第三停電 ~書き換えられた世界~

近藤良英

第1話

〈主要登場人物〉


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■ 山仲やまなか 壱郎いちろう27歳


本作の主人公。


中学生の頃、富士山噴火の翌日、裂け目から出る異様な光を見て“初期信号耐性”を得た特異体。


冷静に状況を俯瞰し判断する力があり、八人のリーダー役となる。


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■ 相島 るみ(あいじま るみ)26歳


経理。富士山噴火後の避難所生活で極度の不安を経験し、人の心の揺らぎに敏感。


恐怖に震えながらも仲間を精神的に支える重要な役割を果たす。


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■ 久住くずみ 慎吾しんご34歳


元・電磁工学研究者。


異次元信号の解析を行い、敵の正体や弱点を理論的に導く。


科学的思考でチームを支える参謀。


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■ 波多野はたの 剛ごう32歳


警備主任。


噴火後の暴動で守れなかった命の後悔を抱える。


前衛の盾として仲間を護り通す実戦担当。


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■ 大友おおとも 正治まさはる38歳


設備技師。


復旧作業中に仲間を失った経験から、“守る責任”を胸に戦う。


工具を使った近接戦闘が得意。


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■ 市川いちかわ 翼つばさ29歳


IT通信担当。


地磁気ノイズと通信障害を研究していた過去を持ち、


侵蝕者の動きを予測する情報戦の中心を担う。


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■ 桑原くわばら 玲司れいじ33歳


医師。


噴火後の避難所で多くの命を診てきた。


生体構造に詳しく、敵の“人体改変”の仕組みを見抜く。


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■ 服部はっとり 葵あおい28歳


看護師。


弱い立場の人を助けることに迷いがない。


戦闘中の応急処置と仲間のサポートを一手に担う。






〈ものがたり〉




◆◆ 序章◆◆


― 暗闇の断絶 ―


午前九時。


東京・池袋。


高層ビルの谷間を吹き抜ける風が、白く濁った空気をゆっくり揺らしていた。


──10年前の富士山噴火の名残り。


関東圏に半年積もり続けた火山灰は、今なおビルの屋上や排水路の隅に黒い影となって残り、太陽の光をどこか鈍くさせていた。


山仲壱郎(27)は、山手線の揺れに合わせて吊り革を握りながら、


白く霞んだ空をぼんやりと眺めていた。


火山灰が降り続いたあの半年。


高校生だった壱郎は、どんよりした灰色の世界を歩きながら、


「世界が静かに壊れていく匂い」が確かにしたのを覚えている。


──あれが、すべての始まりだったのかもしれない。


そんなことを思った瞬間だった。


◆ 世界が“落ちた”


突然、視界が──消えた。


光も、音も、体の重さも。


吊り革の感触が、空気の冷たさが、思考すらが、


まるごと世界から抜き取られたように“ゼロ”へと圧縮された。


黒ではない。


無色でもない。


“存在がなかったことになる闇”。


壱郎は呼吸が止まったような錯覚に陥った。


胸を掴まれるような激しい圧迫感。


(また……あの時と同じ感覚だ……)


富士山噴火の直後、地震が連続した夜があった。


そのとき一瞬だけ、世界の輪郭が消え、耳鳴りだけが残った。


地元では「地鳴り」で片づけられたが、壱郎の中では別の記憶だ。


──あれは、世界が“何かに触れられた”瞬間だった。


今回の暗闇はそれより遥かに強い。


人間が知覚できる限界を超え、


時間の概念すら剥ぎ取られていく。


◆ 永遠の10秒


暗闇は10秒間。


しかし“永遠”と言われても違和感がないほど長かった。


思考がとぎれ、とぎれに戻り、


意識の底で何か巨大なものが蠢く気配があった。


──侵入。


──書き換え。


──同期。


そんな単語が、なぜか壱郎の脳の奥底で泡のように弾けた。


そして突然、世界が戻った。


日常の騒音、車輪の音、乗客のため息──


どれもが何事もなかったようにそのまま続いていた。


壱郎は反射的に周囲を見回した。


◆ 誰も異変に気づいていない


スマホを操作する学生。


雑誌をめくる会社員。


眠そうに立つサラリーマン。


──誰も、あの暗闇を覚えていない。


(嘘だろ……俺だけなのか?)


足が震えた。


10年前、富士山の麓で“裂け目”ができたという噂があった。


正式には報道されなかったが、復興作業員の間ではずっと囁かれていた。


「あの日、世界がほんの少しだけ狂ったんだ」


壱郎は、その言葉を思い出した。


◆ 侵蝕はすでに始まっていた


池袋駅につくと、いつもより薄い人波が流れていた。


駅構内のデジタル広告が、一瞬だけ乱れた。


ノイズのように黒い線が走り、


壱郎は反射的に立ち止まった。


(……まただ)


耳の奥で「カチ、カチ」と、何かが噛み合う音がした。


あの暗闇にいた何者かが、


まだ壱郎を“探している”ような気配。


壱郎は無意識に早歩きになった。


会社へ向かう途中、


遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。


ただ、その音もどこか歪んでいた。


高音が揺れ、まるで金属を擦るような不快な振動を含んでいる。


(これも……あの闇のせいか?)


壱郎は頭を振った。


考えてもわからない。


ただ、胸にまとわりつく不安だけが消えない。


そのとき──


会社のビル「サウスウィング」に近づいた瞬間。


ビルの上階で、


乾いた銃声が何発も響いた。


◆ 銃を撃っていたのは──警察官同士


壱郎は反射的に駆け出した。


入り口にいた警察官が無線で何か叫んでいる。


「3階で発砲! 応援要請! 警備ではない、警察官同士の──」


無線は途切れた。


壱郎は凍りついた。


(警察官同士……? 何が起きてるんだよ……)


ふと、建物のガラスに映る自分の姿が見えた。


その顔は、いつもの自分ではなかった。


──世界が歪んでいく音が聞こえた。


壱郎は一度大きく息を吸い込み、


エレベーターではなく階段へ向かった。


何かが、確実に壊れ始めている。


そして壱郎は、まだ知らなかった。


今日これから出会う“七人の仲間”が、


世界の終わりに抗う唯一の存在になることを──。


【序章 完】


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◆◆ 第1章 集結する八名(前半) ◆◆


池袋・サウスウィングビル。


コア・ピクセルや医療クリニック、ビル管理会社など複数の企業が入る14階建ての複合ビルだ。


ビルに着いた山仲壱郎(27)は、エントランスの自動ドアをくぐった瞬間に違和感を覚えた。


──静かすぎる。


朝の出勤時間帯であれば、


エレベーター前には数名の社員が並び、


コーヒー片手の人や、電話をしながら歩く営業などがいて当然だ。


だが今日は、人の動きがまばらで、音が薄い。


富士山噴火後の“灰に音が吸い込まれるような朝”を思い出す不気味な静けさだった。


(まだ九時前なのに……)


そう思っていると──


「壱郎くん!」


振り返ると、経理部の 相島るみ(26) が蒼白な顔で駆けてきた。


普段は温和で柔らかい印象の彼女だが、今日は頬がこわばっている。


火山灰が降り積った10年前、避難所生活で家族と離れ離れになり、


極度の不安を経験した彼女は、静かな朝が苦手だと以前話していた。


「……さっきの“暗闇”を見たよね?」


るみの声は震えていた。


壱郎の心臓が跳ねる。


「……見た。やっぱり、君も……」


るみは深く息をついた。


「私の知っている“停電”とも違った。


感覚が一度ぜんぶ消えるみたいな……


脳が、一瞬だけ誰かに触られたような……そんな感じだった」


壱郎は寒気を覚えた。


この感覚。


10年前、富士山の噴火の翌日、富士宮市周辺で起きた謎の“地面の震動”。


学者たちが原因不明だと首をかしげた、あの不気味な現象とよく似ている。


あの時、壱郎は“裂け目の向こう側を見た”気がした。


◆ 他にも「気づいた者」がいる


るみは周囲を確認し、小声で言った。


「このビルで……他にも同じ異変を感じた人たちがいるみたい。


今、地下の会議室に集まっているの。


壱郎くんも来てほしい」


その言葉を聞いた瞬間、


壱郎の脳裏に、駅で見た警察官同士の銃撃戦が蘇った。


考えるより早く、壱郎は頷いていた。


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◆ 地下への移動 ── “異常の前触れ”


二人でエレベーターへ向かう途中、


壱郎は周囲の空気がどんどん重くなるのを感じた。


廊下の照明がわずかに瞬き、


掲示板の電子パネルが一瞬だけ反転する。


るみは歩きながら言った。


「……誰も口にはしてないけど、


ほら、空気の感じが……あの日と似てない?」


「あの日?」


「富士山が噴火した日。


学校帰りに空が急に暗くなって……


音が全部、どこかへ吸い込まれてくみたいで……怖かった」


壱郎も覚えている。


灰が降り注ぐ中で、


周囲の音が妙に低くなり、


自分の鼓動だけがやけに大きく響いたあの感覚。


その日の夜、富士山南麓で“巨大な裂け目”が現れた。


正式には地震被害の一部として扱われたが、


壱郎は地元ニュースで、一瞬だけ不可解な“光”が走る映像を見た。


今では検索しても出てこない。


(あの時の裂け目……何かが始まっていたのか?)


そう考えた瞬間、


背筋に冷たいものが走った。


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◆ 地下会議室 ── 選ばれた八名


二人は非常階段を降り、地下フロアの会議室に入った。


そこにいたのは 六人 の人物。


それぞれが落ち着かず、机の上には自分の作業道具や資料を置いていた。


彼らは後に“八名”と呼ばれるメンバーになる。


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◎ 久住 慎吾(34)──科学者


技術企画部のメンバーだが、元は大学で電磁工学を研究していた。


富士山噴火の年、彼は地磁気の“乱れ”を論文に書いたが、


学会から相手にされず、結局研究職を離れた過去を持つ。


◎ 波多野 剛(32)──警備主任


元・格闘技経験者。


噴火直後の混乱期、都内の暴動を警備中に怪我を負い、


「守れなかった人がいる」ことを今も悔いている。


その後警備の道を選んだ、実直な男。


◎ 大友 正治(38)──設備技師


火山灰で停電が続いた頃、


必死にインフラ復旧に走り回った現場の人間。


あの日亡くなった同僚のことが、今も胸に残っている。


◎ 市川 翼(29)──IT通信


ネットワーク監視が専門。


大学時代は“地磁気と通信障害の関係”を研究していたが、


教授に「そんなテーマは役に立たん」と切り捨てられ、就職した。


◎ 桑原 玲司(33)──医師


噴火直後の避難所で多くの人を診た。


呼吸器系のトラブルが続き、


「自然災害の影響が人の体にどう現れるのか」に興味を持った。


◎ 服部 葵(28)──看護師


避難所で孤立した高齢者を助けた経験が、


彼女を“弱い人の隣に立つ存在”へと育てた。


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6人は一斉に壱郎とるみを見た。


久住が、ゆっくりと口を開いた。


「君たちも……“暗闇を見た”側だね?」


壱郎は頷いた。


るみの喉が震える。


「……あれは、何なんですか……?」


久住はテーブルに置いていた小型計測器を操作した。


画面には、まるで脳波のような曲線が表示されている。


「結論から言おう──


あれは“停電”ではない。“脳の同期強制”だ。」


会議室が静まり返った。


「人間の意識は個別の波を持つ。しかしあの十秒、


我々の脳波には“外部からの同期信号”が流れ込んでいた。


ただし──」


久住は壱郎たちを見回した。


「ここにいる八名は“同期できなかった個体”だ。


だから書き換えられずに済んだ。」


壱郎は鳥肌が立つのを感じた。


(書き換えられる……? 人間が?)


その瞬間だった。


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◆ ビルの上階から銃声が響く


ドンッ!


乾いた音が、床を震わせた。


波多野が反射的に立ち上がる。


「またか……!」


市川が備え付けの監視端末を操作し、


エレベーターホールの映像を映し出した。


そこには──


警察官同士が銃を向け合い、


互いに“人間とは思えない動き”で撃ち合う姿があった。


皮膚がわずかに波打ち、


目の焦点が合っていない。


桑原が血の気を失った顔でつぶやく。


「これは……


脳が完全に“別の指令”で動いている……」


久住は映像を食い入るように見つめ、


険しい表情で言った。


「……始まってしまった。


地上はすでに侵食を受けている。


時間がない。ここに籠もれば全員死ぬ。」


波多野が皆を見渡す。


「逃げるぞ。生きるために。」


壱郎は胸の奥で何かが弾けた。


(怖い。でも──このままじゃ誰も助からない)


「……役割を決めるべきだ。」


壱郎は自分で驚くほど冷静な声で言った。


「力のある人、道具が扱える人、通信に強い人、医療……


八人が無秩序に動いたら逆に危険になる。」


全員が壱郎を見た。


その目は、恐怖の中に“希望の光”を見つけたようだった。


久住が静かに頷く。


「……そうだな。


ここからは、我々八名の“戦術行動”だ。」


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◆◆ 第1章 集結する八名(後半) ◆◆


◆ 装備を整える八人


「ここにいても仕方がない。出るぞ。」


波多野の声に、全員が動き始めた。


とはいえ、戦闘のための装備など誰も持っていない。


あるのは会社にあるものだけだ。


だが──それでも、


“自分ができること”を自然に探し始めていた。


大友は工具箱を開き、伸縮式スパナと絶縁棒を素早く選ぶ。


震える手を抑えながら言った。


「道具は……これくらいしかない。でも、壊れたものを直すより、


今日は“身を守るため”に使うことになりそうだ。」


工具を握る彼の手は、


10年前の停電復旧作業で亡くなった同僚を思い出していた。


「守れなかった人がいる」──その痛みが、彼の背中を押している。


波多野は、ビル警備用の軽量盾を構える。


厚さは薄いが、暴動鎮圧用に作られたもので強度は高い。


「この盾……嫌な思い出があるんだ。


噴火の直後、デマで暴動になった現場で……守れなかった人がいる。」


彼は静かに息を吸って言う。


「今日は……もう誰も死なせない。」


市川はノートPCを抱え、ネットワークケーブルを肩にかける。


「非常回線が生きてれば、侵蝕信号の強度も測れるかも。


……ぼく、こう見えて“地磁気ノイズ”の研究をしてたんです。


噴火の時の……あの不気味な磁場の乱れが忘れられなくて。」


壱郎は小さく頷いた。


「市川さんのその能力……今日必要になるかもしれません。」


桑原と服部は医療セットをまとめる。


「戦闘になれば負傷者が出る。」


桑原は冷静だが、その手はわずかに震えていた。


火山灰で呼吸困難の子供を診た日のことが脳裏に浮かぶ。


自然災害に人がどれだけ弱いか、身にしみて知っている。


服部は不安そうにしながらも、


包帯、消毒薬、簡易AEDを手早くバッグに収めた。


「怖いけど……私、命を助ける仕事をしてきました。


今日も……やります。」


そしてるみ。


彼女の持つのは応急医薬品の入った小さな救急バッグだけだ。それでも──


「私……大きいことはできないけど、


壱郎くんとみんなを支えます。」


壱郎はホワイトボード用の金属棒を手にしながら、


るみの言葉に力をもらっていた。


彼自身、何か特別な技能はない。


ただ──状況を俯瞰し、判断を下す力だけはあった。


「行こう。全員で。」


久住が、最後に言葉を補う。


「我々は“同期不能個体”だ。


それはつまり、最初に排除されやすいということでもある。


……気を抜くな。」


◆ 階段へ向かう──侵蝕の影


八人は非常扉へ向かった。


壱郎がドアをそっと押し開ける。


廊下が、不気味なほど静まり返っている。


プリンタのランプだけが断続的に点滅し、


蛍光灯は薄く明滅していた。


「電源系統……おかしい。」


大友が眉をひそめた。


桑原は壁に手を当て、冷たさを確認する。


「……微弱だけど、“脈動”してる。」


「脈動?」壱郎が振り返る。


「生き物みたいに、規則的な振動がある。


これは通常の建物では起こらない。」


久住の顔が険しくなる。


「外部からの同期信号が、


“建物の配線すら媒介にしている”可能性がある。」


◆ 3階──侵蝕警官との遭遇


階段を降り、3階へ到達した時だった。


──誰かが倒れている。


スーツ姿の男性。


目は半開き、焦点が合っていない。


服部が駆け寄り、桑原も脈を取った。


「生きてる。でも……脳が……」


桑原は説明を続けた。


「脳波が“ひとつのパターン”へ収束してる。


人格が、押しつぶされていく最中だ。」


服部が小さく息を呑んだ。


「助けられないんですか?」


「……今の私たちには無理だ。」


沈黙。


壱郎の拳が震えた。


(見捨てるしかないのか……)


しかし、久住の冷静な声がその場を支えた。


「立ち止まれば全滅する。先へ行くぞ。」


彼らは階段を降りようとした。


その瞬間──


階下から、ゴツン、と重い足音が響いた。


ゆっくりと、階段をのぼってくる影。


制服の──警察官。


だが、その歩き方は……異様だった。


膝関節が逆方向に曲がるような、関節の動き。


目は黒く濁り、焦点が完全に死んでいる。


◆ 初戦闘


波多野が前に出た。


「来るぞ……!!」


警官は階段を跳ねるように飛び上がり、


人間とは思えない速度で襲いかかってきた。


ガンッ!!


波多野の盾に、全力でぶつかった。


盾が激しくしなり、波多野は歯を食いしばる。


「こいつ……人間じゃない……!」


久住が叫ぶ。


「“侵蝕の初期段階”だ!


脳が乗っ取られ、肉体に不自然な命令が送られている!!」


次の瞬間、警官の腕が刃のように変形し、


波多野に振り下ろされる。


「大友さん!!」壱郎が叫んだ。


大友は即座に伸縮スパナを振りかざし、


警官の肘関節を横から叩いた。


ガキンッ!!


不気味な金属音がした。


肉ではなく、何か別の素材が砕けたような音。


警官の腕が不自然に折れ、動きが止まる。


その隙に波多野が盾で体当たりし、


警官は階段下へ転落した。


「はぁ……はぁ……」


波多野は肩で呼吸した。


服部はすぐに波多野の腕を掴み、傷を確認する。


「大きい傷じゃない。でも、気をつけてください……!」


桑原が警官の体を見下ろし、言った。


「これはもう、人間じゃない。


脳の指令を奪われた“端末”だ。」


◆ 脱出へ


壱郎は周囲を見回し、決断する。


「急ごう。こんなのがもっと来たら危険だ。」


市川が端末をチェックする。


「……地上の通信、完全に死んでる。


外にいる侵蝕者の数も分からない。」


久住は言う。


「だが、地上へ出るしかない。


ここが“浸食源”の一つになっている。」


波多野が息を整えながら先頭に立つ。


「裏の駐車場にワゴンがある。全員乗れるはずだ。」


壱郎は一人ひとりの顔を見た。


恐怖で青ざめているが──


全員、逃げるだけの目ではなかった。


(この八人なら……この先へ進める。)


◆ 地下から外へ──そして決意


非常扉を大友が開くと、


冷たい外気が流れ込んだ。


池袋の街は……見たことのない光景になっていた。


倒れたタクシー、割れたガラス、


信号が点滅を止めた交差点。


人影は少なく、


わずかに見える人の動きもどこか“機械的”だった。


服部が震える声で言う。


「これ……本当に東京……?」


桑原は首を振る。


「世界が……書き換えられ始めている。」


久住が静かに言った。


「始まったばかりだ。


だが、我々にはまだ抗う余地がある。」


壱郎はワゴン車を見ながら言った。


「行こう。


ここから……すべてが始まる。」


八人はワゴン車へ乗り込み、


世界の真相へ向けて動き出した。




◆ 第1章 完


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◆◆ 第2章 ワゴン車の逃走◆◆


― 池袋脱出、そして侵蝕者との戦い ―


大友が運転席に入り、キーを回す。


エンジンがかかり、軽い震動が室内に広がった。


「よし……まだ生きてるな。」


波多野が助手席に座り、盾を膝の上に乗せる。


後部座席には壱郎、るみ、市川、久住。


最後列に桑原と服部。


八人は疲れた顔をしながらも、


“これから何が起きるか”を理解していた。


車が裏道に出ると、


そこにはすでに異常の影が広がっていた。


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◆ 市街地──“壊れつつある東京”


道路には転倒した自転車、割れたガラス、焼け焦げた紙。


信号は沈黙し、車はどれも中途半端な位置で止まっている。


「……誰もいない……」


るみの声は震えていた。


桑原は窓越しに外を見つめながらつぶやく。


「違う。『誰も正常じゃない』だけだ。」


その言葉の意味を、すぐに理解する。


歩道を、背中を丸めて歩く男がいた。


だが歩き方が一定すぎる。


振り子のように、腕と足が完璧に左右対称で動く。


市川がノートPCの画面を見て声を上げた。


「脳波パターン……異常に同一化してる!


人間なら必ず個体差が出るのに……これじゃまるで“同じ人間”だ!」


壱郎は思わず身を引いた。


(もう……この街は、人間の街じゃない……)


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◆ 屋上から落ちてくる“侵蝕者”


突然、市川が叫んだ。


「上!! 屋上から何か来ます!!」


全員が上を見る。


ビルの縁に、黒い影が“立って”いた。


形は人間に近いが、体は黒い膜のように光り、


関節が妙に長い。


次の瞬間──


その影は、ビルの高さから


四足で 飛び降りてきた。


「避けろ!!!」


波多野が叫ぶ。


地面に叩きつけられた侵蝕者は、


骨が砕けるような音もせず、そのまま跳ねるように追ってくる。


その速度は、普通の人間の走りではない。


車と並走してくる。


「なんだよ……これ……!!」


るみがうめく。


波多野は盾を構えたまま、運転席の大友に叫ぶ。


「急カーブだ!!」


大友は渾身の力でハンドルを切った。


ワゴンが横滑りし、


侵蝕者はビルの壁に激突する。


ガシャァァン!!


それでも倒れない。


壁を蹴って再びこちらへ跳ぼうとする。


久住が叫ぶ。


「関節構造が書き換えられている!


人間だったものを“高速移動用”に改造してるんだ!!」


「来るぞ!!」


波多野が身構えた。


侵蝕者が跳んだ。


その瞬間──


大友は横道へ急ハンドルを切り、


侵蝕者は通り過ぎ、電柱に叩きつけられた。


動かなくなった影を見て、


ようやくるみが息を吐いた。


「死んだ……?」


桑原は首を振る。


「いや、もともと死んでいたんだ。


体を“外部の意思”に使われていた。」


壱郎は喉が締めつけられるような感覚に襲われた。


(こんなのが……これからもっと出てくるのか……)


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◆ 富士山噴火の記憶が甦る


車が山手通りへ入ると、


ふいに街の空気が変わった。


灰色に霞んだ空が、10年前の噴火の朝を思い出させる。


市川がぽつりと言う。


「富士山が噴火した日……。


ぼく、大学の電磁波室にいたんです。


突然、地磁気が乱れて……先生が言ったんですよ。


『何かが“地球の磁場の外”から来ている』って。」


誰も笑わなかった。


今なら、その言葉が本当かもしれないと思えた。


波多野も口を開く。


「噴火の後……都内で暴動があってな。


守れなかった子どもが一人いる。


あの日から、ずっと後悔してる。」


服部が静かに言った。


「私も……避難所で、泣いているおばあさんを抱きしめることしかできなかった。


自分は弱いって……ずっと思ってた。」


壱郎はハンドルを握る大友の横顔を見る。


大友は窓の外を見つめ、低くつぶやいた。


「噴火の翌週……復旧作業中に、仲間が一人……


落石で死んだ。


あの日の音が、ずっと耳から離れない。」


久住が言葉を継ぐ。


「……あの噴火は自然災害ではない。


あれが“裂け目”の始まりだった可能性が高い。」


壱郎は背筋を冷たいものが走った。


(富士山噴火……それがすべての起点なのか……?)


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◆ 高速道路封鎖──逃げ道が消える


市川が画面を見て顔色を変えた。


「高速……全部封鎖されてます!


料金所も非常ゲートもロックされています!」


「なんだと……!」


大友が低くうめく。


久住は小さく頷いた。


「侵蝕者は“人間の交通網”を利用する気はない。


むしろ遮断し、外へ広がる情報を止めたい……。」


壱郎は唇をかんだ。


「じゃあ……どうする?」


市川は地図をスクロールしながら言う。


「……山だ。都市部を抜けて、北へ向かう。


埼玉から群馬……いや、違う。」


久住が市川を見た。


「違うとは?」


市川は、画面の一点を見つめたまま固まった。


「茨城の……山の奥。


普通なら通信の届かないはずの場所から、


強力な“内部信号”が出てます。」


るみが震える声で言う。


「ってことは……そこに……?」


「侵略の中心、“母艦基地”がある。」


久住は断言した。


壱郎は無意識に息を吸った。


(そこへ……行くのか……)


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◆ 郊外へ──“壊れかけた日常”が続く


池袋を抜けると、


車は徐々に郊外へ入っていった。


しかし景色はどこか異常だった。


● ゴルフ練習場のネットが破れ、誰もいないのに揺れている


● コンビニの前に放り出された弁当は、まだ温かい


● 家の窓が開きっぱなしで、カーテンだけが風に揺れている


● 車道の真ん中に、スマホを握ったまま立ち尽くす人影


服部が声を震わせた。


「これ……本当に、全部……侵蝕されたってこと?」


桑原は静かに言った。


「脳の支配は数分……いや、数秒で起こるのかもしれない。」


久住は車内に漂う恐怖を押し返すように言った。


「だが、我々は書き換えに耐えた。


その理由はまだわからないが……


“選ばれた”と考えるしかない。」


壱郎は拳を握る。


(選ばれた……?


そんな大げさな……でも……


今生きているのは俺たちだけかもしれない。)


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◆ 茨城・山間部へ向かう途中──工場群の予兆


茨城県境に入ると、


視界に巨大な工場群が見えてきた。


大豆の匂いが風に乗って流れてくる。


「……納豆工場?」


るみが首をかしげる。


桑原が窓の外を見ながらつぶやく。


「大豆の発酵タンクは……生物学的に不安定な構造物だ。


異常な熱や振動が加われば、膨張・破裂の危険性がある。」


久住が低く言う。


「異次元からの“電磁信号”が影響を与えているとしたらどうだ?


発酵の制御が狂えば……大規模爆発になる可能性がある。」


壱郎の胸に、嫌な予感がよぎった。


(この工場……


後で“何か”起きる……そんな気がする。)


その直感は──正しかった。


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◆◆ 第3章 茨城の“静止した村” ◆◆


― 音の消えた集落 ―


夜明け前。


車が山道を越える頃、霧が低く流れ込み、


世界の輪郭が徐々にぼやけていった。


「……なんか、空気が変だ。」


波多野が窓を少しだけ開けた。


湿った冷気が流れ込み、ぞっとするほど冷たい。


市川はPC画面を食い入るように見ている。


「ありえない……


ここ、山奥で通信設備ゼロのはずなのに……


内部から“強烈な信号”が発生してる。」


久住が頷いた。


「つまり──標的は、この先の村だ。」


壱郎は前方の霧を見つめる。


やがて、霧が薄れた瞬間──


“村”が姿を現した。


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◆ 村の全体構造


茨城山間の小さな集落。


だが、壱郎たちが最初に覚えた感覚は「不気味」という一言だった。


村は「袋状の盆地」になっており、外界から隔離されたような地形。


そこに、明らかにおかしい“整然とした配置”で建物が並んでいる。


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● 村の地形と配置


描写をわかりやすくするため、文章の中にもそのまま構造を入れ込みます。


山道



【吊り橋】──村の入口(門のように老朽化した鳥居)



【メイン通り】


├── 古い雑貨屋


├── 郵便局(廃業済み)


└── 診療所(人の気配なし)



【T字路】


├── 左:民家・畑(不自然なほど均一に育つ植物)


└── 右:村の中心部へ



【民宿・山風荘】 ← 母艦基地の真上


↓(裏手)


【トンネル状の廃道(封鎖済み)】



【村の最奥・崖沿い】



【納豆工場(巨大タンク群)】


この構造は物語内で、


母艦の地下構造と一致する伏線になっている。


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◆ 村へ入った瞬間──音が消えた


車が吊り橋を渡ると、


外界の音が“すっと”消えた。


風音、鳥の声、虫の羽音……


全部、吸い込まれたように消える。


「……何だよ、これ。」


波多野が息をのむ。


車の走行音だけが唯一の生活音。


誰かが息をする音が、異常に大きく聞こえるほど静か。


服部が囁く。


「変です……音が、全部止まってる……。」


桑原が耳を澄ませながら言う。


「これは……“遮断”されている静けさだ。


自然の静けさじゃない。」


久住の目が鋭くなる。


「音の同調。


ここ全体が、母艦外殻の“フィールド”に包まれているんだ。」


壱郎は窓の向こうに広がる村を見た。


畑にいるはずの農家の姿が見えない。


洗濯物がきれいに干されているのに、誰も取り込まない。


雑貨屋の看板は点灯しているのに、扉は閉まっている。


人の“気配”だけがない村。


ぞっとした。


________________________________________


◆ 村人たち──“整いすぎた動き”


メイン通りをゆっくり進むと、


ようやく村人らしい姿が見えた。


だが……違う。


● 歩く速度も、歩幅もまったく同じ


● 首の角度まで全員そろっている


● 目線が空っぽで、焦点がない


● 表情には完全な“揺らぎゼロ”の笑顔


市川が震える声で言う。


「脳波パターン……全員 identical(完全一致)……


こんなの、生きた人間じゃない……。」


服部は両手で口を押さえた。


「……気味悪すぎる……。」


桑原は、医師としての経験から断言した。


「人間は、ここまで“均一”にはなれない。


これは……身体を模した“端末”だ。」


久住はさらに小声で続けた。


「村そのものが“母艦の外殻組織”だと考えられる。


生体部品のように構築された集落……。」


壱郎は胸の中でざわつくものを押さえた。


(ここはもう……地球じゃないのか?)


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◆ 民宿“山風荘”──基地の真上


村の中心には、


大きめの民宿が静かに建っていた。


山風荘さんぷうそう


看板は木製で、古く見えるが傷一つない。


大友が眉をひそめる。


「妙だな……この建物だけ、


明らかに古さの“質”が違う。」


波多野はドアの前に立った瞬間、息を止めた。


「……足音がしない。」


普通なら中から床の軋む音などが聞こえそうなものだ。


だが山風荘は、完全な無音だった。


女将が出てきた。


完璧すぎる笑顔。


瞬きがまったく乱れない。


瞳孔の動きが、機械のように一定。


「いらっしゃいませ。


ご宿泊で……ございますか?」


るみが一歩引いた。


(顔が……動いていない……?)


久住は囁いた。


「正面から入るな。


内部構造を先に確認する必要がある。」


壱郎は建物全体を見渡す。


木造に見えて、微妙に


“周期的にふくらんだり縮んだり”している。


(呼吸……してる?)


気味悪さが背筋を走った。


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◆ 異常の増幅──村全体が“同時停止”


夕刻。


車から降りて村を調査しようとしたとき、事件が起こった。


メイン通りを歩いていた村人全員が──


突然、動きを止めた。


買い物袋を持った女性。


犬の散歩をしていた男性。


畑にいた老人。


全員が、まったく同じ方向 を向き、


太陽が沈む位置へ一礼した。


ガクン、と同じ角度。


壱郎の胃が凍りつく。


(生き物の動きじゃない……!)


大友が低く押し殺した声で言う。


「……全体制御だ。


この村、ひとつの体なんだ……。」


久住が叫んだ。


「母艦の“同調命令”だ!


急いで車へ戻るぞ!!」


だが、その時──


地面が、微かに“ドクン”と脈動した。


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◆ 地面が裂け、“端末体”が現れる


地面に細い亀裂が走り、


ゆっくりと開いていく。


そこから、白い手が伸びた。


皺がなく、血管も見えず、


まるで精巧に作られた人形の手。


続いて、顔が現れる。


村人と同じ顔。


だが、目は黒い穴だけ だった。


服部が震える声で叫ぶ。


「……人間じゃない!!」


久住が即座に言う。


「強化端末だ! 戦闘対応モデルだ!!」


次の瞬間、


端末体が跳び上がり、襲いかかる。


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◆ 端末体との戦闘──8名の役割が輝く


1)波多野(前衛)


盾を構え、正面からぶつかる。


「来いよ!!」


端末体の腕が刃のように変形し、


盾に激突する。


ガキィン!!


火花が散る。


波多野は後退しながらも押し返す。


2)大友(工具戦)


「波多野さん、右側!!」


スパナを振り抜き、


端末体の関節部分を破壊する。


バキッ!!


人工音のような音が響き、端末体が膝をつく。


3)市川(軌道予測)


「次、左からくる!!」


端末体の動きを読み、


仲間の位置を誘導する。


「壱郎さん、下がって! 葵さんは右へ!!」


4)るみ(後方支援)


恐怖で震えながらも、


壱郎の腕を掴んで支える。


「大丈夫……落ち着いて……!」


壱郎はその声で冷静さを取り戻す。


5)桑原・服部(医療)


負傷した波多野の腕を素早く処置しつつ、


戦闘が再開できるようサポート。


「出血は少ない、まだ戦える!」


6)久住(解析)


端末体の動きを見ながら叫ぶ。


「関節が弱点だ!


生体素材と機械の境界部分を狙え!!」


壱郎は全員の動きを見て判断する。


(みんな……役割を発揮している……


これなら──勝てる!)


壱郎の声が響く。


「今だ!! 全員で押す!!」


八人が連携し、


端末体はついに地面に叩きつけられ、動きを止めた。


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◆ 大地の鼓動──納豆工場の異常


息をつく間もなく、


地面が再び脈動した。


それは村全体が“生き物”であるかのような動き。


市川が振り返り、叫ぶ。


「熱源……急激に上昇してます!!


村の奥の工場あたり……!!」


久住が目を見開く。


「大豆発酵タンク……!


もし異次元信号が発酵プロセスを狂わせたら──」


桑原が言う。


「タンパク質分解酵素が暴走し、


タンクが膨張・破裂する……!!」


壱郎は息を呑んだ。


(あの工場……爆発する……?


でも、なぜ“今”なんだ?)


久住は低くつぶやいた。


「母艦が我々を排除しようと信号を増幅したタイミング……


それと工場の“菌の活動”が共振したんだ。


だから──今なんだ。」


そして──


ズドォォォン!!


村の奥から、


巨大な爆音と炎が立ち上がった。


大豆の匂いと焦げた煙が山にこだました。


るみが叫ぶ。


「工場が……爆発した!!」


久住は震える声で言った。


「始まった……異次元生命体にとって致命的な“酵素攻撃”が……


偶然、この瞬間に発生したんだ!!」


壱郎は奥歯を噛んだ。


(……偶然じゃない。


世界が抗っている……そんな気がする。)


地面の亀裂が広がり、


“地下への入口”が開き始めた。




▶ 第3章 完


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◆◆ 第4章 地下施設の真実◆◆


― 迷宮の底にある“心臓” ―


納豆工場の爆発音が山々に反響し、


村全体が低く“うなり”を上げていた。


爆煙の奥で、地面の裂け目はさらに広がり、


まるで生き物の口が開くように、


ゆっくりと蠢いている。


壱郎は裂け目を見つめながら、


胸の奥に奇妙な感覚を覚えていた。


(呼ばれている……?)


霧の向こうから吹く冷気に混じり、


かすかな“声にならない声”が聞こえる気がした。


るみが壱郎の腕を掴んだ。


「……壱郎くん、行かないで。


あれ、絶対に危険だよ。」


壱郎は一瞬だけ迷ったが、


静かに首を振った。


「行くしかない。


ここに何があるのか……確かめなきゃ。」


久住は裂け目を見つめ、


深刻な顔で言う。


「この地下は……ただの空洞じゃない。


“母艦外殻が作った生体構造物”だ。


人間が作ったどんな施設とも違う。」


桑原が医療バッグを握りしめた。


「でも中に入らないと……侵蝕を止められないんですね?」


「そうだ。


敵の“神経中枢”は地下にある。


そこにアクセスできれば……。」


波多野が盾を構えた。


「行こう。


俺たちが止めるしかない。」


八人は互いを確認し、


裂け目の中へと踏み込んだ。


________________________________________


◆ 地下は“洞窟”ではなく“体内”


降りるにつれ、空気が変わった。


湿り気を帯び、ぬるい風が頬に触れる。


ライトの光が壁に当たると──


壁面は岩ではなく、筋繊維のように縦に走り、


ときおり収縮する。


「……筋組織?」


桑原が息を呑む。


久住が壁に手を当てる。


「いや、これは生体素材を模した“合成神経組織”だ。


信号を伝達するための構造……つまりここは、


母艦の“神経の一部”なんだ。」


壱郎は思わず壁から手を引いた。


(ここ全体が……生きている……?)


足元は柔らかく、


踏むたびにわずかに沈む。


るみが壱郎の腕にしがみついた。


「……壱郎くん、これ……生き物の中にいるみたい……。」


「大丈夫だ。離れない。」


波多野が前方を照らす。


「敵の気配がする……注意しろ。」


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◆ 端末体の大群──静けさからの襲撃


通路が広がった先。


闇の中に、何十体もの影が立っていた。


村人の形をしているが、


全員、顔のパーツが“均一すぎる”。


まるでコピーされた人間。


市川がデータを見て叫ぶ。


「脳波パターン、全員同一!


これ……同時制御されてる!!」


次の瞬間、


端末体の全員が一斉に、


こちらへ“等速で歩きだした”。


歩幅も角度も寸分狂わず揃っている。


るみの指が震える。


「なんで……みんな同じ動きなの……?」


桑原が声を震わせて言う。


「生命の動きじゃない……


機械の“命令”だ。」


端末体が数歩踏み出すたび、


地下全体がわずかに脈動した。


壱郎はぞっとした。


(この迷宮……奴らの動きに反応している……)


________________________________________


◆ 戦闘開始──個々の役割が最大に発揮される


波多野が叫ぶ。


「構えろ!!


来るぞ!!」


端末体が一斉に走り出す。


● 波多野(前衛)


盾を構えて突撃を受け止める。


盾へ衝撃が来るたびに火花が散る。


「ぐっ……!!


押される……!!」


● 大友(工具戦)


端末体の足の軸を狙い、


スパナで関節を破壊する。


バキィッ!


「関節が甘い……! このタイプは量産型だ!!」


● 市川(分析)


「右側5体の軌道にズレ!


反応速度が遅い! そっちを優先して倒すべきです!!」


● るみ(心理・後方支援)


負傷しそうな者に声をかけて動揺を抑える。


「大友さん、後ろ下がって!


波多野さん、左に敵来てる!!」


● 桑原・服部(医療)


波多野の腕を素早く治療しながら、


戦闘継続できる状態を保つ。


「損傷は浅い!


まだ動けます!!」


● 久住(解析)


端末体の動きを観察しながら、


弱点を次々に判断。


「胸部中央の“同期核”を壊せば停止する!


そこを狙え!!」


● 壱郎(指揮)


全員の動きを見て瞬時に判断し、


的確に指示を出す。


「市川さん、後方へ!


久住さん、左側から回ってくれ!


大友さんは前へ!!」


八人は徐々に戦闘の“リズム”を掴み、


連携が一つの流れとなっていく。


壱郎はその中心に立ちながら思った。


(……これが、俺たちの戦い方なんだ……)


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◆ 地下の“心臓”が目覚める


端末体を倒し進んでいくと、


巨大な空洞に出た。


中央には、


脈動する赤黒い球体──**中枢核コア**がある。


高さは3メートルほど。


表面には無数の“眼”のような構造と、


鼓動と同期した光の脈が走っている。


ドクン……


ドクン……


ドクン……


るみが思わず後ずさった。


「……これ……生きてるの……?」


久住は震える声で言った。


「これは……母艦の“神経核”。


ここから全端末へ指令を出している……。」


市川のPCが突然、警告音を鳴らす。


「ダメです!!


この核……


ぼくら八人を“優先ターゲット”として認識しました!!」


波多野が盾を構えた。


「つまり……ここで殺す気か。」


久住はデータを見て顔色を変えた。


「違う……!!


殺すんじゃない!


“同期させようとしている”!!


俺たちを……母艦の一部に……!!」


壱郎の脳に鋭い痛みが走る。


(あ……あの暗闇と同じ感覚……!!


脳が……引っ張られる……!!)


るみが壱郎を抱きとめる。


「壱郎くん!! しっかりして!!」


壱郎は歯を食いしばる。


だがそのとき──


頭の奥で“声のようなもの”がした。


(……来い……)


(……戻れ……)


(……お前は“鍵”だ……)


壱郎は立っていられなくなった。


波多野が叫ぶ。


「壱郎!!」


しかし壱郎は理解した。


(こいつは……“俺を知っている”。


あの富士山噴火の日……


裂け目を見た俺を……!)


中枢核はさらに輝きを強め、


地下全体が脈動し始めた。


ドクンッッ!!!


久住が叫ぶ。


「まずい!!


核が“同期発動”を始めた!!


逃げ場はない!!」


壱郎の視界が白く弾け──


章はここで終わる。


________________________________________


▶ 第4章 完


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◆◆ 第5章 第三の停電◆◆


― 世界再起動 ―


世界が白く塗りつぶされた。


はじめに、光が消えた。


つぎに、音が消えた。


そして最後に──


壱郎自身の“境界”が消えていく。


(まただ……あの暗闇……)


そう思った瞬間、


壱郎は“別の場所”に立っていた。


何もない空間。


上下も、遠近もない。


ただ、自分の足元だけが曖昧に存在しているような場所。


(ここは……どこだ?)


壱郎の背後で、声がした。


――お前は 〈鍵(key)〉 だ。


振り返ると、


光の粒が集まり、形をつくる。


それは人間の姿をしているが、


顔はなく、輪郭だけが揺れている。


◆ 壱郎だけが“同期を拒絶できた理由”


壱郎は震える声で問いかけた。


「……俺を、知っているのか?」


光の存在は頷いた。


――10年前。


富士山の裂け目に触れたお前の脳は、


我々の“初期信号”に耐性を得た。


意図したものではない。


偶然の一致だ。


たしかにあの日、


壱郎は噴火直後に地面の裂け目から出る“白い光”を見た。


あの時だけ、一瞬、世界が裏返ったように揺らいだ。


それが“耐性”を生んだ。


壱郎は言葉を失う。


(10年前から……俺は選ばれていた……?)


光の存在は続けた。


――我々は同調を広げる生命体。


争う意図はない。


ただ“統一された意識”を求める。


お前たちの世界は、ばらばらすぎる。


だから書き換える。


壱郎は絶望と怒りの混じった声で言った。


「人間は……バラバラでいいんだ!!


それが生きてるってことだ!!」


光の存在は静かに答えた。


――理解できない。


だからこそ“鍵”であるお前に問う。


人間世界に価値はあるか?


壱郎は短く息を吸った。


脳裏に、仲間たちの姿が浮かぶ。


波多野の闘志。


大友の責任感。


市川の分析。


桑原と服部の献身。


るみの優しさ。


久住の探究心。


彼らの“違い”が、連携を生み、


戦いを生み、


いまの自分たちをつくった。


そのすべてが、


失われそうになっている。


壱郎は叫んだ。


「価値はある!!


不完全だからこそ……人は前へ進めるんだ!!


統一された世界なんて生きてる意味がない!!」


光の存在は静かに揺らめいた。


――ならば見せよ。


人間の“多様性”の力を。


お前の仲間と共に、この核を越えよ。


壱郎の視界が再び白く弾けた。


________________________________________


◆ 世界が戻る──最終決戦


白い世界が砕け、


壱郎は現実の地下空間へ戻った。


耳の奥で、


仲間の叫び声が聞こえる。


「壱郎くん!!!」


「戻った!!」


「まだ間に合う!!」


中枢核は巨大化していた。


鼓動も早い。


壁が生き物のように波打ち、


端末体が次々と生まれている。


久住が叫ぶ。


「核が“最終同調”を発動した!!


このままじゃ東京どころか……日本全土が書き換えられる!!」


壱郎は息を吸い、


自分の中に残る“耐性”を感じた。


(俺には……抗える力がある。)


「みんな……俺に合わせてくれ!!


この核、俺だけが“干渉できる領域”がある!!」


市川の目が見開かれる。


「壱郎さん……あなたの脳波、


核の信号と“干渉パターン一致”してる!!


つまり……!」


久住が叫ぶ。


「壱郎くんが核に触れれば、


同期信号を“乱せる”!!


それで全端末が混乱し、攻撃のチャンスが生まれる!!」


波多野は盾を構え、叫ぶ。


「壱郎を通すぞ!!


全員、道を開け!!」


________________________________________


◆ 八人の総力戦


端末体の群れが襲いかかる。


波多野が盾で突進し、前方を開く。


大友が関節を破壊し、道を広げる。


市川が叫ぶ。


「左から三体!!


動きが速い!!」


桑原は応急処置を続けながら声を張る。


「波多野さん、右肩の筋肉硬直が出てる!!


無理に力むな!!」


服部は後方から叫ぶ。


「壱郎くん、転ばないで!!


下、段差があります!!」


るみは壱郎を支えながら、震える声で言う。


「壱郎くん……信じてる……行って!」


久住は核の脈動を見て言う。


「今だ!!


鼓動の“落ちる瞬間”へ飛び込め!!」


壱郎は最後の力を振り絞り、


赤黒い中枢核へ腕を伸ばした。


その瞬間──


世界がねじれた。


________________________________________


◆ 第三の停電──世界再起動


すべての光が消える。


すべての音が消える。


すべての境界が溶ける。


暗闇ではない。


空白。


だが今回は違う。


壱郎は“意識を保てていた”。


(これは……俺が選び取った停電だ……)


壱郎の脳波は母艦の信号を乱し、


巨大な同期ネットワークが崩れていく。


端末体が一斉に動きを止め、


崩れ落ちる。


村の建物が、静かに“死んでいく”。


中枢核は、


最後に小さくつぶやいた。


――理解した……


不統一こそ、生命……


そして──


完全に崩壊した。


白い光が一度だけ世界を満たし、


ゆっくりと消えていった。


________________________________________


◆ エピローグ──朝焼けの中で


気がつくと、


壱郎は地上で倒れていた。


小鳥の声が聞こえる。


風が葉を揺らす音がする。


──音が、戻っている。


るみが泣きながら駆け寄ってきた。


「壱郎くん!!


本当に良かった!!」


波多野、大友、桑原、服部、市川、久住。


全員が生きていた。


村は静かに崩れていた。


人影は無い。


だが、自然の風景は変わらずそこにある。


久住が空を見上げた。


「第三の停電……


あれは“破壊”じゃなくて……


世界の“保護信号”だったんだ。


壱郎くんが、世界の同期をリセットした。」


壱郎はゆっくりと立ち上がった。


「終わったのか……?」


久住は静かに首を振った。


「いいや。


これはまだ始まりだ。


裂け目は閉じていない。


母艦も別の場所に潜んでいる可能性がある。」


るみが壱郎の腕を握る。


「でも……私たちは生きてる。


また戦える。」


壱郎は遠くの山脈を見つめた。


朝日が昇り、


その光はどこまでも広がっていく。


(不統一の世界は、不完全で、面倒で……


でもだからこそ、美しい。)


壱郎は静かに頷いた。


「行こう。


世界を……守りに。」


陽光の中、八人は歩き出した。




最終章 完







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第三停電 ~書き換えられた世界~ 近藤良英 @yoshide

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