曖昧な、川面

歌川ピロシキ

いつもの、あの夢

「……っ!!」


 声にならない叫びとともに、意識が急浮上した。目の前には見慣れた天井。住み慣れた我が家の寝室だ。

 また、あの夢を見た。何とも言えない空々しさと、鉛を飲んだような重さに覚えがある。細部は全く覚えていないのに、目覚めた時の後味の悪さで今日もまた同じ世界にいたのだと悟り、思わず身震いした。

 時計を見ると、午前5時。今から二度寝すると寝坊するし、何よりもう寝付けそうにない。


「しょうがない……顔、洗って来るかぁ……」


 鏡に映った冴えない顔色の自分に声をかけ、私はのろのろと浴室に向かう。

 今はまだ月曜の朝。こんな憂鬱な気分は、熱いシャワーでさっさと流してしまうに限る。ざあざあという豪快な水音とともに熱い飛沫が肌をはねると、眠っていた交感神経が目を覚まして、じわじわと気力が湧いてきた。

 髪を乾かしながらコーヒーを淹れる。ビターチョコを思わせるややスモーキーな香りが、悪夢の残滓をすっかり塗りつぶしてくれた。焼きたての香ばしいトーストにかぶりついて、いつも通りの朝食を終えると、もう気分はすっかり仕事モードだ。

 我ながら単純だとは思うけど、私はこのくらいの方がちょうど良い。

 いつものバッグを肩にかけ、いつも通りのパンプスを履いて、いつもどおりの電車に乗る。

 さあ、いつも通りの一日の始まりだ。

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曖昧な、川面 歌川ピロシキ @PiroshikiUtagawa

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