聖夜の闇の中で
異端者
『聖夜の闇の中で』本文
「サンタさん、来てくれるかな?」
男の子は、テーブルを囲んだ椅子から立ち上がって心配そうに窓の外を見ました。
リビングの片隅には、電飾の付いた小さなクリスマスツリーが飾られています。
「大丈夫、きっと来てくれるわ」
台所で夕食の準備をしていた母親は、安心させるようにそう言いました。
窓の外はもう暗く、曇っているのか星も見えません。その様子はストーブを
「そうだぞ……心配しなくても、お前が良い子なら来てくれるさ」
椅子に座っている父親も同意しました。その満面の笑みは、どこか作り物じみていました。父親は自分の幼い頃のクリスマスを思い出していました。祝ってくれる者など、誰もいなかった、独りきりで――そんな様子を。
「本当に、本当に……来てくれるの? お願い、聞いてくれるかな?」
男の子はまだ心配そうです。その言葉には必死さがこもっていました。
「ああ、大丈夫だ」
父親は力強く
「大丈夫だから、今夜はご
母親は
「なあ、あの子がプレゼントに何が欲しいか……聞いたか?」
その数日前の夜、リビングで父親は母親にそう聞いていました。
「それが、サンタさんへのお手紙を書いたから私に渡してほしいって言ったの」
母親はおずおずと手紙を差し出します。父親はそれをひったくるように取り上げて見ました。それは一目で子どもの字と分かる、たどたどしいものでした。
父親はそれを読んで、怒りに顔を赤くしました。
「なんだ、これは!? 何かの冗談か!? ……お前が書いたんじゃないだろうな!?」
「まさか!? ……これはあの子のものに間違いないわ。けど……」
母親は困った顔をしました。
「こんなふざけたもの……お前の教育が悪かったんじゃないのか!?」
父親が詰め寄ると、母親は顔を
「そんな……誓って私は、ちゃんと教育しました。いえ、していますよ」
母親は体を小さく丸めて、
「いずれにせよ……こんなもの、認められるか!」
ビリビリと、手紙を引き裂きます。
子どもの願いを込めて書いたその手紙は、あっという間に紙くずとなりました。
父親はその紙くずを丸めると、ゴミ箱へと投げ込みました。
「もう一度、手紙を書くように言え! 今度はちゃんとしたやつを、な!」
父親が脅すようにそう言いました。
「あなた、分かったから……分かったから……お願い……やめて……」
母親は
「ふん、良いだろう。だが、またこんなことがあったら……分かってるな?」
父親の冷たい目が、母親を見降ろしていました。
「ええ、もちろんですとも」
恐怖に支配された母親には、逃げるという選択肢は思い浮かびませんでした。
ただ、痛いのは嫌――心も、体も……それだけしかありませんでした。
男の子は上機嫌でテーブルに向かって、七面鳥を食べていました。
育ち盛りの子どもには、肉は何よりのご馳走です。
しかし、なぜか両親は七面鳥には一向に手を付けませんでした。付け合わせのポテトばかりを食べています。それでも、男の子は気にした様子もなく、食べ続けました。
男の子は、お
「なんだか眠いよ……お母さん……」
「そう……じゃあ、ケーキは明日にしてもう寝ましょうね」
母親が不安げな顔をして言いました。男の子には、その表情の意味が分かりませんでした。
男の子が椅子に座ったまま眠ってしまうと、母親がその体を寝室へと運びました。そのまま寝室のベッドへ寝かせます。なぜかベッドにはビニールシートが敷かれていました。
その後、父親はロープを手にしてやってきました。
「薬はよく効いたようだな」
父親はそう言うと、男の子の首にロープを巻き付けました。
一瞬、その脳裏に昔にTVドラマで見たクリスマスの風景がよぎりました。それは温かく、
父親はそれを振り払うかのようにかぶりを振りました。
「二度も、あんなお願いをする悪い子には『おしおき』をしないと……な」
「あなた、もうやめて!」
「やり直せる……チャンスをやったのに、それをふいにしやがって……私をからかうのも
「だからって、こんな……! お願いします、やめてください!」
母親がそう叫びました……が、父親は答えました。
「何を言う? お前がこんな欠陥品を産んだのがそもそもの間違いだろう? それとも、お前が代わりに責任を取れるか?」
母親はそれに答えられず、
父親のロープを持つ手に力が入りました。
男の子のまだ細い首が、見る間に
「今回は失敗だったが……お前のような出来損ないでも、まだ二、三人は産めるだろう?」
父親は子どもの首を絞めながら、自分の首だけそちらに向けて平然とそう言い放ちました。母親は怯えた目で見ています。
「私が『幸せ』な家庭を築くために、お前にはまだまだ働いてもらうぞ……私が幸せになるためになら、何度でもやり直してみせる!」
父親は、それがさも当然のように言いました。
父親には、理想の家庭像が常に頭の中にありました。放置されて育ったため、いつしかその理想像ばかり追い求めるようになったのです。それが狂っていることだと、自身では気付けませんでした。
男の子の体が小刻みに
母親は静かに涙しました。夫と共に地獄に
リビングの隅のゴミ箱には、破られたサンタさんへの手紙が入っていました。
そこには
聖夜の闇の中で 異端者 @itansya
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