雪降る聖夜の忘れ物

風花

小さなサンタの思い出

 街を彩る明かりがキラキラしだして、人々が忙しなくなりだす頃、私はいつもどうしても思い出してしまう。


 あの日会ったのは誰だったのだろうかと。


 5歳になったかどうかの頃だった。19になった私が、かろうじて記憶に残ってるということはその頃だと思う。


 クリスマスイブの夜、目が覚めた私は何を思ったのか、星を見ようと思って、ベランダの窓を開けようとしたのだ。その時、ベランダに降り立った人影を見た。


 それは噂で聞くサンタでも泥棒でもないようだった。何しろ私と同じくらいの男の子だったからだ。


 びっくりしたけど、悲鳴をガマンした私は偉かったと思う。目があってそっと窓を開けると、男の子は言ったの。


「ぼくは見習いサンタなんだ。良い子のおうちを探してるんだ。だから起きてちゃだめだよ。早くおやすみ」


「だぁれ? おひげもないし、赤い服も着てないわ」


「見習いだもん。ちゃんとおやすみしないとプレゼントもらえないよ」


 それから慌てて布団に戻った覚えがある。翌朝、枕元にはプレゼントがあって、ベランダには小さな雪だるまがあった。


「いつの間に雪だるまを作ったの?」


 母には私が作ったと思われていて、サンタさんなのと何度言っても信じてもらえなかった。


 また会える? とか名前とか聞けば良かったと思う気持ちと、ほんとにあったことなのかなと言う気持ちがあって、答えはずっと消えないままだったのだ。


 窓から入ってないのに、枕元にあったプレゼントはどうしたんだろうと思ったけれど、小学校4年生でゲーム機が欲しいってお願いしたときに、両親に種明かしをされた。


「予算内でお願いします」


 とてもがっかりしたのを覚えてる。うすうすは気づいていたのだけれど、グレーか黒かって似て非なる色じゃない?


 そうして雪だるまの思い出だけが残った。


「あら、久しぶりのホワイトクリスマスね」


 窓を見ると、雪が舞っていて明かりが反射して綺麗だった。


 そんなときだった、私と同じ年くらいの男性が音もなく降り立った。


 物音がしたら叫んだことだろう。音がしない不思議に目を見張っていると、男性と目があった。


「やあ、ひさしぶり!」


 なんてことないように言われたけれど、この顔なんだか大学で見たことあるわ。


「これ、前の忘れ物なんだけど」


 差し出されたのは、雪の結晶を模したペンダントだった。とてもかわいいそれは、今の私が着けてもおかしくないものだった。


「学校で声をかけてくれれば良かったのに」

「知ってたの?」

「今、気づいたのだけどね」


 少し考えた様子を見せた彼は、神妙な顔をして言った。


「実は免許皆伝になったんだ。以前に会った君にはふたつ選択肢があるんだけど」

「選択肢?」

「そう。全て忘れるか、一生僕といるか」

「真ん中はないの?」

「残念ながら」


 私は考えた。彼が何者か気になるけれど、口封じの意味もあったとしても、突然一生は重すぎる。


「忘れさせて。それから、明日学校で声をかけて。

 そして、イチから始めたいわ」


 彼は驚いた様子だったけど、静かに頷いた。


「ぜったいよ?」


 彼は指をパチンと鳴らすと、消えてしまった。




 


 (さむ?)


「どうして、窓が開いているのかしら」


 私は首を傾げながら窓を閉めて寝ることにした。翌日、鏡を見たときに身に覚えのないペンダントをつけているのに気づいて驚いた。思い出せないけど、大切なものな気がして、着けたまま大学に行った。


 昼食後、購買に行った。冬限定の黒糖入りのカフェオレを手に取ろうとすると、横から同じものを取る手が見えた。


「これ、おいしいよな」


 びっくりして横を見ると、大教室で講義を受けるときに見かける男性だった。


「うん、この冬の限定だから見つけると飲んでいるの」

「僕は、黒栖翔悟。約束、覚えてる?」

「 ? あなたとは、初めて話すと思うんだけど」


 首を傾げると、彼は笑った。


「そうだった。次の授業いっしょに行っていい?」


 なんだか初めて話す気はしなかったけれど、どうしてかは思い出せなかった。


「ねぇ、君はサンタを信じる?」


 唐突に彼は言う。今日はクリスマスだったわね。


「雪の夜に、幸せな夢を見れるように魔法をかけてまわるんだ。だから、そんな夜はちゃんと寝ないといけない」


 まるで内緒話をするように、彼は語った。


「素敵な話ね」

「信じてないな〜。ホントなのに」

「あなたはどんな夢を見たの?」

「僕? 僕は君に声をかける約束をした夢」


 なんだか、慣れてそうね。と、思ったけれど不思議と嫌な気はしなかった。


「君は何か夢を見た?」


 私はペンダントに手を当てる。


「プレゼントをもらう夢かしら?」


 彼は誰に? とは聞かなかった。

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