説だぞ。


 “海底の暴れ乙女リンメイ”って呼ぼうか?」


「呼ぶな!!」


 怒鳴り返しながらも、リンメイの声にはどこか弾みがあった。


________________________________________


◆ 地上での安堵──だが……


 救助ヘリが最後の乗組員を収容し、


 東京湾にはふたたび静寂が戻った。


 圭司は仲間たちの無事を確認して、大きく息をつく。


「みんな……本当にお疲れ様。


 誰一人欠けずに戻ってこれた……それが何よりだ」


 五郎は胸を張る。


「はいっ! 今日の五郎は、やれば出来る五郎です!」


「いつもだろ、五郎は」


 栄一が笑う。


 そんな中、リンメイがふと海面を見つめた。


「……圭司兄。


 さっきゲート、閉じたよね?」


「閉じた。大五郎さんと博士が力を合わせてな」


「でも……まだ、なんか変な感じする」


「変な感じ?」


「うん……海がね、“まだ泣いてる”みたい……」


 圭司は胸の奥がざわつくのを感じた。


(リンメイの勘は……妙に当たるんだよな……)


 だが、今はそれを確かめる術がなかった。


________________________________________


◆ 地下基地──大五郎の言葉


 基地へ帰還したIBDFメンバーは、


 疲れをにじませながらも充実した表情で戻ってきた。


 大五郎がゆっくり彼らを迎える。


「よく戻った。


 お前たちは今日、多くの命を救った。


 この大田区も、東京も、未来もだ」


「親父さん……逆位相制御、危なかったんじゃ……?」


「危険な方法だったが、圭司がうまく使いこなした。


 ……私の出番はなかったよ」


 柔らかく笑う大五郎に、


 圭司は少し目頭が熱くなった。


「俺……全部守れる人間になりたいんだ。


 仲間も、街も、未来も……」


「守れるさ。


 しかし──そのためにこそ、


 “影”と戦う意志がいる」


「影……?」


「まだ終わっていない。


 今日の影は、次の脅威の“前触れ”にすぎん」


 大五郎は誰にも聞こえないほど静かに続けた。


「ディメンザード……


 あれは、まだこの世界に興味を持ち始めただけだ」


________________________________________


◆ 名波由香──静かに崩れていく心


 同じ頃、事務所。


 帰ってきた由香は、


 娘のりかを抱きしめながら泣いていた。


「りか……りか……!


 本当に……無事でよかった……!」


「お母さん……どうしたの……?」


 りかが不安そうに顔を覗き込む。


 由香は“ある秘密”を抱えたまま、


 自分を責め続けていた。


(私は……裏切り者……


 でも……今はまだ言えない……


 この子を守るために……私は……)


 脳裏に、あの冷たい声がよみがえる。


<次は……任務を失敗するな。


 大田区がどうなってもいいのか?>


 由香は唇をかみしめた。


「……どうか……誰も傷つきませんように……」


 彼女の涙は止まらなかった。


________________________________________


◆ 東風亀半次郎──静かなる笑み


 都心のタワー最上階。


 東風亀半次郎は、


 消滅したミラギラスの映像も、


 閉じたゲートの解析データも、


 視界に入れながら静かに笑っていた。


「……ふむ。


 人間にしては上出来か。


 だが──それはあくまで“試しの一手”に過ぎん」


 窓の外の夜空に指先を向ける。


「闇核竜ディメンザードよ。


 次は……本気で来るがいい」


 彼の笑みは、


 この世界を“遊戯盤”として眺める者のそれだった。


________________________________________


◆ 再び揺れる光──予兆


 その夜。


 東京湾は静かだった。


 だが──


 海の底の、さらに深い場所で、


 誰にも気づかれずに“光”がゆらいだ。


 青白い光とは違う、


 深い“黒い光”。


 まるで、巨大な何かがゆっくりと目を開き、


 この世界を覗いているかのような……そんな光。


 波が小さく揺れた。


 誰も知らない。


 今日の戦いが、


 侵略の序章でしかないことを。


 ──物語は続く。








後書き

最後までお読みいただき、ありがとうございました。ワンダーバードの戦いはまだ始まったばかりです。光油の秘密、異次元怪物の脅威、そして東風亀半次郎の陰謀──物語はさらに深く広がっていきます。大田区という身近な舞台で“未来”と“人情”が交差する物語を、これからも描いていきたいと思います。読者のみなさまの心に、少しでも熱い気持ちやワクワクが届いていれば幸いです。


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大田区のワンダーバード ~異次元怪物との闘い ~ 近藤良英 @yoshide

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